7.キャシーとシノン
外環状高架線を外環状へ向かう指揮車両の運転席で、ミツルはバックミラーに映る二人の女性にチラチラと目をやる。
自動運転なので怪しまれるとは思うのだが、それでも左右の見事な対比に、ついつい彼の視線が向いてしまうのだ。
後部座席の右で威圧的に胸を張るのは、先ほど出会ったあの準陸尉、キャシーだ。その表情は余裕たっぷりで、態度こそ慇懃だが自信と無礼がそこに滲む。
そして左は反対に肩を小さくしてうつむく地味な女性。
キョドキョドと落ち着きのない姿はまるで小動物のそれで、レンから可愛げと偉そう感を取り払えばこうなるという典型的な技術屋肌。
先ほどの自己紹介によると、彼女の名は栗巣心音。スーツに白衣という服装からわかるように陸軍ではなく、イスルギ重工のプロジェクトメンバーだそうだ。
長身でグラマーなキャシー。
背が低く猫背で貧相なシノン。
彼女たちは重機係を視察しに来たそうで、今も見学ついでに指揮車両に便乗している。向かう先はもちろん交通博物館、救命重機係だ。
「私の顔に何か付いてます?」
「あいや、そう……お綺麗ですね」
バックミラー越しの視線に気付いたキャシーは、ミツルの苦し紛れを鼻で笑った。
「当然、ミス国防三連覇ですもの」
「はあ…………あ、ところで視察なら、ちゃんと総務部に届けが出てるんですよね?」
「それは大丈夫、です」
シノンが蚊の鳴くようなか細い声を上げ、腕巻きの着用端末からダッシュボードに許可証を送った。
ミツルは申請と許可のログを一瞥するなり、彼女たちに隠れて舌を出す。
というのも並ぶ日付の酷さよ、ことごとく本日のスタンプが押されている。
「飛び込みで視察ですか?」
「あいにく今日しかありませんでしたので。それに実際の出動を見たかったものですから」
相変わらず悠然とした態度のキャシーに観念して、ミツルはミラーから視線を外した。と、その肩をちょんとシノンがつつく。
「あの……車両のエージェント、Smartsじゃないんですね」
「ええ、これはウチのオリジナルで、ベースは森澄リンク式なんです」
気付いたのか。ミツルはシノンを少し見直した。
知能ソフトウェアは世に星の数ほどあるが、アメリカ資本の〈Smarts〉といえば最も普及したものの一つ。
対して〈森澄リンク式〉は知る人ぞ知るマイナーなウェアで、それもそのはず、日本のとある工科大で作られた試作品である。
ミツルはその開発に携わった一人で、それを買われて救命重機係に引き抜かれた。なぜなら重機の三人娘は〈森澄リンク式〉をベースに使っているのだから。
「重機係では主立った機材をこれに換装しています。調整はちょっと大変ですが、非常に優秀で応用性があります。重機からワークスペースまで、いずれは商品化も視野に入れて……」
「もう結構ですよ」
型どおりとはいえミツルの丁寧な説明を、キャシーは容赦なくさえぎった。さらに彼女は身を乗り出そうとしていたシノンをきつく睨み、再び席の左端に追いつめる。
「私は商業的事情には興味ありません」
「はぁ、そうですか」
――女王蜂とその下僕って感じだな。同じイスルギの社員として同情するね。
うつむくシノンの、色気のないポニーテルを鏡越しに見ながら、ミツルは心の中で憐れみと励ましを向けるのだった。
***
いきなりの来客に、だが技術班は見向きもしなかった。
たった七人で三機を預かる彼らに無駄な時間はない。係長であるレンも忙しいからと案内を断り、ハナはロボット娘四人を連れてそそくさと外出訓練に出て行った。
なのでキャシーとシノンの案内は必然ミツルと、そしてなぜかトクガワに委ねられた。
「いやあ、ミス国防にお目にかかれるなんて光栄ですなあ」
「お、お世辞は結構です」
課長が参戦したのはミツルにとって幸運だった。
謎の威圧感で始終圧してきていたキャシーも、さすがの課長節の前には劣勢で、偉そうオーラにもほころびが出ている。
「それも準陸尉、お若いのに下士官からの出世とは、いや立派な方だ」
「私は、技術士官ですから、専門性を買われて抜擢されましたの。それだけ今回のプロジェクトには軍も気合いを入れておりますのよ」
軍人をおだてる方法も妙に板に付いている。キャシーの相手は課長に任せ、ミツルは興味津々な様子のシノンを重機の整備架台へと案内する。
「先の事故でハウンドバードは修理中ですが、このとおりスワローとドルフィンは常に即応体制を維持しています」
一辺10メートルの正方形。複数の固定アームを備える架台には、空と海の両機がビークル・モードで横たわっている。
それぞれ三人ずつ技術員が付き、人が少ない分は四脚作業ロボットとドローンが穴を埋めていた。
例えいつ出動が来ても十分以内に対応できる。
「あの、モジュールはどのように、活用されているんですか?」
おずおずと質問した技術系女子に、ミツルはちょっと考えてその内容を覚る。
「ああ、〈F.L.A.M.E.《フレィム》〉モジュールですね。主に重機の骨格として使用しています。ビークル時の形態維持、人型時の重量分散と駆動などは、あのモジュールがなければ厳しいですから。
それに複数のモードを与える事もできますよね。ドルフィンではモード・サブマリン、水中形態などにも変形しますし」
「充分に活用してくれて、嬉しいです。私も、開発に携わりましたから」
「あれを開発? あなたが」
「はい。私もチームの一員、でしたから」
驚きはしたが、意外かと言われればそうでもない。直接の開発元がイスルギ重工なのだから、そのプロジェクトメンバーのシノンなら携わっていて当然だ。
ミツルは後ろで課長に苦戦するキャシーをチラッと見て、それから小声でシノンに問いかける。
「もしよろしければ栗巣さん。フレームの電磁流体周りについて質問しても?」
「えっと、それは……ごめんなさい」
シノンは目にわずかな動揺を浮かべてキャシーをふり返り、控えめに首を横に振った。
「軍事機密ですので、それはお教えできません」
「ですね。すみませんでした」
――同じグループ企業のよしみとはいえ、さすがに虫が良すぎたか。
ミツルはシノンに頭を下げると、気を取り直して二機の解説に戻る。
「ともかくですね、重機係ではこれらの重機を救命用の装備と位置づけ、あらゆる局面に対応できるように開発を進めております。具体的には燃料選択式バルブの増設や、携帯型プラズマ溶断機の装備など――」
「もう結構です!」
キャシーの突然の大声に、ミツルだけでなく技術班までもが振り向く。
課長が笑顔を引きつらせる横で、彼女は慇懃のかくれ蓑を取り払い、腕組みをして居丈高に言い放つ。
「ここを見てよーくわかりました! 要するにあなたたちは、国民の血税で作られた装備を趣味半分にいじり回す道楽者です!」
「――はい?」
「一機あたり三十億円もかけて作られた国防のための装備を、他の機械で事足りる業務に当てるなんて無駄以外の何物でもありませんわ! わざわざフレームを使う意味が、一体どこにありますの!?」
「……聞き捨てならんぞ軍人どの」
そう言って架台から飛び降りたのは長髪にサングラスという暑苦しい風体の男、ツカサだ。技術班の問題児はキャシーに正対し仁王立ちすると、負けじと背から闘魂を滾らせた。
「我らが重機は他の機械に取って代わられるような物ではない!
即応性、自律性、そして何より燃える漢の汎用性を持つ万能機械である!
国民の血税と言うなら、それで鉄砲遊びにうつつを抜かす国防よりなんぼかウチの方がマシだ!」
「あなた何様のつもりよ! 国防軍がどれだけスクランブルかかってるか知ってるの!? この島がプカプカ役立たずの海域に浮かんでる間にも、周りは虎視眈々と日本を狙ってるんだから!」
「ふっふっふっ、虎視眈々とな小娘。始終やる気のない威嚇に明け暮れるどこぞの国より、事件事故の方が虎視眈々と市民の命を狙っておろうが!
それを防げもせずに銃を持っているからと言って威張るでないぞ!」
偉そうに偉そうを重ねる言葉だけは立派な、しかし低次元の言い争いに、ミツルも周囲も手出しどころか口出しすら出来ない。
ただ一人、何の騒ぎかと出てきたアキヒロ班長だけが、双方を見て取ると静かに歩み寄り、そして……。
「いい加減にしねえかこの馬鹿野郎ども!」
「バ、バカ!?」「班長!」
「くっだらねえ言い合いなら他所でやれ! ツカサ! ぼさっとしてねえでスワローのエンジンブレードを磨いてこい! そして、どこの誰か知らんがお前!」
キツネ面に有無を言わせぬ怒りを湛え、班長がキャシーを睨め付ける。
「軍人がどう思おうが、この機械はうちの手で育て上げた人助けの機械だ。当てつけだかなんだか知らんが、ドブに捨てておいて今さら兵器に戻そうなんて思ってんじゃねえ! これ以上うちの若い衆とこいつらを馬鹿にするようなら、そこの太平洋に叩っ込むぞ!」
堂々たる啖呵に同意や感心が漏れる中、当事者であるキャシーが目に涙を浮かべる。ただしミツルには、それが感動でも恐怖でもない第三の滴……悔しさのそれであることが、歪んだ口元から察せられた。
「馬鹿って……」
「あぁ? なんだ?」
「誰が、馬鹿ですって! そんなことお父様にだって言われた事ありませんわ!」
あまりと言えばあまりのキャシーの反応に、もう班長すら口をあんぐりと開けて肩を落とす。奥を見ればトクガワが腹を抱えていた。
「もういいわ! 見てなさい重機係、我が〈グレイ・ビークル・プロジェクト〉が、あなたたちの重機なんてコテンパンに負かしてやるんですから! ほらシノン、帰るわよ!」
踵を返したキャシーに、慌てつつも微かに笑ったシノンが従う。
あまり褒められた事ではないが、溜飲の一つでも下ったならいいか。ミツルは去っていく不釣り合いな二人を、そんな思いで見つめるのだった。