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102.帰路につく

 昼食後、レッテリオさんたちは街へ戻ることに。ランベルトさんは領主様へ報告しにいかなくてはならないが、心底面倒だと嘆いていた。


「おいおい隊長、お前の仕事だ。頑張ってこい!」


 バルドさんが笑いながらバーン! とその背に激励をを叩き込む。


「痛いですよ!? 副長! まぁ頑張りますが……父も忙しい時期ですし、多分我々に丸投げでしょうね。祭りの警備の打ち合わせはあるし、明日からは王都から来る客の挨拶回りと会食もあるし……レッテリオもこっちに手を貸して欲しいくらいだ。はぁ……」

「悪いな。俺はほら、()()()()ただの迷宮探索隊の副隊長だからね」


 あははと笑うレッテリオさんに恨めしそうな目を向けて、ランベルトさんは再び溜息を吐く。


「はぁ……まあ、ついでにヴェネスティ侯爵家(うち)にも何か残っていないか調べてくるさ」

「頼んだ。俺は……あまり気は進まないけど兄に相談してみるよ」


 レッテリオさんのお兄さん――錬金術研究院の筆頭術師だ。私は名前くらいしか知らない方だけど、もしかしてあまり兄弟仲が良くないのだろうか?


「ああ、クレメンテなら私たちには気付けないことも何か分かるかもしれないな」

「そうだな……はぁ。錬金術絡みには心強いけど……はぁ」


「おい、そういえばアイリスに妙な手出しをした男の足取りは分かったのか?」


 溜息合戦になっていた二人に、バルドさんがそう聞いた。

 街の上層部の話など分からない……と、空気に徹していた私もハッと顔を上げた。そうだ、ランベルトさんが門番の騎士さんに声の転送便(ツグミ)で足取りを追うように言っていたはずだ。


「ああ、それですが……記録なしで、追跡も不可能でした。門番たちもそんな変わった髪色の男は見ていないと」

「え……でも迷宮の出入り口って一つだけですよね?」

「多分ね」


 ――多分?


「アイリス、さっきルルススたちが使った転送陣みたいに、知られてにゃい出入り口があるかもしれにゃいってことにゃ。あとルルススが思い付くのはー……赤ピンク? の髪の男が(にゃん)らかの方法で門番の騎士を黙らせてるかも? ってことにゃね」

「一応隊長として言っておくけど、買収はないはずだよ」

「分かってるにゃ。可能性にゃよ」


 可能性か。それなら確かにどちらもあるかもしれない。

 だって、あんなに目立つ男の人を騎士さんたちが見逃すとは思えない。何か秘密の出入り口があるか、【妖精の身隠れ外套(マント)】のような、禁止されている錬金術製道具を使っているかしか考えられない。もしもだけど、そんなものを使っていたり、秘密の出入り口を知っている立場の人間だとしたら――。


「あの人、やっぱりちょっと普通じゃない人だったんじゃ……」


「アイリス、何度も言うけど、待ち人がいるのに他の女性に『王女の白ばら』を贈るってだけで普通じゃないからね?」

「少なくともヴェネトスの男じゃあない」

「頼むから普通の男であってほしいけどな。ややこしいのだけは御免だ……」


 三人からそれぞれ一斉に突っ込まれれ、私は「そうですよね」と苦笑いだ。するとイグニスが、不安げに尻尾を揺らし私の肩へと降りてくる。


「アイリス~……ぼく心配だよ~」

「大丈夫だよ、イグニス。ほら、あの人閉じ込められたって言ってたし、待ってる人もいるみたいだったから他の団体に交ざって出入りしたのかもしれないし! ね、ありそうですよね? レッテリオさん」

「そうだね。ルール違反ではあるけど無くはないかな」


「ん~……もし~アイリスが何かされたら~ぼく火を吹いちゃうからねぇ~!」


 イグニス、物騒な事をいうのはやめて……!




「あ、アイリス」

「はい?」


「あの男から渡された花、貰ってもいいかな」


 防水布をくるくる丸めリュックへ入れていた私に、ちょっと真剣な顔をしたレッテリオさんがそう言った。


「あ、はい。いいですけど……」

「レッくん~それ捨てるのぉ~?」


「いや……」


 イグニスは無邪気に「捨てちゃえ~」と言うけど、ルルススくんは「だめにゃ! 捨てるにゃらルルススがもらうにゃ! 欲しいにゃ!」とリュックの前で牽制している。そんな二人を見るレッテリオさんは苦笑だ。


「今すぐイグニスにお願いして焼却処分したいところだけど、何か分かるかもしれないからね。ちょっと兄に見せてみたいんだ」

「筆頭に……」


 それはいいかも。高位の錬金術師なら、あの強い香りを持った待宵草の特殊性が分かるかもしれない。

 あの花……私も何かおかしい気がするんだよね? あの時、あの人と話していた間、なんだかちょっと頭がぼんやりしたような不思議な感覚がしたし……。


「はい。どうぞ、持っていってください」

「うん、ありがとう。……よかった」


「え?」

「アイリスがこの花を手放したがらなかったら困ったなーって思ってね」


「……。い、いりません! そんなちょっと怪しい花!」


 後ろで見ているランベルトさんとバルドさんはいつも通りのニヤニヤで、イグニスとルルススくんは「くふふ~」「ニャッニャッニャッ」と笑っていた。


「みんな、面白がりすぎ……!」


 私はちょっと熱い頬で、リュックの口を閉めそう呟いた。



 ◆



「ただいま~!」


 工房へ戻ると、室内には誰もいなかった。まだ日も高い昼過ぎだから、お留守番をお願いしたレグとラスは畑仕事中かもしれない。


「さて。まずは荷物と採取物を片付けなくっちゃね」

「ニャッニャッニャッ! 今回も楽しかったのにゃ! アイリスと一緒にいると色々にゃものが採れて最高にゃのにゃ!」


 ふふにゃにゃ~ん! と鼻歌を歌い、ルルススくんは採取物を鞄から出し、別行動をしていたイグニスに自慢を始める。


「見て見てイグニス! こんにゃに大っきにゃ『熱いフラの花』にゃよ!」

「わぁ~! おいしそ~! ぼくは見つけられなかったのに~ルルススどこで採ったの~?」

「お花畑にゃ!」


「え、あの宵待草の?」

「そうにゃよ。端の方に途切れた区画があって、そこに炎属性の植物が色々あったのにゃ。アイリスは待宵草に夢中にゃったからルルススがアイリスの分も色々採っておいたにゃ。いるにゃ?」

「勿論! うわぁ~! 私こんなに立派な『竜の爪』も『竜頭の冠』も初めて見たぁ……!」


『竜の爪』はお料理にもよく使う、赤色をした辛い香辛料。『竜頭(りゅうず)の冠』は、稀に竜の頭上にあるという変形鱗に似た形の花だ。小さな花が集まり冠のように見えるので、その名が付いた。


「この実もにゃかにゃか魔力を溜め込んでるにゃね。あの迷宮すごいにゃ」

「んん~おいしそうだよぉ~! アイリス、アイリス、ぼくに一粒でいいからちょうだい~!」


 竜頭の冠も、待宵草と同じく魔素を吸収して実を付ける直物だ。だけどそれは花が落ちた後であり、小さな実なので待宵草のように『魔力を取る』目的ではあまり使われない。主に薬の材料として使われていて、食べると生姜のような味がするので、私の故郷では風邪の時に『冠湯(かんむりゆ)』として飲まれてたりもする。


「ちょっとだけだよ? ……ね、これも甘いの?」

「うん~! じんわり甘~いよ~! お~いし~!」


 人間にはピリッとした生姜味なんだけど……。


「甘いんだ……」

「甘いにゃか~」


 私たちは「炎の精霊(サラマンダー)の味覚は不思議だね」と顔を見合わせ笑った。



「あらあら! 気配がしたと思ったらやっぱり!」

「おいおい! 帰ってたならオレたちを呼んでくれよな、アイリス!」


 裏口がバーン! と開けられて、レグとラス、それからハリネズミ隊のみんながバタバタと駆け寄ってきた。

 この大小のハリネズミたちは本当にいつも元気だなぁ。 


「アイリスは無事ですの? 何事もなくって?」

「妙な気配がずっとしてたからさ、心配してたんだぜ?」


「本当に? うん、特に怪我とかはないの。ちょっと妙な人には会ったけど大丈夫。心配かけてごめんね? レグ、ラス。それから……これ!」


 私は心配をかけたお詫びと、お留守番のお礼にと、採れたての真っ赤な『望月草の実』を二人へ差し出した。


「これ、よかったら二人に――」


「あらあら、すごい魔素!」

「おいおい、こりゃすっごいな! よし、オレたちが加工してやるよ!」


「え」


 違う、お礼に食べて欲しいの……! という間もなく、レグとラスはルルススくんに「鞄から出して出して!」と急かし、待宵草の山を築き上げていく。


「えっ」


「お前たちー!」

「あなたたち!」


 ハリネズミ隊が二列で並び、どんどん花を籠に入れ作業場へと運んでいく。そしてふと気が付いた。みんなの後ろに一回り小さなハリネズミたちが並んでいたのだ。まるで見学しているような感じ。


「レグ、ラス、あの子たちは?」

「おっと、紹介するぜ! 王様畑の見習いたちだ!」

「あちらは女王畑の見習いですのよ」


 み、見習い……! 私と同じ身分……!

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