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5.届いた挑戦状


 重機係オフィス二階、ミツルの仕事場兼ガイノイド整備室。


 〈教室〉という愛称そのままに、黒板大の表示パネルの前には講義卓が四つ並び、出動のない時には四人娘とミツルによる〈ティーチング〉業務に使用されている。


 二月一日午後四時すぎ。

 ここを臨時の会議室として、八人の人間と四体のロボットが集まっていた。

 普段の倍近い人数が入ると広いはずの教室もミツルには狭く感じられる。薄いガラスの向こうが騒がしいのは、オフィス前のブリーフィングスペースで技術班が喧々囂々の大論戦を繰り広げてるからだろう。


「とりあえず技術的な結論は向こうを待つとしても、どうかな?」


 教師よろしくパネル前に立ったトクガワ課長は、大きな額に「僕は気乗りしません」という色を乗せて居並ぶ面々に目を向けた。

 背後のパネルには一通の書類が大写しになっている。

 昼過ぎにトクガワが持ってきたそれは「技術コンペティションのお知らせ」という題こそそっけないが、内容はかなり破壊的だった。


 ――まあ、課長が持ってきた時点で推して知るべしだ。


「課長、もう一度要点の確認ッス」


 手を上げたのは機動三課オフィス組のまとめ役、河原磐カワハラ イワオだ。

 カワラバンという気の抜けた愛称をもつ彼は、軽薄そうな顔を困惑に曇らせて手元のファイル型端末を読み上げる。


「今回の提案主、国防陸軍フレームプロジェクトなんスけど、これは国防とイスルギ重工の合同プロジェクトなんスよね?

 そこがウチの重機の所有権を主張して、貸与の条件を突きつけてきた。これでいいッスか?」


「うん、おおむねその通りだよ。重機係発足の時に、税金の問題で払い下げじゃなくて貸与契約にしてたんだけど、今になってそこをほじくり返された形だね。貸す事に文句はないけど、それなりの成果を見せてみろって事らしい……何かなヒロミちゃん?」


 無言で手を上げた姫カットの知的美人、鷲尾宏美ワシオ ヒロミにトクガワが発言を促す。


「……これ……遠回しに、返せって……言ってる。コンペティション、付帯要項の三」


 ぶつ切りの言葉でオフィスの知恵袋が指摘した文言は、書類の隅にわざわざ小さくレイアウトされていた。

 三課がこれを見逃すとでも思ったか、正直かなり舐めてかかられている。


「所定の成績を、満たさざる場合……貸借、契約を撤回し……返還措置も検討。返させる気……たっぷり」


 さらに彼女の隣で、ボーイッシュなショートカットの楠山雅クスヤマ ミヤビが声を上げる


「所定の成績って、全然所定じゃないよねこれ。だって付帯の二に、コンペティションにおける競合の結果をもって成績とするとか書いてあるしさ」


「おまけに競争相手もよくわからないわ。当プロジェクトの試作機って言われても、詳細が機密なんじゃ張り合いようがないわよ」


 オフィス三人官女の最後、若月縁ワカツキ ユカリがウェーブの掛かったポニーテールごと首を振る。彼女たちの声を受け、イワオが課長に否定のジェスチャーを取った。


「完全に罠ッスね」


「完全に罠だよねぇ。ほんと、どこの馬鹿が書いたんだろうねこの文書」


 トクガワも呆れ果てた様子で部下に同調した。

 笑顔のポーカーフェイスを滅多に崩さない課長をしてこの様だ。居並ぶ面々も手にした端末を見ては、こぼれるのは困った声ばかり。


「どちらにしても断れる雰囲気ではないわね」


 あからさまに軽蔑をにじませつつ、ミツルの左隣でハナがそう言う。


「コンペティションを蹴った場合も成績がないものと見なすみたいだし。レンさん、この評価項目をどう考えてるのかしら?」


「どうもこうもないよ。どう見ても兵器の性能試験じゃないか」


 午前からの不満な様子を引きずったまま、ミツルを挟んで右側のレンは頬をふくらませた。


 ミツルも通知に付随する別表を見て顔をしかめる。

 項目としてはおおよそ重機の性能とは言い難い目標追尾能力だの、高速度移動能力だのが並ぶ。

 これだけで相手が何を意図し、何を欲しているかが手に取るようだ。


「潰し損なったからって半年使って準備万端、こっちの不得手な土俵で嫌がらせかよ」


「とはいえミツルくん、こっちに全くメリットが無いわけでもないよ」


 そう言ってレンが示したのは付表の二。

 そこにはコンペティションに勝利した場合に、重機係に開示される機密情報の一覧があった。平たく言って罠に嵌めるための餌なのだが、その中にさりげなく示された一つを、彼らはいま喉から手が出そうなほど欲していた。


「〈F.L.A.M.E.(フレィム)〉の設計情報。こいつがあればサクラのフレームを新調できるな」


「それだけじゃないよ。ドルフィンの腕だってフレーム化できるし、改造だって視野に入れられる。それ以前に三機とも長期間の使用で金属疲労が溜まってるんだ」


「挑戦状にくっついてきた思わぬニンジンだな。妙な事情がなかったら飛びついてたところだ。お前たちはどう思う……あら?」


 ミツルが後ろに立つ四人娘にふり返ると、メーテル以外は浮かぬ顔で何やら条件演算かんがえごとの最中のようだった。

 金髪の少女はミツルに柔らかく微笑んで胸に手を当てる。


「私は、ティーチャとマスターに従います。といっても重機からだはまだないので、私の意見は参考にしかならないでしょう」


「そうね、さしあたってメーテルには関係ない話だわ」


 ハナがメーテルの側に寄り、その肩を抱くと隣の部屋を示した。


「どうするメーテル。このまま会議に参加する?」


 オフィスに帰るかというハナの促しに、メーテルはしばし迷ってから首を横に振った。


「それは……マスター、私はまだ参加したいです。確かに直接の関係はありませんが、私は私を重機係ここの一員だと思っています。……それではダメですか?」


「そんな事ないわ、それこそ自由意思ですもの。でも私は退屈だから自由意思で退席させてもらうわよ。いいわよねトクガワさん?」


「そうだね。ま、相談だから集まってもらったけど、コンペ参加は避けられない様子だし。みんなも、これ以上意見のない人は戻ってもらって結構だよ」


 トクガワの呼びかけに、オフィス組の女性三人とハナが出口へと向く。

 その途端に鳴り響いた強烈なスキール音に、誰もが顔を見合わせた。


「外か?」


 ミツルが窓に駆け寄ると、ハンガーの入り口から白いスポーツセダンが猛スピードで進するのが見えた。

 それは慌てふためく技術班を散らしてブリーフィングスペースに横滑り停車。ドアが乱暴に蹴り開けられ、彼のよく知る茶色の短髪が覗いたかと思えば、彼女は怒号と共にオフィスまで駆け上がる。


「ハナァァァッ! てめえやりやがったなぁ!」


 ドアを破る勢いで入ってきたスーツの女性に、思わず目が点になるミツル。


「え、エリカ?」


「ミッチ! ハナはどこだ? そこだな!」


「エリ、どうかしたの?」


 涼しく手を振ったハナに、しかしエリカは掴みかからんばかりの勢いで接近。何かの表示された着用端末ウェアブレットをその眼前に突きつける。


「てめえこりゃどういう事だ!? なんでこれが飛行機から出てくんだよ!」


「あらあら〈XRC5〉じゃない。飛行機といえば206便のことかしら?」


「それ以外あるかよ! てめえ事件の自作自演とかふてぶてしいにも――」


 ハナの胸ぐらを掴んだエリカ。

 その背後にスッとメーテルが近づき、首筋に問答抜きのチョップを浴びせた。

 そのまま気を失ったエリカを抱き留めた彼女は、次にハッと周囲の視線に気付いて慌てて頭を下げる。


「あ、はわわわっ…………す、すみません! つい昔の癖で……」


「いやあ、この場合はしょうがないと思うよ、ね、ミツル君」


「俺からは何も言えませんよ」


 とんだ昔の癖もあったものだ。

 思わず顔を見合わせるトクガワとミツルであった。



 ***



「狭い」


「我慢しろ。周りに聞かれるわけにはいかんからな」


 自分の机に向かって渋い顔のレンを、ミツルは入り口近くの本の山に腰かけてなだめる。


 場所を一階のレンのオフィスへ移し、人数も五人に減らしての会合だ。

 それでも元が散らかったレンのオフィスなので手狭になるのはしょうがない。


「くそぉ、まだ痛えぜ」


「メーテルも加減はしたわ。そもそもエリが私を掴んだりするからいけないのよ?」


 一時期メーテルはハナのボディーガードを役目としていた。

 昔の癖、つまり条件反射でエリカを黙らせてしまったのだが、それで彼女の頭が冷えたので結果オーライと言えなくもない。

 ちなみにロボットが人間に手を上げるのはどうかという向きもあるが、どのみち兵器にまで人工知能が浸透したご時世だ。彼らに三原則などありえない。


「だがコイツに関しては説明して貰うからな」


 エリカが手帳端末をレンに投げ、レンはそこから映像を六面ワイドパネルに流す。半年前の事件でミツルたちを頼った彼女は、今や重機係ここにちょくちょく出入りし、何かあると捜査協力を持ちかけてくるようになった。

 もちろん幼馴染みのミツル相手に雑談しに来る事も多い。


 並んで現れた二枚の写真、あの黒い球体を皆が見る。レンとミツルは初めて目にするが、ハナはそれに大した反応を示さない。

 ミツルには部屋の隅で半分影に埋まったトクガワが動いた気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。


「〈XRC5〉……中国の華北電戦技研が開発したサイバー攻撃補助用の小型机器人(ロボット)よ。これがどうかしたの、エリ」


「おいハナ、同じものを半年前の事件で使っただろう? 〈IS.M.O(イズモ)〉に侵入する時の足がかりに。

 あんとき本庁に調べてもらったら、同じ仕様のモデルは百台少ししか生産されて無くて、しかもジンバブエの白紙企業ペーパーカンパニーに一括買い上げされてた。

 裏マーケットへの流出もないとくれば、最初に疑うべきはお前だ」


「それは誤解ね」


 ハナはピシャリとそう言う。


「本庁の取り調べで話したわ。あの侵入の時、機器を手配したのは私じゃないの。ギニョルも含めて全部がクライアントのものよ」


「そのクライアントは?」


 ミツルの疑問に、ハナは残念そうに首を振った。


「ごめんなさい。いくらミツルくんの質問でも、それには答えられないの。司法取引の条件に引っかかってしまうわ」


「またそれかよ! ……あ、係長ごめん」


 エリカが苛立ち紛れに振り下ろした拳で菓子の箱がひしゃげ、レンがそれに批難を向ける。


「それエリカが処分してね。ハナ、ミツルくんに聞いたところでは、そのクライアントは〈人道会〉とお友達なんだよね」


「答えないわよ」


「構わない。君の顔だけで推測はできる。反エージェント運動は最近過激化してるけど、それにしたって午前中の事故にテロの可能性があるのは見過ごせないよ。

 何でもいいからエリカにヒントを与えてあげて」


「俺からも頼む」


 ミツルのお願いに、ハナは小さくため息をつくとエリカへ向き直る。


「……まったく、ミツルくんには敵わないわね。

 エリ、一度しか言わないから憶えてちょうだいな。

 二〇五一年、バンガロール、オムニインフォ社、ペッパー。憶えたかしら?」


「ちょっと待って今書く――えっ」


 エリが端末をレンから受け取ろうとして、それを横から止めたのはいままで黙っていたトクガワだった。


「エリカちゃん。ハナちゃんは憶えろ、と言ったよ」


 ミツルからは陰になって見えないが、その小柄な背中には妙な威圧感を感じた。

 顔が見えているはずのレンが驚いているあたり、おそらく普段の柔和なそれではあるまい。


「……わかりましたトクガワ課長。ハナ、俺はまだお前の事、完全に許してないからな」

 納得はしてないという顔で、エリカは端末を取ると部屋を出て行く。それを見送ったトクガワの顔は完全にいつもの調子だった。

 ミツルはレンに寄り、小声で訊ねる。


「どういう事なんだ?」


「記録を残すな、という事だろうね。でもハナはともかくジョーがなんで……」


「お邪魔するぜ、話は終わったかい?」


 そこへ疲れた顔のアキヒロ班長が入ってきた。

 彼は珍しく帽子を取って頭を掻くと、レンに神妙な調子で頼み込む。


「係長。ちょっとすまねえが例のスタンピード・パック強化プラン。あれを若いのに貸してやってくれんか?」


「〈スタンピードVer2〉の素案? でもあれはまだ書きかけだよ」


「頼む。コンペに勝ちたいってツカサが聞かなくてな。性能の洗い出しに必要なんだ」


「という事は技術班は賛成に?」


 肩越しに問いかけるトクガワに、班長は肩をすくめて答える。


「若いのはやる気になってるぜ、兵器なんかに負けてられっかってな。事務方はお前がなんとかしてやってくれ」


「やれやれ、骨が折れそうだねぇ」


「そりゃ俺のセリフだ」


 並んで嘆息する中年と壮年。

 一方の若い三人は、顔を見合わせてうなずき合った。


「こうなれば受けて立つしかないな。挑戦状」


 ミツルはそう言って拳を固めたが、まだ胸のどこかでモヤモヤするものを取り払えなかった。


 ――兵器を打ち負かす……そんな事をさせていいのか? あいつらに。


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