祀り人②
「ミウ、‥‥ミウ!」
ぼーっとした意識を引き戻すかのように名を呼ばれる声が届く。その様子に母は私の近づきしゃがみ込みしっかりと目を合わせ、両の手で頬を挟まれた。幾ばくもなくその手は離され抱き寄せられる。
「あっ、ごめんね。もう一度描きなおそうね」
母の細い指に薄く黒いものがついたのを見て、自分の顔からそれが剥がれてしまったのを思わせた。ゆっくりと先ほどのように模様が塗り直されていく。再び襲いくるくすぐったさは不快感ではなく、どこか安らぎを感じさせた。
「これで‥‥よし」
支度の終えた私の手を引き外へと歩みだす。家の戸を開くと暗闇の中に僅かな人のざわめきと火の灯火が上下しながら動くのが目に止まった。何人かの村人がたいまつを持ち緩やかに揺らしながら歩いていく。
人の流れに紛れ村の端‥‥人だかりの出来ている場所へと向かった。人混みの中にマイの姿を見つけ自然と笑みがこぼれる。母からは見えないよう、裾に隠してあった花の冠をわざとらしくチラつかせた。それに気がつき心なしか表情の柔らかくなったマイへと目配せをし人だかりの真ん中へと向かう。
腰の丸まった村長さんの長々しい挨拶と祈りの言葉を聞き流し、みんなから姿の見える位置へと移動させられた。退屈さが顔からにじみ出ないよう気を引き締め、村長さんの祈りを真似た同じような事を再び告げる。
話し終わったところで村民の一人からたいまつを受け取り、村の外に続く道を開けるように移動する人の中を歩きだす。両手を合わせ顔を伏せる彼等の間をたいまつを持った数人に導かれていく。
村の外まで来たところで先導していた人たちが、後は一人でと指し示すように歩みを止めてをかざした。微かな緊張と不安を引き連れ、たいまつの明かりに照らされた道なりを進んでいった。
夜道を歩く三人の目に揺れ動くなにかが写り込んできた。
「ナギさん‥‥あれ。何か浮かんでます」
「人魂? おばけかもよ!」
不安そうなシズクの声と対照的なアイラの嬉しげな声が響く。
「僕が少し様子を見てくるよ」
怖がるシズクをアイラに任せ、一人揺れ動くものを追った。思っていたより距離があったらしくなかなか光るものへと追いつけずにいると、それは段々と高度を増していった。追いかけた先、暗闇の中で何かにつまづく。道の途中から丸太が階段のように整備されていた。
何もないところで急に光が上っていったわけではなかった安心感からか深い息が漏れる。先程のものが人だったなら驚かしてしまうのではないかと不安はあったが、ここまで来たのならと好奇心の方が強く働き階段に歩を進めた。
登りきった所で少し離れた位置に地に刺さるたいまつと、その明かりに灯され白い装束を纏った少女の姿が見えた。よく見ると顔に何か描き膝をついて両手を握り祈りを囁いている。祈りを捧げていた奥は崖になっており何も無い空間に深い暗闇が佇んでいた。
ふと、祈りが終わったのか少女は立ち上がり崖へ向け歩きだす。僕は慌てて少女に走り寄りギリギリで肩に手が届いた。
「危ない! 何してるの!」
少女はキョトンとした顔で告げた。
「なんで止めたの?」
「なんでって‥‥」
少女の本当に不思議だという顔に恐怖が胸の内を駆け巡る。
「神様とあそんでくるの」
その発言に耳を疑い問いただす。神様‥‥と呼ばれたものは自然の災害の事を指しているらしく、それを収めるために時折、少女がしようとした事を繰り返し行って来たと聞かされた。
「そんな事をしなくても‥‥君はこわくないの?」
「怖い? お姉ちゃんも神様のところにいるから大丈夫だよー」
「こんなのは間違っている! 人にはどうしようもない事なんだよ」
変わらぬ態度で少女は悩み始めた。
「じゃあ‥‥」
「ん‥‥?」
「お姉ちゃんは何のために神様のところに行ったの?」
言葉に詰まり息苦しさが全身を包み込んだ。
「それは‥‥」
「ふふ、嘘つきはダメなんだよ。お兄ちゃん」
ぼくの一瞬の隙をつき少女は笑顔で暗闇の中へ飲み込まれて行った。
虚しく暗闇へと垂れ下がる手。たいまつの明かりに照らされ、その手には何の感触も無く‥‥ただ深い悲しみだけを残していった。
少女の笑顔が嫌でも頭にこびり付き、逃げるように僕はその場を離れた。




