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Pandora   作者: 夕の満月
第一章 旅人
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火の灯る日


宙に浮かぶ一冊の本



白く質素な見た目で微かに本は開き中に並ぶ活字が見える。



静かに手を掛け本を燃やす。



霞む視界に本だったものが黒く細かく落ちていくのを見届ける。



僕は、僕を殺した。




 白い木々が並ぶ森の中、一閃の剣筋が光る。鞘と剣の鍔が打つかる子気味のいい金属音がなり、手元にあった剣は腰に掛けられた鞘の中に吸い込まれていた。


 目の前には猪によく似た生き物が横たわり、鞄から取り出したナイフを使い慣れた手つきで捌いていく。作業も終わるかに思えたその時、背後から草をかき分け木の枝を踏み鳴らす音が近づいてきた。


「ずいぶん上手くなったものね」


「アイラには負けるけどこの位ならね」


 アイラと呼ばれた女性は、僕の隣に腰かけた。黒く肩ほどに伸びた髪、白いローブを身に纏い、腰には二本の剣を掛けている。


「そろそろ御飯の時間かしら、それじゃあ用意よろしくね。ナギ君」


 満面の笑みで隣に座る彼女は、幼子のように足をバタバタさせながら食事の用意を急かしてくる。促されるまま火の用意に取り掛かり、何か他に食べられる物はないかと鞄の中を覗き込みながら支度を進めた。



 肉の焼ける香りが周りに充満し、食事の用意も終わるかと思われた時、気がつくと先程まで隣で足をバタつかせていた彼女の姿が消えている。周りを見渡し名前を呼んでみるが、声の帰ってくる気配は無い。自由 マイペース ワガママ 彼女を表す言葉は言い挙げればきりが無いが、こんな所であろうか。何かを見つけて何処かフラフラしている姿が、目に浮かぶ。先に食べていれば匂いに釣られて、戻ってくるだろう、そう思い肉に手をかけ口元に運んだその時、風に運ばれ女性の悲鳴のようなものが聞こえてきた。聞き覚えのある声に、急ぎ腰から外し下に置いていた剣を手に取り、音の聞こえて来た方角に駆けていく。

 見慣れた後ろ姿。間に合った……のだろうか?


「どうした!」


「見て見てこの子!可愛い!!」


 両の手の平にすっぽりと収まり、丸く背には鳥の羽のようなものが生えた、不思議な生き物がそこにはいた。


「……さっきの悲鳴は?」


「悲鳴?ああこんな可愛い子を見つけたら悲鳴の一つや二つは出るわよ」


 もしかして心配でもした? などと言いながらニヤニヤと肘で突いてくる彼女に背を向け、今にも口から溢れでそうなため息を飲み込む。

 後ろで、ごそごそとフードに先ほどの生き物をしまい込んでいる姿が見えた。


「どうする気?」


「使い魔にするのよ」


「使い魔……呼び出したり命令を聞かせたりとかするの?」


「ふふん、そんな訳ないじゃない。言ってみただけよ。餌付けして飼うわ!」


 目を輝かせながら、生き物の名前を考える彼女と、お世話を押し付けられた僕。ついに先ほどから我慢していた、ため息が自然と出てくる。

 やっと食事に戻れると思った時、異様な匂いが鼻につくのを感じた。肉だった物は黒く焦げた香りを撒き散らしている。


「いっただきい」


 先に頂こうと取り分けていた無事な肉は彼女と、ゆらゆらと飛ぶのでユラと命名された丸い生き物の胃へ消えていく。仕方なく真っ黒な方を手に取り、焦げた部分をナイフで丁寧に削ぎ落とす。残った小さい肉を不満と一緒に、口の中へ放り込んだ。



 それからしばらく歩いただろうか、沈みかけた日が辺りを綺麗な夕日の色で包み込んでいた。雑に踏みならされた道を発見し、人の住んでいる場所が、近づいて来るのを感じさせる。

 肩にはさっきまで彼女にいじられ続けたユラが、鬱陶しそうな表情で羽を休めていた。お前も大変だな、などと思いながら歩き続けると、人の気配と村が見えてくる。


「泊まれる所でも探そうか」


「そうね、そろそろ野宿にも飽き飽き」


 高い建物も無く、人もそこまで居ないのであろう、家と家の間が妙に空いた景色を見ながら進む。前から歩いて来る人に目が止まり、休む場所が無いかと尋ねる。

 声を掛けられた人は一瞬気味の悪いものでも見たかのような表情をして答えた。


「この村に宿は無いよ」


 そう一言残し、避ける用にこの場を後にしてしまった。途方に暮れアイラは不満を漏らし始めている。

 そのまま歩き続けると、建物の影から何度か転がってくる石が見えた。気になり覗き込むと小さく丸まった女の子の姿、そしてその子に石を投げつける女の子より一回り大きな子供が二人。


「やめろ!」


 無我夢中で少女の前に飛び出した。石を投げていた子供達は舌打ちをして、何処かに逃げていく。


「ありが……」


 消え入りそうな声が聞こえてきた。癖のついた短めの髪で、どこか猫のような可愛いらしい女の子は立ち上がり、目には涙を浮かべていた。


「大丈夫だった? 気をつけて家に帰るんだよ」


 少女は小さく頷き背を向ける。


「それじゃあ、野宿出来そうな所でも探そうかアイラ」


 帰って来ない返事に、また何処かに消えたのかと思うと、彼女は背後から少女に抱きつき、頬をつんつんと突きながら目を輝かせていた。新しいオモチャでも見つけたという顔をし、ぱたぱたと逃げ出そうとする少女を捕まえている。


「何してるの」


「可愛い!飼う!!」


「やめなさい……」


 少女はもう抵抗は無駄だと悟ったのか、アイラになすがままにされている。散々いじり倒し、少女が解放される頃には日が完全に沈み、周りの家には明かりが灯っていた。


「そろそろ寝る場所を探さないと」


 立ち去ろうとすると、腰のあたりに微かに重みを感じる。少女が服の裾を掴み、何か言いたげにしているのが見えたた。


「もう大丈夫だから、あのお姉さんから逃げなさい」


  少女は、アイラとの間に僕を挟み、背に隠れる。


「泊まれる所は、村には無いからよかったら……」


 小さな声で話す少女に耳を傾けていると、何か冷たいものがこちらに刺さるのを感じた。正面にいたアイラが、冷ややかな視線をこちらに向けている。


「このロリコ……」


「違う!」


 被せ気味に言ってしまったが、きっと……そのようなものでは無いはずだ。

 少女が最後まで言い終わるのを待たずに、アイラは少女に詰め寄り、いいの? ありがとうと笑顔で話しを進めていく。



 少女に連れられて村の奥にある、此処まで見た中では一番大きな家に案内された。慣れた手つきで戸の鍵を開き、少女は奥へ進んでしまう。

 入っても良いものかと悩んでいると、そんな気は回す必要すら無いといった態度でアイラは中へ入ってしまった。奥からは、慌てた少女とアイラが何か話しているのが微かに聴きとれる。これは此処で待っていた方がいいだろうと思い、中に呼ばれるのを待つことにした。

 奥の部屋に続く廊下には特に物もなく、他に人が住んでいるらしい気配も無い。連れて来られる道すがら、一人で暮らしているという事は聞いていたが、それ以上の身の上話しは流石に聞くのを躊躇われた。

 気がつくと、奥の扉から少女が手招きしているのが目にとまり、中にお邪魔する。部屋は所々に本の山が積み重なっているのに目を瞑れば、とても綺麗に片付いていた。


「綺麗に部屋を片付けているんだね」


 少女が微かに首を振る横で、アイラがニヤニヤと良からぬ顔をしている。


「散らばった本を、奥の部屋に投げ込むのは見ちゃったなあ」


 顔を真っ赤にして隠れてしまった。


「アイラ、言わないであげなよ」


「ふふん、そういえば名前をまだ聞いてなかったわよね。なんて言うの?」


「シズクです」


「シズクちゃんかあ、可愛い名前ね」


「僕がナギでこっちはアイラ、よろしくね」


 よろしくお願いしますと言う返事が、聴き取れるかどうかの音量で返ってくる。



「食べられない物とかは……何かありますか?」


「無いから大丈夫だよ」


「その子は……同じ物でいいの?」


 ユラの事だろう。


「こいつもなんでも口にいれるから任せるよ」


 食事の用意を始めたシズクは、先ほどまでのオドオドとした感じは無く、楽しそうに調理を進めていく。暇を持て余したアイラはユラを捕まえ、不満気な鳴き声をあげるユラと遊んでいる。


「出来ましたよ、どうぞ」


 美味しそうなシチューが空腹をくすぐる香りともに運ばれてくる。


「シズクちゃん、美味しい!」


 シチューに興味を奪われて放り投げられたユラも、食事に釣られて飛んできた。久々にちゃんとした物を食べた気がする。

 褒め続けるアイラの前では、シズクが褒められ慣れていないのか、照れて顔を隠すように俯いてしまっている。

 食欲を満たし、睡魔が襲って来るのを感じ欠伸がでてくる。その様子を見てかシズクは声をかけてくれた。


「片しておくので、寝てしまっても良いですよ」


 気遣いの出来る良い子だと思い、アイラに見習わせられないかと考える。心の声が伝わったのかアイラからの視線を感じた。 気まずさを感じて目をそらす。すぐに「気をつけてね」と アイラから耳打ちをされ、そのうち背後から刺されるのでは無いかと、背筋が冷えていく感覚が走る。



 頭が揺さぶられる、頬に微かな痛み。


「起きて」


 いつの間にか眠っていたらしい。靄のかかった頭が、徐々に晴れていく。視界の隅に写った窓に光は無く、まだ夜中である事を主張している。昼間に嗅いだ記憶のある匂いが、鼻をくすぐったのを捉えた気がした。


「起きなさいって」


 振りかぶられた手、静止を促すが時すでに遅しと頬に強烈な刺激と音が響く。


「起きてるって」


 寝ぼけた顔してたからつい手が出ちゃった等と言いながらアイラは悪びれもせず立ち上がる。うっすらと流れた涙を拭き取り、寝る前にはなかった違和感を覚えた。体温が上がっている‥いや周りの気温が上がり焦げた匂いが漂う。耳をすませばパチパチと何かが燃えている音も聞こえてくる。


「火事?」


「ええ、何があったかは分からないけど此処からすぐに出るわよ」


「そこの窓からでよう」


「そこはダメ、何人か待ち伏せされてる」


「待ち伏せ……シズクは?」


「分からないわ」


 アイラの分からないには、味方なのかという意味も含まれているのが感じとれた。


「シズクにこんな事が出来るとは思えない。探して来るよ。」


「ナギ君は玄関から普通に出なさい。出たら村の入り口付近に隠れる事」


「了解、アイラは?」


「少しの間引きつけておくわ」


 アイラの言葉に頷き、部屋を飛び出してシズクを探す。窓を破る音が背後から響いてきた。

 一つ目の扉の中には誰もおらず、二つ目の扉に手を掛けた時、中からゴホゴホと咳き込む音が聞こえてくる。


「シズク!」


「ど‥‥どうなって‥‥」


「火事だ、急いで外に出よう!」


 ついて来るシズクの口に布を当てがって、玄関に急ぎ向かう。玄関が見え、扉を蹴り開け外にでる。他の家の間に身を隠しながら、村の入り口へシズクと共に駆け足で進んでいく。


「待て」


 背後から呼び止められる。振り向くとバットのようなものを持った男が一人立っていた。


「忌み人がぁぁぁぁ」


 いきなり殴りかかって来る男。真上から振り下ろし次に横に薙ぎ払うようにバットを振る。それを後ろに退いて躱しシズクに先に行くように促す。

 少し距離をとり腰の鞘から伸びた紐を剣の鍔に結びつけ刃の出ないように固定した。それを見た男は舐められていると感じたのか激怒し果敢にバットを振り回す。

  一度目、二度目を躱し三度目に右上から打ち下ろされたバットをいなす。そのまま男の頭を撃ち抜いた。

 男は低い呻き声を上げ、腰から短刀を持つ。ギラ付き怒りに満ちた目をこちらに向け、短刀を両手で握り締め突進してくる。ギリギリで躱し、背後から首を撃ち落とす。

 男は糸の切れた操り人形の様に、その場に倒れ込み動かなくなった。

男をそのままにし、先に行かせたシズクを追うべく村の入り口へ走る。

走る中で、村の不可解さに疑問が浮かんで来る。家が燃えているのに、まだ明かりの灯った家でさえ、窓から見えるカーテンは硬く閉ざされ、人が家から出てくる気配すらない。今回の事は村ぐるみで行われているのか? だとしたら何のために、シズクが目当てだとしてもわざわざ僕達がいる日に狙う必要は無いはずだ。僕達自体が狙われるほど村人に関わった記憶もない。浮かんだ疑問をひとまず置きシズクの姿を見つけ合流した。


「大丈夫だった?」


「は、はい大丈夫です」


 震えながら丸まるシズクと共に、身を隠しアイラを待つ事にする。




「あ〜あ何でこんなのの相手なんかしなくちゃいけないんだか」


 溢れるため息。周りには剣やクワ、武器になりそうな物を適当にかき集めて武装した男達。七人がアイラを取り囲んでいた。


「少しは楽しませてよね」


 アイラは頭にフードを被り、腰に掛けた二本の鞘から一本引き抜く。引き抜かれた剣は手入れがされておらず、両刃のどちら側にも刃こぼれが目立つ。

 男の一人がアイラに切り掛かろうと一歩踏み出した瞬間、アイラの髪がゆれ風切り音が鳴り男は後ろに吹き飛ばされた。地面に倒れたまま動く気配はない。

 一瞬の出来事に男達は驚愕、畏怖の感情を隠し切れず顔に表してしまっている。二人の男が背を向け逃げようとするが、瞬間的に後ろに回り込んだアイラは、二人を切り伏せてしまった。

 残った四人は目を見合わせて、覚悟を決めたのかアイラにむかい同時に武器を振り下ろす。

 武器を振り下ろした男の一人が、恐怖に負け閉じていた目を開けると、暗闇に浮かぶ二つの赤い瞳が見えた。いつの間にか地面に横たわる自分の身体と動かなくなった他の男達の姿を視界に捉える。


「質問ターイム」


 特に感情のこもっていない言葉が、頭上から降りかかった。


「私達を狙った理由は?」


 質問が投げかけられると同時に、右足の太ももに激痛が走り、刃こぼれのした剣が突き刺さるのが見えた。自分のものと思えない声が溢れてくる。


「早く答えないと次々刺してくからね」


 痛みに耐え切れず口を開く。


「武装したお前らを使って忌み子が村に報復しようとしてるって聞いたんだよ」


「シズクちゃんが?」


「そうだシズクだよ」


 右手に痛みが走る。


「答えてるだろ!」


「私の気分でも刺すに決まってるじゃない」


痛みのせいで、普通の声でさえ頭に響くようになってきた。この女は狂ってる。


「あんま面白く無いの残しちゃったかなあ」


 振り下ろされる剣と共に見えた、彼女の闇夜に光る赤い瞳はいつの間にか黒くなっていた。


「さて、村の入り口に向かいましょうか」


その場を後にし、入り口へ向かうアイラの目に倒れた男の姿が映る。


「お、ナギ君はやっぱり甘いね」


 腰に掛けた刃こぼれのした剣を一本引き抜く。掲げた手から一瞬力を抜き一気に力を込め振り下ろす。突き刺さった剣は激しく揺れ、その動きに連なるように苦しそうな声が辺りを包む。暴れる剣が徐々に動きを大人しくしていく。動きが完全に止まるのを確認すると剣を引き抜き赤い液体を拭きとる。そして何事もなかったかのように鞘に収めた。

 村の入り口が見えてくる。奥にある木の陰に動く頭が微かに見えた。


「隠れ方が甘いなあ」


 二人の背後から回り込みいつもの笑顔で声をかけた。


「ただーいま」

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