不幸で幸運な事故
テーブルの上に置いたスマートフォンが震え、夫――隆晴の顔が曇った。
「誰から」
言いつつも、由実は何となく相手に見当がついていた。義母だろう。
「悠太は寝たって言ってね。あたしはお風呂。それとゴールデンウィークには行けませんって」
「お前なぁ。もしもーし、何だよ母さん」
電話を取り、隆晴は最近の仕事の話を始める。
忙しいって言って。そんな思いで睨みつけていると、寝室で悠太のぐずる声がした。由実は舌打ちし、箸を乱暴に置いて立ち上がる。隆晴の視線には気づかない振りをした。
「なによもー、さっさと寝なさいよねー」
やっと食事だと思ったら、これだ。まるで由実を困らせるかのように、悠太は大声を上げて泣いていた。おしっこが出たらしく、布団がびしょびしょに濡れている。
「あんたがオムツやだって言ったんでしょ!? ったくもう!」
子育ては思うようにはいかなかった。悠太がいなければどんなにいいかと考えたのも一度や二度ではない。その上義母だ。そんなに会いたければ自分が来ればいいのに。
「あーくっさい。明日雨だから乾かないよ、バカッ!」
「由実……、ちょっといい?」
薄くふすまを開け、隆晴が顔をのぞかせる。
何? 由実は声に怒りを滲ませ、振り返りもせずに尋ねた。
言ったのにも関わらず、断り切れず、休みに行く約束をしたとのことだった。
怒鳴りつけて悠太の世話を隆晴に任せ、由実はおしっこ臭い部屋を後にする。湯気が立つほどに温かかったごはんやみそ汁は、もうぬるくなっていた。
苛々する苛々する。全部全部面倒臭い。馬鹿ばっかり――
◆◇◆
「あらぁー! 悠ちゃん! ずいぶん大っきくなったねえー!」
写真もこの服だったわね。
義母の言葉を無視し、やり取りは全て隆晴に任せる。由実は感情を殺し、夕方まで作り笑いを顔に貼りつかせた。これからを思えば、いくらも苦にならなかった。
「今日も夜はどこか食べに行きましょうよ」
隆晴は免許を持っていない。義母の運転する軽自動車。それが庭から出ようとしたとき、由実は悠太に「パパがあっちで呼んでるよ」と背中を押した。
喜んで駆け出していく悠太。バックしてくる車。ブレーキ音。悲鳴――
馬鹿息子なりにうまくやってくれたものだ。
悠太の体に顔をうずめ、由実は必死に笑いを噛み殺した。