白と黒④
「いい香りがする!」
呼びに行く間も無く食事の匂いに釣られたアイラが顔をだす。いつもの明るさにこの時ばかりは助けられている事を実感し食卓に着く。
「おじいさんこれは何使ってるの?」
「この付近で採れたものを主に使って、その魚は先日近場を通りかかった行商人から仕入れた物だよ」
嬉しそうに話すおじいさんの表情にも先ほどの悲しみは無く楽しそうにしているのが目に映った。普段では想像も付かない豪華な食事に舌鼓をうち、興奮覚め切らずといったアイラを連れ部屋に戻る。
「聞いて聞いて、明日此処を出るときに食材を少し分けてくれるって!」
「僕もその場に居たし聞いてるよ」
「ふふん、貰ったものは全部私のね!」
「少しは分けてよ」
「さて、ナギ君も元気になったみたいだし私は部屋に戻ろうかな」
‥‥落ち込んでいた素振りは見せていなかったと思うけど。手を振りながら部屋を後にする彼女を見送り、やっぱりアイラには敵わないなと心の中で呟く。
灯りの落とした部屋の中で一人、おじいさんが話した「人と魔族の違いとは何だろうね」という言葉が頭の中に深く根を下ろして行くのを感じながらその日に幕を下げた。
微かに感じる暖かさ。暗さの中に一線の光が差し込む。どうやら分厚く垂れ下がったカーテンが朝日を完全に遮断していたようだ。明かりを求めてカーテンに手を掛け窓を開ける。
気持ちのいい風が吹き付けるのを肌に浴びながら意識が徐々に覚醒して行くのを感じる。扉の開く音が聞こえおじいさんに呼ばれる声がした。
「朝ご飯は出来ているから、食べて行きなさい」
「ありがとうございます、今行きますね」
食事と身支度を済ませ屋敷の外に向かう。眠そうなアイラと供に「まだ居ても良いんだよ?」と声をかけてくれる、おじいさんにお礼を言い屋敷を後にした。
「んー」
少し歩いた所でアイラが不機嫌そうな声をあげ、道端に転がる石を拾う。振りかぶり木々の陰に思い切り投げつけた。
「何かあっ‥‥」
言葉を発するよりも前に木々の陰から声が響く。
「痛っ!」
「隠れるのが下手ね。何の用?」
現れる二人組。一人は逃げようと走り出し、もう片方は石を当てられた痛みに負けその場にしゃがみ込んでいる。
「逃げた方はナギ君に任せる。追って。」
言われるがままに男を追う。道の悪さから逃げ切るのは無理だと判断したのか男はこちらに向きを変え刃物を手に取り威嚇してきた。
「何の用だ?」
「一人暮らしのチョロい屋敷があるって聞いてたのに、くそっ」
男の言葉を聞いておじいさんの事が頭によぎった。強盗の類か? 屋敷の方は無事だろうか。
腰の剣に刃が出ないよう固定したのを確認し男へ向ける。男は刃物を持った右手を振り回しながらこちらに走ってきた。刃物に剣を当て男の手から引き剝がす。今まで刃物をあまり扱って来なかったのか、丸腰の人しか相手にして来なかったのかは分からないが簡単に男を無力化することができた。そのまま意識を奪い、アイラの元へ駆ける。
「ナギ君!急いで屋敷に戻るわよ!」
先ほど痛さにしゃがみ込んでいた男から聞き出したのであろうアイラも屋敷の心配をしていた。同じように気絶した男を残し屋敷へ走り出す。
屋敷についた時、壊れた玄関と割られた窓が目に飛び込んできた。
「おじいさん!」
叫ぶが返事は無く、屋敷の奥から物音が聞こえてくる。音を頼りに奥へと進む。突如、通路の扉が目の前に飛び込んできた。
「ヒッヒッヒ、残念」
思い切り開いた扉に打ち付けられ、あまりの痛さに視界に火花が飛び散る。倒れた僕を見下ろすように屈強な男が立って居た。
「小僧、何の用だ? これ以上痛い目に遭いたくなかったらとっとと消えな」
無事に逃がしはしないけどなと呟き、足を上げ勢いに任せ振り落ろす。しかし、その足が僕に触れることはなく男は悲鳴と共に後方に倒れ込む。代わりに立って居たのは剣を手に持ったアイラ。男の足が当たる前にアイラの鋭い蹴りが男を吹き飛ばすのを視界に捉ていた。
「邪魔。おじいさんは?」
「てめぇ!」
起き上がろうとする男を阻むようにもう一度アイラの蹴りが舞う。今度は頭をしっかりと捉えた蹴りが男の意識を刈り取った。
「答えてから飛ばせば良かった。ナギ君、ここで待っていて」
アイラはフードを被りこちらには目も向けず冷たく感情の感じられない言葉を放つ。
奥から大きな物音が響きわたる。物音のした方向へ消えたアイラを追うため、ふらつく体を起こし壁で身体を支えながら進み奥の戸を開く。中にはアイラと二人の男の姿があり片方はすでに意識を失い、もう片方は首をアイラに掴まれ踠いている。そして少し離れた位置に倒れたおじいさんとその周りを囲むように血溜まりが出来ていた。
左手で男の首を掴んでいたアイラが右手に構えた剣を握りしめ力を入れるのが見える。
「お嬢さん‥‥駄目‥だ」
おじいさんの口から咳と共に苦しそうな声が溢れる。弱々しくもしっかりと響く声。連なる様に僕も叫んでいた。
「アイラ! やめてくれ! 僕もそいつらは許せない‥‥それでも駄目だ」
「‥‥そう」
アイラの口からは先ほどまでの冷たく感情の感じられ無い言葉では無く、悲しみの入り混じった声が微かに聞こえた。
男から手を離し地面に打ち付けられた顔を蹴り飛ばす。気を失ったのを確認しおじいさんへと視線を走らせた。
「ああ、そうか‥‥」
おじいさんは何かに納得をした声をあげ、僕の位置からは聴き取れない程の小さな声でアイラと話している。そのまま静かにおじいさんは息をひきとった。
その後、庭に簡単ではあるがお墓を作り屋敷を後にした。屋敷から適当な荷台を借り、縛った強盗達は近くの町まで運び処理を任せる予定である。
「あーあ、本当にこれで良かったのかなー」
「どんな悪党だったとしても、個人でそれを裁くのは‥‥やっちゃいけない事だと思うよ」
「んー‥」
煮え切らない様子のアイラを横目に自分の中でも同じように色々な考えが渦巻く。あの時、おじいさんの静止がなかったら‥‥と。




