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101.迷宮入口前広場にて

2020年最初の更新です。遅くなりましたが、本年もweb版・書籍版ともによろしくお願いいたします!

更新は、今年も週一〜二回の予定です。



 迷宮から出ると、そこは入口の丁度真裏だった。

 私たちは岩山のような大岩をぐるっと回り、門番の立つ入口へ。あらぬ場所から顔を出した私たちに、入口の騎士たちも、迷宮に入ろうとする採取人たちもギョッとした顔を見せた。


「えっ……隊長!? どこから!?」


「あー……私は少し彼らと話していくから、皆はその辺でランチでもしてくれ」


 ランベルトさんは苦笑しつつそう言った。

 空を見上げると、太陽は真上で照り盛っていた。



「じゃ、オレは疲れたから休むナ!」

「そうなの~? もっとコルヌとお話ししたかったなぁ~ぼく~」

「またナ! イグニス! オレも若い精霊と話すのハ久しぶりで楽しかったゼ」


 コルヌはスゥっと姿を消した。

 やっぱり力を使うと精霊も疲れるものなんだなぁ……。でも、イグニスは本当に元気だよね?


「イグニスは大丈夫なの? オヤツに魔石食べる?」

「ん~ん、大丈夫だよ~。それよりぼく~あっちの屋台でお肉食べたい~!」


 イグニスが指さす方からは、確かに肉の焼けるいい匂いが漂ってきている。入口前の広場に自然発生的にできた屋台村だ。

 この時間の迷宮前は、朝とはまた違った雰囲気の賑わい。私たちのように早朝から探索し迷宮から出てきた者、ここで野営し続けている者もいる。それからこれは、今の時期特有だろうけど観光客の姿も多い。


「お、じゃあ俺のお薦めの串肉屋台に案内してやろう」

「ふくちょ~! やった~!」


「イグニスは本当に元気にゃ。ルルススはちょっと疲れたのにゃよ」

「フフッ、私もちょっと疲れちゃった」


 そんな風に話していると、後ろから「ハァ」と大きな溜息が聞こえた。


「レッテリオさんも疲れました?」

「そうだね……今また疲れたって気分かな」


 レッテリオさんの視線の先は掌に持った銀時計へ。覗き込んだ私たちを笑うように、その華奢な鎖がシャラリと音を立た。



 ◇



「迷宮から出たら元の時計になっているかもしれないと思ってね。確認してみたらこうだった」


 屋台で串肉や気になったものを買った私たちは、広場の隅で防水布を敷き、円になっていた。私が持っていた残り食材と薄切りのパンも提供して、青空ランチだ。


「赤色の部分が減ってるな。確か三十八層で見た時は八刻間際だったろう?」


 バルドさんが齧り付いているのは迷宮猪のタレ漬け、一串二百ルカ。香辛料たっぷりで麦酒がよく合うらしい。確かに……甘じょっぱいタレが食欲を誘う……! 塩味も美味しそうだ。


「これって赤色だし……減ったのは刈り取った『望月草』の数でしょうか? あっ、辛っ……!」


 赤胡椒をガリっと噛んでしまった。手持ちのチーズを足して作った即席サンドウィッチのメインは、迷宮湖の白身魚を香草大蒜(こうそうにんにく)漬けオイルで焼いた一品だ。こちらは小振りの三切れで二百五十ルカ。

 はぁ。大蒜(にんにく)臭くなるのは必至だけど、ふわふわの白身の甘みとカリッと焼かれた表面の香ばしさが堪らない……!


「多分。きっとこの赤色は迷宮の魔素量を示しているんじゃないかな。正確には溢れてしまった魔素……かな?」

「溢れた? ――あ、レッテリオさん迷宮蜂蜜揚げパンもどうぞ」


 イグニスが「甘くておいしそう~!」と三皿も買って来たので山盛りなのだ。でも揚げパンといっても、生地を揚げて膨らませただけの軽いものなので、このメンバーならあっという間になくなりそう。


「ありがとう。ああ、美味しいけど甘いねこれ。ランベルト向きかな?」


「俺にも一つくれ。……うん、肉と合わせてもいいな。――でだ。アイリス、迷宮は魔素の塊だ。その魔素を上手く管理して使ってるのが核。だから迷宮の異変っていうのは大抵が核の問題だ。で、ここには核が見当たらなかった。そして迷宮内で採取できるものは軒並み豊作で高品質。本来何かに使っているはずの魔素が『溢れて』るんだろう……ってことだ」


 と、バルドさんは買い回った屋台の品々に視線を向けた。


「どの店もいつもより良い食材を使ってたり、大振りなのに値段は安い。予想以上に迷宮作物の供給品質が高く、多くなってるんだろう。……うちも早く仕入れないとだな」


「そうにゃ。ルルススもびっくりの高品質素材だらけにゃったんにゃ。その、番人であるレッくんの時計の変化は――まあ、番人の仕事をしろってことにゃろうね」


 ルルススくんはレッテリオさんを見上げニャニャっと笑う。


「ハァ……そうだね。きっとこの盤面全体が赤で染まったら……番人の負けなんだろうな」


「ああ、刻限があるって意味合いもあって時計なのかもしれませんね」

「そうだな。管理されない魔素が外にまで出てしまったら、迷宮の崩壊どころか魔物が溢れて近隣にも被害が出るだろう」

「被害……ですか?」


「そうだよ~あんなに濃い魔素だもん~! 小さな魔物も大きくなるし~魔力を持つ植物も大きく育つと思うよぉ~」


 イグニスが新しい手羽先揚げを抱え飛んできた。その後ろからはランベルトさんの姿が見えているので、買ってもらったのだろう。イグニスってば本当におねだり上手なんだから……!


「で、レッテリオ。その銀時計は今何刻まで赤くなってるんだ?」

「七刻に少し足りないくらいだね」


 ランベルトさんは腕を組み唸る。


「……何とかならないか。もしも祭り期間中に迷宮崩壊が起こったら、相当に拙い」

「分かってる。俺だって困る」


 ハアァ……と、二人の溜息が重なった。


「にゃあにゃあ? それにゃら『待宵草』を植えてみたらどうにゃ? あれは魔素を吸収して育つにゃ。実際深層の待宵草は、一足早く真っ赤にゃ望月草になってたにゃ」


「……そうか」


 レッテリオさんがゆっくりと顔を上げた。


「ランベルト、やっぱりあの物語はここの話なんだ。乙女と竜が庭に植えた花は『待宵草』で、だから三十八層には真っ赤な『望月草』が生えていたんだ」

「こうなる事を予見して植えたというのか?」

「意味や理由までは分からないけど、実際有効みたいだしやってみてもいいんじゃないかな」


 確かに、私たちがあの深紅に染まった望月草を刈り取ったことで、レッテリオさんの銀時計の針は少し戻っていた。迷宮から魔素を減らすことに成功してる。


「あの、待宵草って魔素が濃ければ濃い程ぐんぐん育つんです。種をまいてあっという間に赤い望月草に育てた実験結果もあります。だから、私もやったほうがいいと思うんです。実った魔力たっぷりの実もあの品質なら売れると思いますし、無駄にはならないと思います……!」


「いいにゃね~! 種まいて刈り取って、実を採って魔力を絞って……いい収入にもにゃるにゃ! できるにゃらルルススがやりたいくらいにゃ~! ね? 隊長にゃん?」


 ぐぅ、とランベルトさんがまた唸る。きっと色々なことを考えて頭の中で自分の分身たちと会議中なのだろう。責任ある立場と身分って大変だ……。


「……よし。俺が商業ギルドに話を通そう。それなりの数の種を持ってる商会があるはずだ。それともランベルトが領主一族としてやったほうがいいか?」

「――いえ、副長にお願いできれば有難いです。正直あれこれ調整する時間の余裕がありません。迷宮は私の管轄なので、許可はもう今ここで出したということで……いいな、レッテリオ」


「ああ。副長、種まき自体は俺が中心になってやりますので、手配だけよろしくお願いします」


 ランベルトさんとレッテリオさんはバルドさんに頭を下げる。ルルススくんはどうやら皮算用を楽しんでいるようで、イグニスは尻尾をフリフリまだ肉に齧り付いている。


「任せろ。俺だってギルドの組合員だからな。ギルド長は飲み友達だし、確か薬種問屋の娘もいたし……まあ、伝手を辿ってどうにかなるだろう」

「あ、エマさんですね!」


 ポーション効果のことで釘を刺された時、確かそんなことを言っていた。今はギルドで商売の修行中だとも。


「ああ、そんな名前だったかな? 知り合いか、アイリス」

「ええ、はい……あの【蜂蜜ダイス】をあげちゃったのがエマさんです」


 ああ。と、レッテリオさんとバルドさんが頷いた。

 縁って奇妙なものだよね……。

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