第十二話 彷徨う死者達
夜が更けた中、俺の眼中に広がる異常な状態に言葉を失ってしまった。
腐った死体に半分白骨化した死体、完全に白骨化した死体と、墓の中に眠っているそれが、その墓から引きずり出て来て、村を徘徊している。
「これはいったいなんなんですか? セリーヌさん。なにか知っているのでしょう?」
そして、この死体達が出て来てから、セリーヌさんの様子がおかしかった。顔を俯かせて、少し体が震えている。
「ごめんなさい……私達にもこの原因は分からないの」
その様子からしてそうだとは思ったよ。そうなると、村の人達全員で何か良からぬ事をやっている可能性は消えたな。
「……この分野は、ジュスト中佐の得意分野でしたのに」
そして、ジルも困り果てた顔でそう言った。そういえば、あいつの二つ名『死魂』だったよな。しかも亡霊みたいなものも呼び出していたし、あいつならこの現象を見て何か分かるのかもな。
「大丈夫よ……こちらから攻撃をしなければ、あいつらは数時間で去って行くから」
数時間? 朝になるわけでもないのに、たった数時間で去るのか……。
「おい、ジル……」
「そうですね、確実に誰かが操っていますね」
やっぱりか……だけどそうなると、いったいなんの目的で……。
「う~ん、やっぱりニナのお姉ちゃんはまだ居ないや。お寝坊さんだなぁ、もっと行って上げないとダメなのかな?」
そして窓枠に掴みながら、下を眺めていたニナがそんな事を口にした。
そうか、ニナの言葉や亡霊達の動きを見ると……誰かれ構わず蘇らせては、街を徘徊させて襲っているわけじゃないみたいだ。ただ単に適当に蘇らせて、徘徊させているだけか。
「……やっかいですね。相手の目的が死者を蘇らせるだけなら、それを止めるには説得しかないです」
確かにな……相手の目的が大切な人を蘇らせると言うのなら、これを止めるには説得しかないよな。
すると、俺達がこの死者の団体を見て、早々に村を去ろうかどうしようか悩んでいると、セリーヌさんがポツリと呟いた。
「あの子……また居る」
良く見ると、セリーヌさんも窓から下を見ていたけれど、何かを見つけたのか、凄く悲しそうな表情をしている。身内の奴でも居るのか?
気になった俺は、セリーヌさんの見ている方を見てみると、半分白骨化した、1人の耳の長い小さな女の子が、この薬屋の出入り口に立っていて、扉を開けようと必死になっている。
だけど、俺が風呂に入ってる間に戸締まりをしたのか、その扉は開けられないようだな。
「あの子は?」
「小さい頃に死んだ、私の妹よ」
マジか……セリーヌさんの妹かよ。
「ん~私のお姉ちゃんはまだ起きてないんだ……残念」
そして、ニナちゃんはまだ自分の姉を探していた。だけど居ないみたいだ。全員蘇ってるわけじゃないようだな。
「なにか条件があるのでしょうか?」
「分かんねぇな……死んで何年か経ってからか?」
だけど俺の言葉に、セリーヌさんがある方向を指差してきた。そこには、まだそんなに腐っていない、普通の人間と何も変わらないままの男性の姿があった。青白くて、生きた人間の肌の色じゃないけどな。
「あの人は、3日前に亡くなった男性よ。時期は関係ないと思うわ」
「…………」
その言葉に、ジルは顎に手を当てて黙り込んでしまった。これは完全にお手上げかもな。こんなに大量に出て来て動いているのに、死んだ時期は関係なく、出て来てない死体もある。
これを行っている奴は、何を考えてこんな事をしているのか、全く分からないな。
「まだ禁術を使いこなせていないか、開発中か……そのどれかですね」
あ~なるほどな、要するにまだ完璧じゃないわけか。そうなると、ここから早く逃げ出すか、何か対策していくか、それを決めないといけないな。
俺達はあくまで、この村を救いに来たわけじゃないからな。
「どうします? マリナさん」
「何故俺に聞くよ」
「いや、あの子と仲が良くなっていますから……なんとかしたいと思ってるかと」
「……ジル。俺だって情をかけちゃいけない時があるのは分かってるさ」
この死体達が村人を襲わないなら、俺達の方が緊急性はあるよな。そうなると、一旦この村から出て、王都に戻る事をとった方が良いはずだぜ。
「分かりました。それじゃあ、明日の朝に出発で良いですか?」
「あぁ、そうするか」
悪いな、ニナ。気持ち的には本当は何とかしてやりたいがな……。
「お姉ちゃん、いつになったら起きるのかなぁ……」
そしてその日の夜、ニナちゃんは死体が戻って行くまで、窓から下を覗いていた。よっぽどお姉ちゃんが好きだったのか……。
―― ―― ――
翌朝、起きて身支度を整えた俺達は、その村から旅立つ事にした。正直、あんまり寝られてないけどな……扉を叩く音や、壁を押しやる音が消えた後も、また来るんじゃないかと思って、警戒してしまったよ。
「恐い所を見せてしまって申し訳ないわね~」
そして、朝食を用意してくれたセリーヌさんが、眠そうにする俺達に向かってそう言ってきた。本当は村の人達も、この事態を何とかしたいのだろう。
「ここフィグ村は、国境近くで1番軍を送りにくい場所にあるの。だから、こういう事態が起こってる事を国に言っても、中々対策はしてくれないの」
セリーヌさん……そんな事を言われたら去りづらいんだけどな。
「そう言えば、ニナちゃんは?」
「朝一であそこに向かってたわ」
「マジか……」
寝てるかと思ったけれど、俺達が起きる前に起きたのか。それだけ、墓の下にいるお姉ちゃんに出て来て欲しいのか。
「あの子の気持ちも分かるわ……私だって、妹が蘇って家に来てくれた時は、凄く嬉しかったわ……だけど、一目見て分かった。アレは……あの子じゃないって」
「それはいったい……」
「あの死体達には、その人の精神がなかったですね。魂はその人のでも、会話は出来ないでしょう」
すると、難しい事を言ったセリーヌさんの代わりに、ジルがそう説明したけれど、余計分からんわ。魂がその人なら、その人の意思で動かないか? 精神と魂は一緒だろ? 違うのか?
「あれは、その体に残った残留思念だけで動いているだけです。意思はないですよ。簡単に言ったら、魂は記憶。精神がその意思というか、性格みたいなものですね」
おぉ……俺が首を捻っていたから、ジルが付け加えてくれたよ。つまり、魂と肉体だけじゃあダメなのか。難しいもんだな……。
『……専門職がここにいるんですけど?』
「それでジル……魂と精神って、一緒じゃないのか?」
『はい、無視ですか~別に良いですけどね~』
妖精の奴が拗ねやがった。いや、お前に聞いたら余計にややこしくなりそうだったからな。避けさせて貰ったよ。
「死んだ後にもよるんじゃないですか? 魂と精神が一緒になっているのもありますよ。ただ、魂と精神と肉体の関係性に関しては、解明されていない部分が多いので、僕もこれ以上は分かりません。それを研究していた上司はいましたよ」
そして、ジルは暗い表情をしながらそう言ってくる。多分ジュストの事だろうな。あの野郎、肝心なときに死にやがって。
「それにしても、ニナ遅いわね。この人達、もう出発するって言うのに……」
「あ~あの墓地だよな? 俺が様子見てくる」
昨日の事もあるから、やっぱりちょっと不安だな。だから、俺は朝飯を食い終わった後、セリーヌさんにそう言って、ジルにいつでも出発出来るようにしておいてくれと頼み、その家を出た。
村は昨夜湧いてきた死体達のせいで、その辺がぐちゃぐちゃになってるな……あとやっぱり屍臭がすげぇ。これはたまんねぇな。村の人達が一生懸命片付けているけれど、これを毎日やってるのか……大変だな。
そして俺は、その家の前の小さな通りを進み、何個か角を曲がり、少し坂道を上った先の林の前にある墓地にやって来た。俺は1回その道を通ったら、その道を一発で覚えられるから、迷うことは殆どないぜ。
案の定、ニナは昨日と同じ墓の前にいた。また祈りを捧げてるな……ちょっと異常かもな。
「お姉ちゃん……皆起きるのに、お寝坊さんだね。お姉ちゃんは早起きして、いつも私を起こしてくれてたのに……」
「……」
やべぇな、こういう時どう声をかければ良いんだろうな。
「ニナちゃ……」
だけど、いつまでもニナの後ろに立ってるわけにもいかないから、何か声をかけないとと思ったけれど、そこで嫌な事に気付いてしまった。
墓が荒れてない。
ちょっと待て、昨日の夜ここから死体が出て来たんだよな? あの村で死んだ人達が湧いてきたんだから、村の墓地であるここから出て来たんだよな?
全ての墓に、何かが這い出てきた形跡が……ない。
「お姉ちゃん……起きて」
どうなってるんだ……これは。昨日のアレはなんだったんだ! 村を漂う屍臭は、いったいなんの屍臭なんだ!




