99.三十九層・白の小部屋と黒の檻
◆少し更新間隔が空いてしまいましたので前回までのおさらいを…
三十五層:薄紅色の髪をした不審な男と出会う→三十八層:『望月草』が咲き乱れていた→台座に『番人の銀時計』を置くと陣が出現→床の陣にイグニスが魔力(炎)をぶつけると……小部屋へ転移→白い部屋に檻があった
「檻……だね。皆、触ったり中に入ったりはしないように。何がどうなるか予想できない」
「確かに。またどこかに陣が仕込まれてるかもしれないな。コルヌ、警戒しといてくれ」
「わかってるヨ!」
私たちは慎重に檻に近付き、それぞれ中を覗いたり観察したりしてみた。
真っ白の四角い狭い部屋の中で、調べられるものと言ったらこれしかないのだ。壁には模様もなにもない。高い半円状の天井にも特に気になる点はない。
「扉が開いてるけど……壊れてるんでしょうか?」
「うーん……。その前に扉に取っ手も鍵も見当たらないね、これ」
「えっ、あ、ほんとだ」
取っ手がないのに扉はある。開け閉めする気がない扉……まぁ、こんな場所に置かれた檻だから、出入りする方が不自然なんだけど……。
でも、それなら鍵がないのはどういうことなのだろう。閉じ込めるための檻なら、鍵はかけるはず。
――なんなのだろう。この『檻』は。
「……多分、何かが逃げたのは確実だろうね。ホラ、この扉は内から外に開いてるから」
「あ、本当だ。そうですね」
「んー……何かって、普通に考えたら『核』を守っていた守護者か、そのものかのどちらかにゃよね」
「守護者がこの中にいて、核……魔石だとして、それを持ち出したってことか?」
う~ん……とバルドさんが唸る。
「イグニス! 核は動いてると言ってたよな? 今はどうだ?」
「え、え~……ん~……ごめん副長……ぼくよく分からないんだぁ……。三十五層から下は~どんどん炎の魔力が強くなってて~今はどこもかしこも染まってるんだよぉ」
天井付近を飛んでいたイグニスはシュンと肩を落とし、私の肩へ戻ってくる。
「そうか。いや、気にするな。――もし、ここから逃げたのが守護者の炎竜だとしたら、厄介だなと思っただけだ」
確かに厄介だ。そんな魔物が動き回って魔素をまき散らしているとしたら……。
でも、守護者はどうして核を持ち出したんだろう? 迷宮に異変があったから安全圏へ行こうと? でもここがきっと最下層だろうし、レッテリオさんの『番人の銀時計』や陣で二重三重に護られていたし、ここ以上に安全な場所なんて――。
……――ん? 待って、逆かもしれない?
「……あの、思ったんですけど、逆に守護者が『核』を支配したってことは……有り得ませんか?」
私はその可能性を口にしてゾッとした。
「だって、護るならここは安全なはずです。檻の鍵が開いたのも、もしかしたら核の力が弱まったとか……」
迷宮の異変は、異変が起こって『核』に何かが起きたのではなく、『核』に異変があったから迷宮にも異変が起きたのかもしれない。
だって、現に『核』がないという大異変が起きているのだ。
「最悪だな、それ……」
「考えたくもない……。この祭り前の忙しい時期に迷宮をなんとかしなければならない……だと?」
「俺だって店で肉の仕込みをしたかったのに……竜退治なんざしたくないぞ?」
「……ね~え? アイリス~『核』って美味しいのかなぁ?」
「えっ……?」
イグニスのその言葉に、全員がハッとした。
『核』は迷宮の要。魔力の塊だ。それもいち精霊や人の魔力なんかとは比べ物にならない大きさの魔力のはず。だってこの不思議な空間を維持し続けているのだ。何年も、何百年も。
「守護者が竜だとして……コルヌ、お前が守護者で『核』を好きにできたら……どうする?」
「食べちゃうかもナ! それで海の王になル! かも」
「お前ならやりそうだ……」
「そりゃあ、なァ! 迷宮の核になる程の魔石だったら、絶対に美味いだロ!」
「ぼくもすき~!」
精霊はみんな魔力の塊である『核』に目が無いってこと?
……今、持ち出された核はどうなっているのだろう? 守護者がただ持っているだけなら良い。取り戻せばいいのだから。
だけど、もし――。
「『核』と守護者が同化してたらまずいな……」
――そんなことになってたら、この迷宮はどうなるんだろう?
◆
「まあ、全部仮定の話だしね。もしかしたら『核』自体が一人で動いているのかもしれないし、守護者がいて持ち出されているのかもしれない。もしかしたらまだこの下に四十層があって、核はそこにあるのかもしれないし」
「レッテリオの言う通りだな。ここで仮定で議論してもどうにもならん。この後はどうする? ランベルト」
「うーん……もう一回りこの部屋を調べてみて、何もなかったら帰還しよう。核の手がかりだけでもあればいいんだが……目に付くのはこの檻だけだしなぁ」
はぁ。と複数の溜息が落ちた。
◆
「この檻……やっぱり似てる気がする」
私は床にしゃがみ込み、間近で檻を見つめていた。
「何と似てるのにゃ?」
「これ。私の杖なんだけど……ホラ、この黒の艶の感じ……似てない?」
私は腰から杖を引き抜きルルススくんに見せた。ルルススくんは珍しい物を見るような目で、様々角度を変えじっくり観察をする。
「似てるにゃ。特にこのゴツゴツとした感じ……にゃんだろう……う~ん……」
「溶岩みたい?」
「そうにゃ! 冷えて固まった溶岩みたいにゃ! でも艶々でキラキラで、魔石みたいにも見えるにゃ」
私はその言葉にニヤっとした。
「さすがルルススくん! 結構その通りだと思うの、この杖」
「にゃっ?」
「それはね~ぼくがね~燃やしちゃってそうなったんだよぉ~!」
「イグニスがにゃ?」
「ルルススくん、他にも杖を見たことってある? 杖って白い木を材料にすることが多いんだけど、これは黒いでしょう? イグニスが力一杯に魔力をぶつけたから、これ魔力結晶になっちゃったの」
「この杖~つよいんだよぉ~!」
「へぇ。アイリス、そんな凄い杖を使ってたんだ。炎の精霊と契約もしてるし、もしかして魔術も得意?」
檻を一回りしてきたレッテリオさんが、ルルススくんが手にした私の杖を覗き込んだ。
「あー……そんなことは特になくて……普通です。まだこの杖は育て途中だし、というか私が全然追いつけてないんですけどね……へへ」
レッテリオさんはお兄さんが錬金術師だからか、錬金術や魔術のことも普通の人よりよく知っている。
だからきっと、杖は持ち主と共に成長していくものだと知っているのだろう。一般的には杖と術師の能力は比例するもの。でも私の場合は……残念だけど『杖に使われてる』『杖に助けられている』状態だ。
それ程、イグニスの魔力が結晶したこの杖は上質だということなんだけどね。
「レッテリオさん。この杖と檻の材質、私似てると思うんです」
「杖とこの檻が? ……待って、それって」
瞬きを止め、レッテリオさんが私をじっと見た。
「もしかしたらこの檻……炎の精霊が作ったかもしれない……って思いませんか?」
私は頷き、そう言った。