100.三十九層・記憶の中の本と転送陣
◆2019年最後の更新は丁度100話目です!長くなってきましたが、来年も書き続けていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
また、本年は書籍1巻も発売となりました。お手元にお迎えしてくださった方々、ありがとうございます!
書籍の方も、web版を読んだ上でも楽しめるものを目指し、続けていければと思っております。応援いただけると有難いです。web版共々よろしくお願いいたします!
「確かに……。イグニス作の杖を見ると確かにそうかもしれないね。似てる。……炎の精霊……炎竜か」
レッテリオさんは急に黙り込み、小首を傾げた。
「レッテリオさん? 何か気付いたことでも……?」
「ん? うん。なあ、ランベルト」
コルヌと壁を見回っていたランベルトさんを手招きする。
「この檻とこの小部屋……俺の勘違いかもしれないけど……似たような話を読んだことがある気がしないか?」
「ここと似た話……? どこで? ヴェネスティ家でか?」
「多分。小さい頃……どこかの小屋の屋根裏かな? 確か屋根から忍び込んだんだ。物置き部屋みたいなところで、本が沢山あって……本で雪崩を起こして遊んだの覚えてないか?」
レッテリオさんたち……どんな遊びをしていたの……。本で雪崩って酷すぎる。
「ああ、やったな!」
「あの部屋で読んだ本……確か神殿を迷宮に仕立てる話で、竜が鳥籠を作って、庭には乙女と一緒に花を植えるっていう……」
私たちをチラリと見たレッテリオさん。ちょっと恥ずかしそうだ。
「メルヘンですね」
「かわいいのにゃ」
「レッくんそのお話好きだったのぉ~?」
「そうだね。変な話だなと思って何度か読んだんだけど、途中で終わってて続きを探したけど見つからなくて……今はタイトルも覚えていないんだ。昔話とか伝承だとか、そういう類だとは思うんだけど……」
「気になるな。子供向けのお伽話かもしれないが、合致する部分が多い。この事態解決のヒントになるかもしれない?」
本かぁ。工房に入って本を片っ端から読んだけど、ヴェネトス独自の昔話がないことが気になっていた。歴史がある大きな街なのに、どこにでもある『悪戯精霊』や『精霊の贈り物』の話が残っていない。あるのは戦記や騎士の話、あとは商人の出世物語だ。
私が『王女の白ばら』を知らなかったのも本として残っていないからだし……まぁ、このお話は燃えちゃうんだから仕方ないけど。
「うちのカーラはヴェネトス出身だが、そんなお伽話を聞いたことはないな。侯爵家独自に伝わってる話だとか本だとか、そういう貴重なものだったんじゃないか? お前たちが雪崩を起こして遊んでいた本は」
二人は「うっ」と口を噤み、バルドさんから目を逸らす。
「花は『待宵草』と『望月草』、竜は俺が会った炎竜。乙女は知らんが神殿は三十五層から下に点在している。ヴェネスティ家に残っていた本なら、この迷宮に関連している可能性はあるんじゃないか? 調べてみる価値はあるだろう」
「そうですね」
「帰ったら探します」
レッテリオさんとランベルトさんは居住まいを正し、バルドさんに向かい敬礼をした。
まさか子供の頃に遊んだ本が数年後、迷宮の異変の鍵になるかも……だなんて、思いもしないよね。レッテリオさんが読んでいてくれてよかったけど……。
「その屋根裏部屋が見つかるといいですね……」
多分、侯爵邸は広い。城と呼ばれているくらいなんだから、物置になってる部屋も沢山あるだろう。
それに子供の頃のあやふやな記憶だ。本当にヴェネトスだったのかも怪しいかもしれない。
「……とりあえず、帰ろうか。イグニス、転送陣に魔力をお願いできるかな」
「うん~……でもねぇ~隊長~……ぼく、天井が気になるんだけどぉ~」
「天井? どこだ?」
「ここだよぉ~! おんなじ白色で何か書いてある気がするんだぁ~。ねぇねぇ~コルヌも見てみて~」
イグニスが飛んでいったそこは檻の真上。
あんな高い場所、精霊でもなければ見ることはできないだろう。
「ア! これ転送陣かもしれなイ! んー……」
コルヌは角の先を陣の中央に付き立てる。きっとあれは陣に循環している魔力の流れを探っているのだろうと思う。
私たち錬金術師も、陣が読めないときには同じように杖を突き立て、魔力の流れで『どんな錬成陣なのか』を探ることがある。
「これ、多分迷宮入口に繋がってるゾ! 檻の中にもないカ? 白で描かれてるけど、アイリスなら分かるんじゃないカー?」
「あ、はい! 見てみます!」
「アイリス」
レッテリオさんがちょっと心配そうな顔で私の腕を掴んだ。
「手、繋いでるから。床には魔力を流さないで。慎重にね?」
「はい」
レッテリオさんの緊張を掌に感じ、私はそうっと檻の中へ足を踏み入れた。しかし特に感じることも異常もない。ホッと胸をなでおろし、ジッと床を見つめ陣を探すと……。
「あ、あります! 本当だ……結界石と同じ白で描かれてるから気が付かなかったけど、これ確かに転送陣です。それも高度な……」
多分、二点ではなく、三点を結んでいる。
「ああ、なるほど! この檻の中の陣は『受け身』の陣ですね。これを発動させることはできません。でも天井の陣と繋がっていて、そっちが起動の陣です」
「古い古い陣の型にゃね。ケットシーの郷の近くにも残っているにゃよ。前に話した『竪琴の男』が封印されてるとこにゃんだけど」
ルルススくんがトコトコと足音を立て、檻の中へ踏み入る。
「ルルススが見た陣と似てるにゃ。これって、中に封印されてるものが万が一にも逃げ出さにゃいためと、外から放り込む為の陣にゃんにゃって。おばあが言ってたにゃ」
「なるほど……」
レッテリオさんが呟く。
「やっぱりこの檻には何者かがいたんだ。扉に取っ手も鍵も付いていないのは、転送陣を使ってここへ飛ばし、封印をしたからだろうね、きっと」
外からこの最下層へ――。
私は檻の中央から天井を見上げた。
ここにいた何者かは、一体何をして、ここへ閉じ込められていたのだろう? それに核は? 竜は?
何もかもが分からないまま、むしろ謎が深まったようなまま。私たちは天井の転送陣を起動させ、檻の中から地上へと戻った。