3.〈F.L.A.M.E.〉
機動広報三課・救命重機係。
それは民間警察〈イスルギ民警〉に半年前に新設された、ちょっと変わった部署だ。救命重機という変形巨大ロボットを三機有し、事件や事故はもちろん、広報活動や交通整理にも活躍するこの部署。
その本拠地は、これまた風変わりな場所にある。
浮島都市イスルギの海際に二棟たたずむ、大きな航空機格納庫ふうの建物。
広大な庭をもつここは、イスルギ交通博物館というれっきとした博物館だ。
近代東西の乗り物が展示され、子供からお年寄りまで様々な人に親しまれるこの施設こそ、彼の救命重機係の本拠地であった。
「反省会は三十分後、先にシャワーをくぐってこい。
……サクラ、そう気を落とすなって」
二棟ある建物の片方、実際にハンガーとして使われている巨大な屋根の下で、しゃがみ込んでコンクリート床に「の」の字を書くサクラの肩に、ミツルはそっと手を置く。
クルッと丸まったショートカットが可愛いこの娘は女性型ロボットで、救命重機ハウンドバードの頭脳でもある。
他の三人が洗浄用シャワールームへ向かうのに対し、彼女は赤いパイロットスーツ姿のまま、地面を見つめてブツブツとつぶやいていた。
「僕だけ……僕だって頑張れたのに……脚が悪いせいで……」
いじけるというか拗ねるというか悔やむというか、とにかくこの時代にあってもおおよそ人工知能らしからぬその姿に、さすがのミツルもすぐにはかける言葉が見あたらない。
「い……いや、だからな、あれは機体の問題でお前のせいじゃないからな?」
「僕、脚悪いの知ってたもん。カバーできると思ったもん」
「だから世の中には、想定外という言葉もあってだな――」
「サクラ、その辺にしろ」
ウェスタンガールな私服に着替えたレンがそこに割り込む。
「フレーム強度の再計算が間違ってたんだ。これはお前のミスじゃない。それ以上落ち込まれてもミツルくんも私も、それに技術班だって困る」
彼女に同意するようにツカサとイチロー、ハウンド担当の技術者二名がうなずく。
「重機の不調は我々の領分だ! サクラに落ち度などあろうものか!」
「胸を張るような事ではない気がしますがあ。あいたたっ」
とぼけた様子のイチロー、ついでにツカサの後頭部を後ろから叩いた者がいた。
「おめえらは……ミスしといてのんびりすんな馬鹿どもが!」
技術班班長、渡場明裕である。
壮年にさしかかったキツネ顔は、今は怒りで一段と鋭い。
「とっととハウンドの搬入手伝いやがれ! それからサクラ! やっちまった事でいつまでもクヨクヨすんな。ひとっ風呂浴びて頭冷やしてこい」
「う、うん……ごめんなさい班長」
語気は荒くとも優しい言葉に、ようやくサクラは立ち上がりトボトボと洗浄室へ。ミツルとレンは揃ってアキヒロ班長に頭を下げた。
「すみません班長。お手間をかけました」
「いいって、気にすんな。それよりアレの方が問題だ」
班長の細い眼が、作業機器の間を縫ってバックしてくるキャリアトラックに注がれる。荷台に掛けられた覆いの下には、左脚の曲がったハウンドバードが積まれていた。
「幸い現場でチェックした限り内装機器に大したダメージは無え。外装も代えがある。だがフレームの方はまた〈頼夏精密〉に送って矯正してもらわなきゃいかんだろうな」
「あそこ以外に頼めませんからね。当分はハウンド無し、ですか」
ミツルは覆いを解かれたハウンドに視線を送る。
頼夏精密加工はイスルギ重工の下請け企業だが、圧迫整形に関しては世界屈指の技術を持っている。重機係とはスポンサー特約を結んだ仲でお世話になる事も多いが、小規模の会社ゆえ突発的な仕事に対しては時間が必要だ。
「三回目となると、もう頼夏でも完全修理は無理だろうね。冗談抜きで新造したくなるよ」
ファイル型着用端末を片手に、レンが頭痛めいた仕草で首を振った。
「もちろん、無理だけどね」
「本当に無理なのかしら?」
そこへ重機係のオフィス、ハンガー内に建てられたプレハブ事務所の二階からハナが合流した。
レンは露骨に嫌な顔をするが、それでも問われた事には律儀に答える。
「原理はわかってても再現できない事は世の中いっぱいあるんだ。あの娘たちのフレーム、いや〈F.L.A.M.E.〉モジュールだってそうさ。これ前にも話したよね?」
「怒らないでレンさん。私に機械工学はどうにもピンと来ないの。
ミツルくんもそうでしょ?」
「いやまぁ……でも少しは俺にだってわかるぞ」
そう言って、ミツルはプレハブ壁面の表示パネルに、あるファイルを呼び出した。
「要は、コイツが複製できない事が問題だってぐらいは」
表示されたのはハウンドの内部構造図解。赤で示された内部フレームは変形機構を反映して複雑に曲がっているが、おおむね人間の骨格に近い形をしていた。
「ミツルくん、大ざっぱ過ぎるよ」
頭を抱えたレンがパネルに寄り、フレーム構造だけを抜き出して拡大する。
「問題なのはこの骨格の芯。
Framed.Liquid-Metal-Alloy.Movable.Equipmet.
つまり〈整形流体金属躯体〉、通称〈F.L.A.M.E.〉モジュールの方だ」
アメリカ生まれのネイティブ発音でそう言いきり、さらに拡大して断面図を提示する。一見単純な形をしたフレームの内部には、縦横に網目状の複雑な溝が走っていた。
「ミツルくん、おさらい。この溝の中に詰まってるものと、その機能は?」
「電磁流体金属だ。動力伝達、関節潤滑、それと……重量分散も担ってたっけか?」
「そのとおり。ハナ、ミツルくんですらこのくらいの事はわかってるんだぞ?
これは単なる骨格じゃなくて、駆動能力と関節可動、そして全体の重量を支える重要なパーツなんだ」
「そこは理解してるわ。わからないのはなぜ複製できないか、よ」
「電磁流体の封入圧力比がわからないからだって前にも話したよね!?」
「レン、待った待った、とにかく一旦落ちつこうぜ」
いよいよ喧嘩腰になるレンをなだめ、ミツルは二人の間に割って入ると自分用に作ったシミュレーション画像を表示する。
ちなみにミツルとレンとハナ、この三人の関係は彼氏と彼女と元カノであり、人間模様の複雑さは図面といい勝負である。
「ハナも、レンを煽んな。
とにかく、この〈F.L.A.M.E.〉モジュールは人間だと筋肉と関節と骨を合わせたような機械なんだが、それを機能させるための電磁流体の圧力が、このシム画像のように複雑に入り組んでて、しかも封じ込められてるから外から計測できないんだ。……班長、これで説明間違ってないですよね?」
「おおむね正解だ、若造。ずいぶん勉強したじゃねえか」
アキヒロ班長のお墨付きを貰えて、ミツルは安堵に胸をなで下ろす。
この複雑怪奇なフレームの詳細を彼が学んだのは、サクラが二回目に故障した時だった。当時の彼もハナのような疑問を持ち、アキヒロ班長に教えを請うたのだ。
そのときに見せられたのが今から一年半前の記録映像。
当時まだ仮組みだったドルフィンバードの整備中に、技術班が誤ってフレームを分解してしまった際のものだ。
それが手の平だったにも関わらず、バルブからは黒い流体金属が滝のように溢れ出し、腕部のフレームは力を失って自重で潰れた。
幸い内部の洩れ止め弁のおかげで両腕以外は無事だったが、今でもドルフィンバードの腕部は油圧式で、精緻さに関しては他の二機に及ばない。
――ダイラタントだがビンガムだか知らないが、分解不可の機械なんてあり得ないぜ。
ミツルが心中嘆くように、救命重機のフレームは非ニュートン流体の奇跡の上に成り立っている。
圧力に過敏に反応する電磁流体が効率よく動力を伝達し、一部にかかった荷重は速やかに全体へと分散される。
身長6メートルのロボットが立ち上がれるのも、別の姿に変形できるのも、全てはこの魔法のようなフレームありきだ。
「ハナ嬢ちゃん、確かに見てくれだけなら複製できるんだ。
ただ電磁流体はどうしようもねえ。圧力調整に必要な計算式、それと流体の配合比は〈国防陸軍〉の機密扱いで、俺たちには見る事も叶わねえんだよ」
「もとが軍の試作機だと不便なものね。ありがとアキヒロさん、やっと納得できたわ」
ハナの微笑みに班長がでれっとにやけるが、その薄い腹をレンがつねり上げる。
「ッ! なんだよ係長、いいじゃねえか美人に礼言われたんだから。大人げねえぜ」
「美人でも元犯罪者だ!」
「立件はされてないわよ。この前のも司法取引で無罪だったんだから心外ね」
「やかましゃー!」
再び始まるにらみ合いに冷や汗をかきつつ、ミツルは架台に載せられた三機を見て小さくため息をついた。
この三機の生まれた場所は〈国防陸軍〉だ。本来なら兵器になるはずが開発が頓挫し、流れ流れて〈イスルギ民警〉へ。
そしてこの重機係で、彼女たちは生まれ変わった。サクラたち三人娘という優秀な頭脳と、兵器の代わりに人を救う装備を与えられて。
――教えてもらおうにも国防陸軍とは仲悪いしなあ。いや、あの課長ならもしかしたら……
「ミ、ツ、ル、君。いま、僕の事を考えてなかったかい?」
「ぶはっ!?」
だしぬけに後ろから飛んできた渋く低く、そして響く声。
お茶をすするその主こそ、課を体現する神出鬼没、不撓不屈、つかみ所が無くサプライズ大好きな、顔は丸くヒゲは尖った中年男性。
その名を十九川譲治。機動広報三課の課長である。
彼は柔和に、するりとレンとハナの間に収まり、手帳型の端末を片手で器用に開ける。
「えっとね、みんなに相談があるんだけどねえ」
『相談?』
綺麗に重なった五人の声に、満面の笑みでうなずくトクガワ。
ミツルはそこに、波乱の気配を感じ取るのだった。