9.ひとり工房実習になった理由 ②
私はただ、幼い頃に村で出会ったあの錬金術師さんのように、自分の手から何かを生み出して、自分の望むように生きてみたいと思っていた。
――それはとても傲慢で難しい事なのかもしれないけれど、どうしても忘れられない記憶が訴えるのだ。
旅芸人に混じって錬金術を使った芸を披露してくれたお兄さん。
私に錬金術師に向いているかもと言ってくれた憧れの錬金術師さん。
あの人の楽しそうな顔と、あの時初めて感じたキラキラした気持ち。
それが私の忘れられない記憶で、宝物だ。
そんな宝物をくれた錬金術に近づきたい、錬金術師になりたい。それが、私の想い。
「ペネロープ先生! どうかお願いします!」
私はどうしても、一人前の錬金術師になりたい……!!
「アイリス……」
ペネロープ先生は眉間の皺を深くさせ、私を見つめる。
地方都市の郊外の村、その中で生まれきっとその中で結婚しずっと穏やかにそこで生きていくのが当たり前の常識だった。
だけど、そうじゃない生き方もあるのだと知り、私もそうしてみたいと思ってしまった。
単純だけど、私にとって錬金術師は、初めての新しい世界を覗かせてくれた憧れの存在で、憧れの職業なのだ。
「……。アイリス。何も私は意地悪で諦めろと言っているのではないのですよ。今年の試験監督官は厳しい人で、その合格ラインも課題調合も稀に見る高レベル。契約精霊ひとつの力では難しいを通り越して無謀です」
「……そんな……。試験監督官のさじ加減で難易度がそこまで変わってしまうんですか……?」
去年の調合課題と同レベルなら合格できる腕にはなっているはずなのに。
「いいえ。……あなたにはお話しましょうか。監督官の問題と言うより、今年からの、国としての方針変更と言った方が正確です」
「国としての……?」
ペネロープ先生は溜息を吐き話し始めた。
それは嘲りや呆れ、それに少しの憐憫が含まれていたように思う。
「最近の見習い錬金術師のレベル低下は著しく、国家機関で使うには能力不足なのですよ」
なるほど。それは私のレポートは許されないだろう。正直あれは提出したという実績くらいのつもりで書いていた。先生ごめんなさい。あれが今の私の全力です。
それにしても国の方針かぁ……。
それでは私にはどうしようもない。
今までの承認試験は、どちらかと言えば『受かれば独り立ち! 【一人前の錬金術師】』ではなく、『【学生の見習い錬金術師】から【新米の錬金術師】』にレベルアップ!」というものだった。
「今年から方針が変わった……んですね」
「そうです。分かりましたか? アイリス」
「……はい」
先生が何故「諦めなさい」「まだ実習を続けるつもり?」と言ったのかをやっと理解した。
国が錬金術師承認試験の方針を今年から変えたのなら、今の私では来年も望みは薄い。その次だって分からない。……と言うか難しいと判断されたからこその工房の閉鎖なんだろう。
「それでは話は終わりです。アイリスは試験の準備はしなくて結構。帰郷するなり職を探すなり今後の準備をなさい」
「……」
冷たくも温かくもないペネロープ先生の言葉に、私は何も言うことができなかった。「はい」とも「いいえ」とも。
試験という目の前にあった目標を突然取り去られて、どうすれば良いのか分からない。
「アイリス、もう結構よ」
退室しなさい、と先生が言う。
どうしよう。
試験を受けたいけど受けるだけ無駄、今年だけじゃなくたぶん来年もその次も。それに見習いとしての立場も無くなってしまう。
私、故郷の村に帰るの? それともここから一番近い街で仕事を探す? いやそれも難しい。
だって田舎街ならまだしも、ここの最寄りはヴェネスティ侯爵が治める西方最大の都市、ヴェネトスだ。
【見習い錬金術師】じゃ、力不足よりも身元の胡散臭さで倦厭されてしまうだろう。
「アイリス」
「……先生、私に何かチャンスを……課題をくださいませんか?」
か細い声が出た。
思っていたよりも震えた声で、そんな自分が情けない。
「……ハァ」
先生はぴっちりと纏めていた淡水色の髪をバサリとほどき、手櫛でひとまとめにして言った。
「アイリス、あなたいつもそれね。自分で考えなさい。人に選択を頼るんじゃない」
ぐっ、と喉がつまる。
ペネロープ先生のいつもより冷たい声と、気取っていないその素の口調が私への軽蔑を表しているようだ。
「私は教師として二つの選択肢をもう与えたでしょう? これ以上は何も与えられない」
道の方向性は示してやったのだから面倒を見るつもりはないと暗に言われているのは分かる。
先生にそこまで頼るのも筋違いだろう。でも、だからと言ってこのまま諦めたくは……!
「私、錬金術師になりたいんです。ペネロープ先生、錬金術師の先輩として何か……錬金術師になれる他の道がないかご存知ではないでしょうか? 何か……教えて頂けませんか……?」
ああ、また声が震えてしまった。
涙声なのも涙を我慢して目が赤くなっているのもバレバレだ。
それにさっき、咄嗟に生徒が先生にと頼ってしまったのは失敗だった。だから今度は、個人として。
大きなくくりで錬金術師の先輩になる“ペネロープさん”にすがってみた。
ああでも先生には「これだから意識低い系は」とか「甘ったれの低レベルの見習いが」とか思われてそうだなぁ。
だけど、回らない頭と震える心では、こんな風にみっともなくすがる事くらいしか出来そうにない。
私が頼りにしていた『錬金術師への教科書』はもう無いのだ。
「アイリ……」
『コンコンコン』
「ねぇ、じゃあ私がもう一つの選択肢を与えてもいいかしら?」
ノックと共に扉を開けたのはここにいるはずのない人。
私の去年までの先生、イリーナ先生だった。




