真紅の月④
男が曲がったのを見た角を駆け抜け、男の姿を再び確認する。距離もかなり縮まり男に手が届くかに思われたその時、こちらに気が付いた男は僕の手を掴み勢いそのままに前方の人混みの中へ放り投げる。
男はヒューと口を鳴らし脇道へ逃げ出した。クッションになった人達の無事を確認しながら謝罪し、すぐに跡を追いかける。先ほどの道とは違い人の通りは全くない道を駆ける。
行き止まりが見え、男は観念したのか足を止めてこちらに向き直った。
「兄ちゃん、そんな息切らしてどうした?」
男に疲れは見えず息も整っているのが、発した言葉から知る事ができた。荒れる息を鎮めながら言葉を吐き出す。
「さっきの男達を手にかけたのはお前か?」
「ああ、俺だよ」
何故と言う問いかけをする前に男は話を続ける。
「この世界に俺は嫌われているんだ」
男はサングラスに手を掛け静かに外す。真っ赤で仄かに光が灯っているかと錯覚しそうになる綺麗な瞳が現れる。
「俺は魔族だ、あいつらに捕まってどうなるかもわからない状況に身を委ねろとでも言うのかい?」
「それは‥」
「言っておくが、こちらから手を出した事は無い。全て正当防衛だ」
「命まで奪う必要はないだろう!」
「甘いよ、兄ちゃん。甘すぎる」
一瞬の油断、男は僕を突き飛ばし頭から壁に打ち付けられた。薄れいく意識の中、上から覗き込む男の姿だけが目に映っていた。
「じゃあな兄ちゃん」
倒れた青年に背を向けこの場を後にする。
愛用のサングラスを手に取り掛け直した。
背後から静かに近づいて来る足音が聞こえる。先ほどの青年だろうか?
「兄ちゃんしつこい男は嫌われるぜ」
振り向いた先にはフードを被り顔を隠しているが仄かに光る赤い瞳が浮かんでいるのが見て取れた。
「チッ、姉ちゃんの方だったか」
フードの隙間から手元のあたりが一瞬光るのが見え後方に跳び距離を取る。一閃、風が吹き髪が揺れる。
手には黒い刀身の剣が‥いや、あれは刀と呼ばれる物だろう。鋭く磨きあげられた刀が再びこちらに牙をむく。
二度目の斬撃はかわしきれずに左手のあった所を、何もなかったかのように刀が過ぎ去った。左腕の肘から先は虚空に舞、赤い飛沫が遅れて溢れ出す。脳が麻痺してしまっているのだろうか強い痛みを感じ無かったのがせめて物救いだ。
普段あるものが無いだけでバランスを取って歩くのが此処まで難しいものだとは思わず、気がつくと地面に転がり込んでしまった。刀を納める音が響きフードを被った者が俺を見下ろしている。
「やっぱり、姉ちゃんもか」
「ええ、そうよ」
「姉ちゃんもせいぜいバレないように気をつけろよ」
「貴方と違って私は上手くやるし、バレたとしてもどうとでもなるわよ」
ククク、カッカッカと自分でも気味の悪いと感じる笑い声を上げる。死への恐怖は不思議と湧いてこなかった。
「生け捕りにしても良いけど、情けをかけてあげる」
「ククク、我が身可愛さにそうするしかないのだろう?」
刃こぼれの目立つ剣が抜かれる。一息に剣が振り下ろされ静寂が辺りを包み込んだ。
生気を失った男の目には瞳の赤を背景に夜空の月が映り込んでいた。剣を静かに収めフードを被った者がこの場を後にする。
倒れた青年の隣に腰かけ額に手を乗せる。青年は目が覚めて居たらしく隣に座る私に気がつき静かに声をあげた。
「アイラ‥」
「目が覚めたのね」
「ああ、あの男は?」
「私が来た時には居なかったわ、逃げたみたいね」




