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見習い錬金術師はパンを焼く〜のんびり採取と森の工房生活〜  作者: 織部ソマリ


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92.加密列のお茶の夜

「傷薬も持ってきてよかった」


 ポーションは多用しない方がいい。

 急激に回復させるから()()こともあるので、一日あたりの摂取量目安が決められているのだ。あと飲みすぎると効果も出難くなるから、体力回復用でなく、怪我や病気用のポーションの使用には慎重にならなくてはいけない。

 だから小さな傷、縫うほどではない傷は普通に手当てするのが常識だ。


「悪いな、アイリス」

「いえいえ。でも、いつも手当てはしないんですか?」


 私はルルススくんの手を借りて、コルヌの水でバルドさんの傷を洗う。イグニスもお手伝いする~と、私に手巾を渡してくれる。


「あーまぁ、ポーション飲んでその場を(しの)いで、まともな治療は後回しだな」

「駄目です、それじゃ傷が残ってしまいますよ? 元騎士団の方に言うようなことじゃないですけど……」

「耳が痛いな」


 血をぬぐってみると、心配していたような深い傷ではなくホッとした。しかし、それよりも。気になったのは背中に残る傷跡と火傷の痕だ。これって、もしかして……。


「……バルドさん、背中……痛んだりはしませんか?」

「ああ、大丈夫だ。大した傷じゃないだろう? コルヌが塞ぐまではやってくれたからな」


 なるほど。さすが『癒し』の特性も持っている水の精霊(ウンディーネ)だ。だから血が滲んでたにしては浅い傷だったのか。


「ふくちょ~……でも痛そうだよぉ~? ほんとにもう治ってるのぉ?」


 イグニスが手をモジモジさせ、丸い瞳を揺らしバルドさんの顔を覗き込む。


「ああ、そっちか。痛まないぞ? もう三年も前の傷だからな」

「……ここで竜と戦った時のものなんですね」


「現場の騎士なんてやってりゃ傷も受ける。こんなものは運だ。俺は生き残っただけ運がよかった。それにこれのおかげでさっさと引退して、やっとカーラと四六時中一緒にいれて、食いたい肉焼いて食堂やれてるんだ。本当に俺は運がイイ」


 バルドさんは振り返り私を見て、ニッと笑う。


「二人は仲良しだもんね~! ふくちょーのお肉もおいしいし~!」

「……そうだね。私、今度は夜にバルドさんのお店行ってみたいんです」


 私はルルススくんから傷薬を出してもらいその背中に塗っていく。


「ああ、だが夜はちょっとすごいぞ? 酒も出るから騒がしいし女の子にはどうだかなぁ」

「駄目ですか。夜の肉料理はランチよりいいお肉だって聞いたんですけど……」


 この情報はランベルトさんからだ。イグニスにマントを着せてあげながら、好物のお肉の話をしていて教えてもらった。


「わ」

「どうした?」


 ヘラで傷に軟膏を大まかに乗せ、あとは手で塗り込もうとしたのだけど……。


 ――なにこれ……! すっごい弾力……!


 私はその傷の下にある筋肉に感動していた。だって……なにこれ筋肉!? 固い! すごい……!! ああもう、できれば素手で触ってみたい!!

 いや、それはさすがにちょっと恥ずかしいし我慢するけど、しかし気になるのはそれだけじゃない。


「バルドさん……! どうしたらこんなに筋肉つきますか!? 私もっと鍛えたいんですけど……!」

「ん? そうだな……肉を食え。うちのカーラもなかなかいい筋肉付いてるぞ?」

「おにく~~! ぼくも食べて強くなる~!」





 そして天幕の外では――。


「おっと、アイリスは筋肉好きだったか……」

「言ってくれれば俺だって……脱ごうかな」


「やめとけ、レッテリオ。副長にはどうやっても敵わん」

「にゃ? レッくん鍛えるにゃか? ルルススいい『プロテインの実』持ってるにゃよ?」


 手当てを終え、天幕を開けたルルススくんがそんなことを言う。


 べ、別に私は筋肉好きという訳ではなくて……! ちょっと、珍しくてつい……! つい、なんだから!


 私はまだまだ乏しい自分の上腕二頭筋を思い、肉を食べようと思った。



 ◆



 夜食と手当てを終えると、私たちは交代で仮眠を取る事にした。この三十五層は神殿状だからあまり明るさに変化はないけど、時刻は深夜だ。


「不寝番は私とレッテリオ、バルド副長で受け持とう。アイリスとルルススくん、イグニスはゆっくり……でもないけど、朝まで寝てて」

「はい。ありがとうございます」


 私じゃ不寝番として不足すぎるもんね。こればっかりは仕方がないので大人しく頷く。


「それじゃイグニス……お願いできるかな?」

「はいは~い! ぼくの灯りを使ってねぇ~!」


 ふぅ~! とイグニスが息を吐くと、天幕の前に暖かい色の灯りがいくつか浮かび、灯された。


「ちょっぴりだけど~【警戒】の効果をつけたからねぇ~! うとうとしちゃっても大丈夫だよ~!」

「えっ、イグニスいつの間にそんなスキル……!」

「くふふ~さっきコルヌに教えてもらったんだぁ~!」


 イグニスは誇らしげに胸を張りマントを翻す。


「にゃ、コルヌって器用にゃんにゃね! 他人に教えるって難しいのにゃ」

「コルヌはねぇ〜とにかく思いを強くしてやってみろ〜って言うんだよねぇ! ぼく色々教えてもらうんだぁ~!」


「そうなんだ。コルヌって優しい……」


 精霊同士の交流って、こんな風に成長にも繋がるんだ。

 コルヌはちょっとヤンチャな精霊さんかと思ってたけど、やっぱり水の精霊(ウンディーネ)の特性なのかな? するりと優しく寄り添ってくれる感じがする。



「心強い灯りだな」

「ランベルト、まずは俺から不寝番に立つ。一刻半交代でいこう」

「了解。副長は怪我もあるし最後で……ほんの少しの早起きでお願いします」



 ◆



 ――眠れないなぁ……。


 私は天幕の端っこで寝返りを繰り返していた。

 イグニスはいつも通り私の頭の上でぐぅぐぅ寝てるし、隣のルルススくんも「すぴーぶぅ……ぶぶぅ……」と可愛い寝息を立てている。きっとその向こう側で寝ているランベルトさんとバルドさんも、随分静かだけど眠っているのだろう。


 あんまりモゾモゾ動くと皆を起こしてしまいそうで気になるし、でもどうにも眠れないし……。


 チラリと入口を見れば、イグニスの灯りが映った布が薄鈍い橙色になっている。


 ――ちょっと起きてお茶でも飲もうかな。


 私はそうっと寝床を抜け出した。



「レッテリオさん」

「アイリス。どうしたの? ああ、冷えてるからイグニスの炎の側に座って」


 天幕の中では気にならなかったけど、石造りの神殿は確かに冷え込んでいた。イグニスが灯りに追加して、暖を取る為の炎も用意してくれていてよかった。


「ちょっと眠れなかったんで……お茶飲みませんか?」


 私は手早くお湯を沸かし、透けるほど薄い布でまとめ作った『ティーバッグ』をポットに入れる。安眠とリラックス効果のある加密列(カモミール)に、体力回復ポーションの主素材である日輪草を混ぜてある。


「あとこれも……」


 イグニスに半生乾燥してもらった王様葡萄をカップに二粒ずつ入れた。


「いい香りだね」

「はい! 香りが出たら葡萄は食べちゃってくださいね。じゅわっって甘い果汁が出てきますよ」

「……ほんとだ。乾燥前より甘いね? もう何粒かほしいな」

「あ、じゃあ追加でどうぞ」


 ポチャポチャン、と更に二粒落としてあげる。結構甘くなっちゃうけど、きっと疲れているだろうレッテリオさんには丁度いいかもしれない。



 そして私は、レッテリオさんの隣にちょっと間を開けて座り直した。

 シンと静まり返った白い空間に、お茶を飲む音だけが小さく響いている。


 何だか気まずいと思ってしまうのは、()()()()()のせいだろうか?

 だって、レッテリオさんと二人で話をするのは『白ばら』を貰ってから今が初めて。どうしても緊張してしまう。


 それに――。


 気になっていることがあるのだ。

 モヤモヤしているというか、それが分からないと自分のこともよく分からないというか、整理ができないというか……。


「……あの、レッテリオさん」

「ん?」


「私、分からないことがあって……聞いてもいいですか?」

「うん、どうぞ? 何?」


『王女の白ばら』の意味を察することができなかった私には、なかなかに掴みきれないのだ。


「その……どうして私に『王女の白ばら』をくれたんですか?」



◇今後の展開絡みでちょこっと恋愛方面に傾いてますが、もう少しでまた採取とパンに戻ります

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