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Pandora   作者: 夕の満月
第一章 旅人
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流れ星

 肩や背の骨を鳴らし大きく伸びをする。久々の宿ということもあり、ぐっすり眠れたようで気分は軽々としていた。


 先に起き身支度を済ませたアイラとシズクに急かされ顔を洗いに出向く。ユラも付いてきたらしく、流れる水流に飛び込み気持ち良さげな鳴き声をあげた。水浴びを終えたユラは身を激しく振り、僕を目がけ水滴を飛ばし、 服に細かく水玉を染み込ませた。二人に笑われながら用意を済ませ宿をあとにする。


 船着き場にたどり着き、船を見上げる。次々と乗り込んでいく人の列に流され乗船した。地面が揺れる感覚は初めてだったのと船酔いする場合があると聞いていたため心配したが今の所は、様子を見る限り二人も大丈夫そうだ。


 港を離れた船の甲板に立ち、これから見るであろう様々な出来事に想いを馳せる。動き出した船は思っていたより不規則さの際立つ揺れをおこす。シズクは足元からくる不安の方が優ってしまい、アイラにしがみ付いていた。


「シズクちゃん可愛いー!」


 聞く耳を持つほど余裕が無いのか返事は返ってこない。そんなシズクを見て優しく声をかけ続けた。


「シズクちゃん、遠くを眺めると楽になるよー」


「は‥‥はい」


 シズクも落ち着き平穏が訪れる。そのまま三日程海の上で過ごし船内の真新しさもなくなった頃、陽も落ち真っ暗な中に波と船の音だけが響く。暇になり甲板に一人、星を見にきたが、分厚い雲が煌めきを隠していた。

 少しがっかりし暗闇を眺めると、たまに見る夢に近親感を覚えて、そのまま物思いにふけていった。

 

 僕は自身を知らない。生まれてきてから歩いてきた道のり。両親の顔や温もり。人知れず生まれ、ずっと一人だったのではないかと思う日もある。

 欲するもの、無くなってしまった自分を形作る、決して手では触れることのできないもの。

 頭にある一番古い出来事が脳裏に浮かんできた。


 目の前には強い明かり。どこを眺めても写りこむのは一面を囲った白い景色。肌寒さに身震いをし身体を起こす。真っ白な一室に寝かされていたらしい。

 まだ眩んでいた目が徐々に自分の物になっていく。立ち上がり見渡すと、注意深く見なければわからないほど周りに溶け込んだ扉が現れる。


 手をかけ部屋を出ると、同様の色に包まれた通路にいくつもの戸が並ぶ。好奇心などと呼べるようなものではなく只々、不安な感情に突き動かされていた。

 歩いていると壁に突きあたり、横に伸びる道に目を向ける。同じ風景が続き、終わりはないのではないだろうかと錯覚しそうになる。ひたすら前へ行く。その景色は唐突に終わりを迎えた。


 微かに音が聞こえてくる。地に流れる砂のような、どこか安心感をもたらす音。次の周り角を曲がった先、まだ距離はあるが水が細かく降り注ぎ、この通路には相応しくない黒く天井を這うように向かってくる煙。火事を物語るように焼けくずれ壁にポッカリと空いた穴。


 その異質な空間からフードを被り顔を隠した者が一人現れた。手には剣を持ち、僕に気が付いたのかこちらに向け静かにゆっくりと、しかし確実に歩み寄ってくる。


 その佇まいに恐怖を覚え後ずさる。体が自分の物では無いように、うまく動かすことができない。ついに制御のできない身体に尻もちをついてしまう。

 さらに縮まる足音に必死に逃げ出そうとするが、いつの間にか足が触れるかどうかの隙間を残し立ち止まる。フードを外し中からは天井を這う煙よりも黒く、綺麗な髪を携えた女性。頭上から心が無いのではないかと思うほど冷たい口調で言葉が降りかかった。


「あなたも此処の失‥‥‥」



「ナギ君! ナギ君ってば!」


 アイラの声に考え事は吹き飛ばされ、たった今、目が覚めたかのように驚き、身体をびくつかせた。


「なに、ぼーっとして! 見えてきたよ!」


 遠くに見える明かり、暗闇を照らすその輝きに遠い日に見た彼女を重ねていた。

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