第十一話 ジルの姉
その後、飛行艇の魔力充填をしなくてはいけないという事で、同じ国にある別の村で、その日は夜を明かす事になった。
ジュストが村長に話を付けたが、大丈夫か? 前の村みたいに、他の国の奴等に報告されたり、おかしな料理出されたりしないだろな……と心配していたが、杞憂だったわ。
まぁ、俺は早く休みたかったんだがな。それと、いい加減風呂にも入りてぇ。
ただ、この体でとなると、少し戸惑っちまう。まだまだ慣れてねぇんだよ。自分の体だという感じが、あんまりないんだよな。
そして、その村で晩飯をご馳走して貰った俺達は、それぞれあてがわれた寝室で、今は休んでるわけだ。まぁ、それなりの額を渡したら、村長と村人達全員が、目の色変えてやがったよ。
「……やれやれ、普通の寝間着だな……助かった」
「なぜ、そんな無難な寝間着を所望するのです?」
すると、可愛くはない普通の寝間着に着替えた俺に対して、セレストがそう言ってきた。
あの後、この人に散々扱き使われたからな……また電流が流れてくるかもと思って、体が勝手に身構えてしまう。何十回電流を流されたと思ってるんだ、ちくしょう!
「ちゃんとそれなりの服を着れば、映えるのに」
映えてたまるか……俺はなにも、女として綺麗になりたいとか、そんな事は思っちゃいねぇよ!
「別に俺は良いんだよ」
「そうですか……それよりジルさん、なにか御用ですか?」
「あっ……えと」
すると、セレストが部屋の扉に向かってそう言うと、そこからジルがヒョッコリと顔を出してきた。
「すいません、ちょっとマリナさんと話を」
「俺? あっ、でも……」
そして、俺はそう言った後に、セレストの方を見る。何故なら、昼間に勝手な行動を取ったから、俺は目的の国に着くまでの間、セレストに監視される事になったんだよ。
「……良いですよ、ただしジルさん」
「分かってます。勝手な行動はさせません」
おやおや、随分と俺は危険人物扱いされてんな~まぁ、しょうがねぇけどな。
そして俺は、セレストの許可を得て部屋を出ると、そのままジルの後に着いていく。
因みにこの村は、デカい大樹の上に、来客用の宿を用意していた。もちろん、落ちないように魔法で固定しているらしい。
それにしても、来客用の宿に力入れすぎだろう。木の隙間から漏れる月明かりで廊下を照らし、殆ど木の中になっているから、風が吹き込んでこない。心地良い感じだ。
ただ、これで立ち寄った人に、金を落として貰う算段なのかねぇ……。
そして、ジルはある場所に着くと、そこの長椅子に腰掛けた。横を空けてるという事は、俺もそこに座れと?
それにここは、ベランダと言うか、ウッドデッキに近いな。ここは1階だし、木の床で広めに作られているから、ここでバーベキューなんか出来そうだぞ。
とにかく、俺もジルの横に座ると、ジルがこっちを見ながら話してきた。
「やっぱり、マリナさんは僕のお姉ちゃんに、雰囲気が似ています」
「んっ? なんだ急に」
姉? お前、姉がいるのか。雰囲気がって事は、そいつも男っぽいのか? いかん、男っぽいと思って想像したら、なぜか筋肉ムキムキの女性が出て来た。
「お姉ちゃんは活発で、考えるよりも先に行動していました。まるで今のマリナさんみたいに。僕はどちらかというと、行動するよりも先に考える方ですから、その行動力が理解出来なかったのですが……お姉ちゃんは別に、それを僕に押し付ける事はしませんでした」
「ふ~ん、そりゃ良いお姉ちゃんだな」
俺には兄弟なんていなかったからな、どういうものかは分からないが、ジルもその姉を慕っていたのが、だいたい分かるわ。いつもよりも、口角が少し上がってるぞ。
「えぇ、良い姉でした」
ちょっと待て、嫌な事に気付いたぞ。さっきから全部、過去形なんだよ。今も生きてんだろうな、おい。
「おい、その姉は生きてんのか?」
「…………」
すると、ジルは首を横に振った。マジか……。
「お姉ちゃんは、グランクロス国の軍人でした。ですが去年、不思議な魔力を感知したとかで、その場所に偵察に行ったらしいのですが……何者かに襲われ、命を奪われたらしいです。そこから命からがら逃げ出してきた、同じ偵察部隊の人から聞きました」
「……そうか」
そりゃなんて声をかけりゃいいか分かんねぇな。
「その時お姉ちゃんは、真っ先に襲ってきた人に、戦いを挑んだらしいんです。それが、昼間のマリナさんの行動と重なってしまって、怖くなって」
なんだ、可愛い所もあるじゃねぇか。俺に、そのお姉ちゃんのかげを重ね合わせていたのか。
「なるほどな、俺とそのお姉ちゃんとやらを重ね合わせてるのか。それで、初めて会った俺にも、あんな風に色々としてくれたのか」
「そうです」
それなら納得いったよ……だけどな。
「悪いけどよ、俺は俺だ。お前の姉じゃねぇ。それに、お前の姉も俺じゃねぇ。そいつの代わりなんて、誰にも出来ねぇんだよ」
「……分かってます。そんな事は、十分に……」
10歳のガキにしちゃあ、色々と抱えてるな。他にもなにかありそうだが、今は聞かないでおくか。
「まぁそれでも、お前はまだ子供だからな。どうしても、感情的になることはあるよな」
「マリナさんの方が多いと思いますけど」
「うるせぇな」
それでも、こいつは10歳のガキだ。たまに余計な事を言ってしまうが、それでも何だろうな……弟がいたとしたら、こんな感じかねぇ。
あぁ、あの家に生まれてこなければ、俺も真っ当な人生を歩めたんだろうな。
だけど、今この世界で、俺は新しい人生を歩めると言うなら、ちょっとだけでも頑張ってみようかね。
そして俺は、暗い表情をするジルの頭を、ゆっくりと撫でる。こんな事、男の時にはしたこともねぇ。そもそも、こういう時ってどういう対応をすればいいんだ? とりあえず頭撫でてみたけれど、違ったか?
「……ありがとうございます」
すると、ジルは若干顔を赤らめ、そして俺の方に体を寄せてきた。おいおい、お前はそんなにお姉ちゃんっ子だったのか?
「全く、甘えたきゃ甘えろや。お前はまだ、ガキだろうが」
「ガキとか関係ないですけどね……でも、ごめんなさいマリナさん。ちょっと失礼します」
「あぁ、ちょっとだけだぞ」
そして、ジルはそう言うと、ゆっくりと俺の腕にもたれかかってきた。なんなら、膝枕でもしてやろうか? だけど、ここでそれをしたら、こいつ寝ちまうだろうな。そうなると、遅いと言われて、セレストに何をされるか……。
「良い匂いですね……マリナさん」
「そうかい……」
それは言うな。恥かしいわ。
それにそんな事を言われたら、自分が女なんだって、嫌でも気付かされてしまう。まぁ、そろそろ腹括らないといけないだろうけどな。
俺は男には戻れない。それなら、女で生きるしかないのだろうな……ただな、やっぱり心のどこかで、諦めていない俺がいる。まだなにか引っかかってるからな。
それにしてもジルの奴、急に静かに――
「…………くぅ」
「って、寝るなこら! ジル!」
まさかこんなに早く、たったこれだけで寝るとは、どれだけ気を張っていたんだ、こいつは!
「んぅ……お姉ちゃん……」
「ぬぅ……」
そして寝言とは言え、その言葉は卑怯だぞ。あぁ、くそ……セレストが探しに来てくれねぇかなぁ……この状況を見たら、仕方ないって思ってくれるだろうしな。
とにかく、色々と観念した俺は、ジルを起こさないようにしながら、ジルの頭を自分の膝に乗せ、膝枕をしてやった。
「特別に今回だけだぞ……」
まぁ、本人は聞いてねぇだろうがな。それと……。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん」
そんな事を涙を流しながら言われたら、尚更起こせねぇわ。仕方がない奴だ。
「お前の方が、俺よりもキツい過去を持ってそうだな……ったく」
そして俺は、自分の膝の上で寝ている、ジルの頭を撫でながら、そう呟いた。この世界は、俺がいた世界よりも、もっとずっと大変そうだな。
それに、こいつに何があったか分からねぇが、ちょっと放っとけねえな。
しょうがない、やってやるよ。俺はこの世界で生きていってやる。1年でなんか、消えてやらねぇよ。
すると……。
「あっ……」
「セレスト……丁度良かった、ジルの奴が寝ちまって……って、どこに行く?」
「いえ、邪魔しては悪いかな~と」
「いや、なに勘違いしてるんだ?」
「あぁ、いえ、勘違いしていたのは私でした。恋敵じゃなかったようです……あっ、大丈夫ですよ、そのままごゆっくり」
そう言うと、俺達を探しに来たであろうセレストは、俺達の姿を見るなりそう言うと、そのままその場から立ち去って行った。
なにか勘違いされたぞ! くそ!!
「んぅ……」
そんで、幸せそうな寝顔しやがって! さっきまで唸っていたのはなんだったんだ!
その後、ジルが目を覚まし、慌てて俺の膝から退くまで、1時間近くはかかった。もうやらねぇ……。




