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2.ハード・ランディング!


 まだ二月なのに、陽射し照りつけるアスファルトには陽炎が舞っていた。


 イスルギ国際空港の滑走路93L。

 その際の黄色の縞が重なるブラストパッドに、旅客機ならぬ一台の車両が進入する。形だけならちょっと変わった流線型の二輪車バイクだが、その全長は7メートルを超えていた。

 その名は救命重機ハウンドバード。赤白のツートン塗装を陽光にきらめかせ二輪重機は滑走路に正対して停止、二機のガスタービンを唸らせる。


 その脇に距離を置いてホンダ・CRSクロスを改装したパトカーもどき、ミツルたちを乗せた指揮車両バードヘッドが停車した。

 開いたウィンドウからミツルが声を張り上げる。


「ブルーの提案だから聞いてやるが、だからって無茶とヘマは厳禁だぞ!」


『任せてよティーチャ。バッチリ受け止められるし!』


 ハウンドバードが巨体で奏でるのは、その頭脳であるサクラの元気で跳ねるような声だ。ミツルはなおも気を揉むが、車内の女性たちはすでに検算を終えての余裕ムードだった。


「前脚だけなら大丈夫ね」


「フレーム強度も今度こそ心配ないと思う。ハナ、次やったら車から蹴り出すからね」


「心配しなくても、さっきのはちょっとした冗談よ。レンさんもそんなに怒らなくてもいいんじゃないかしら?」


「ふん!」


 鼻息も荒くハナを拒絶するレン。

 彼女たちの様子に肩を落としつつ、ミツルはダッシュボードの情報を読むふりをしてだんまりを決め込んだ。


 ――さわらぬ神にたたり無し。


 黒いダッシュボードにはこれから始まる着陸補助作戦が、概要から詳細まで所狭しと並ぶ。

 これらを瞬時に策定したのがブルーバード――通称ブルーと呼ばれる人工知能だ。三機の救命重機の頭脳、アオイ、サクラ、そしてヒトミの三人が連動した時に現れる四人目の人格で、その処理能力と洞察たるや軽く常識を凌駕する。


「全てこの通りに行くなら問題はないが……」


 彼は重機たちを疑っているわけではない。

 不安が拭えないのには別の理由があった。


『ヒトミ、配置につきましたぁ』


 現場回線ダイレクトから飛んでくる声に、ミツルは双眼鏡を手に取る。予定接地ポイントとなる800メートル先、滑走路に奇妙な機械がふわりと降り立つ。


 黄と白のツートン塗装。

 背には潜水艦のような小型セイルがそびえ、三本のナセルを三脚代わりにアスファルトに立つ姿からは、ドルフィンバードというその名は想像しがたい。

 本来は重機というより舟艇の彼女だが、その身の備えた電磁推進には飛行能力すらあるのだ。


「ヒトミ、モード・アクティベイター了承だ」


『了解、トランスフォームですぅ!』


 どこからか引っぱり出した怪しいかけ声に乗せて、ドルフィンバードはもう一つの姿へ。


 二本のナセルを強脚に変えて立ち上がり、船底は豪腕に、前部ナセルは腹に、甲板は肩となる。

 イルカの頭に似た流線型の操縦席コフィンが胸に納まり、前後反転したセイルの根本から、どこか愛嬌のあるゴーグルフェイスが露出する。

 最後に瞳がパチクリとまたたいた。


 丸っこい姿は可愛くとも、重機係で最もパワフルな重機が彼女だ。


『こちら広報331、アオイです。滑走路を確認しました』


「こっちも見つけたわ。ANI206とスワローを視認したわよ」


 ハナに耳を引っ張られ、ミツルは双眼鏡を海上へと向ける。空との青の境に白銀の巨体が輝いていた。

 横ではレンが端末を開いてシートベルトを締め直す。


「よし、状況開始だ。サクラ」


『準備よしだよ』


「ヒトミ」


『対気電磁推進始動。準備完了ですぅ』


「アオイ、メーテル、現場回線ダイレクト開け」


『『はい』』


 ダッシュボードがリアルタイムの三次元画像に切り替わる。

 記号で表された旅客機はブルーが予定した降下ラインを綺麗になぞり、滑るように滑走路へと接近。

 ミツルにも肉眼でカナードつきダブルデルタの翼形がはっきりと見て取る。


『降下安定、ガイドスロープ乗りました。着陸脚を展開します』


「サクラ、準備」


『ほいさ!』


 ハウンドバードのタービンが金切り声寸前まで回転を上げ、上車体後部の熱排気口の分散シャッターが開いてアフターバーナーノズルがせり出す。

 刻一刻とジェットエンジンの音が大きくなる中、ミツルは冷静にカウントダウンを読む。


「……3・2・1 行け!」


『おっしゃぁぁぁぁっ!』


 機械らしからぬ雄叫びを上げ、ハウンドはブレーキを解除、同時にアフターバーナーに点火し白煙を残して急発進する。

 目指す速度は時速320km、206便の着陸最低速度だ。


 直後、206便が轟音と共にミツルたちの頭上を通過した。


「モード・アクティベイター了承!」


『モード・チェンジ!』


 滑走路上のハウンドは高速走行しながら変形する。

 前後のホイールベースが車体中央を軸に90度回転しつつ倒立。

 タイヤは左右に自在回転しつつ横並びになり、上部車体全体が畳み込まれて腕と胸を形成。

 リアカウルが最上部まで起き上がり、中から犬耳のようなアンテナを備えた鋭角のゴーグルフェイスが露出。その瞳に確かな光が宿った。


 スマートな人型となったハウンド。巨大な二輪足で猛然と加速するその背中に、巨鯨の傷ついた顎が迫る。

 旅客機の主脚がアスファルトを噛み、擦過音と煙が宙を舞った。


『目標にエンゲージ。耐荷重ハードポイントをスキャナで確認!』


「慎重に行け、各機、ブレーキ体勢!」


 ミツルの指示でハウンドは前脚収納部ギリギリまで減速。

 ドルフィンは前方で浮揚しつつ足から紫電を迸らせて航空機と同方向へ加速。

 206便の上方に取り付いたスワローは、メインエンジンのポッドを180度回転させ前方へと向けた。


『『『ブレーキ準備レディ!』』』


開始ラン!!」


 号令一声。各機のタービンが大合唱を轟かせた。


 降りてくる機首を、ハウンドが腕をクロスさせて直下で受け止める。

 機上ではスワローが最大出力の逆噴射で速度を殺し、機首に合流したドルフィンはハードポイントをがっしりと保持しつつ、細やかな電磁推進で進路を微調整する。


 全ては一瞬の早業。

 銀の巨鯨は三人の乙女に手綱を握られ、右に左にと暴れつつも徐々に早駆けから歩みへと歩調を落としていく。


 ――上手くいった!


 ミツルがそう思った瞬間、サクラの悲鳴がスピーカーを突いた。


『左脚にフレーム歪みッ、ティーチャ!』


 即座に開いたインジケータが、ミツルにハウンドバードの損傷を知らせた。

 左脚のフレームに予想外の歪みが起こり、タイヤを支える部材が重量で反り始めている。


「……ドルフィンに重量を交代。ハウンドは離脱して、早く!」


 状況を分析したレンがすかさず指示を飛ばす。


『っ、了解』


 苦い声を残し、ハウンドは横に飛び退いた。

 支えを失ってガクンと機首が落ちるが、しがみついたドルフィンがホバーの出力を上げて地面への衝突を防ぐ。

 そのまま主脚を躱して後ろへ流れていくハウンドだったが、足の故障が響いたか、いきなりバランスを崩して転倒。


「サクラッ!」


 滑走路脇の芝生に転がるハウンドから、サクラの覇気のない声がかえってくる。


『…………大丈夫』


 とりあえず無事とわかってミツルが息を吐いたところで、レンが静かに告げる。


「206便、停止するよ」


 旅客機は誘導路に頭を突っ込んだ状態で完全停止。

 スワローがその背を離れてハウンドの元へと飛び、ドルフィンは着地して慎重に機首を置く。

 消防部隊が飛行機を囲んでいく姿をバックに、スワローは大の字にひっくり返ったハウンドの脇に着陸した。


『サクラ、立てますか?』


『ちょっと無理っぽい。アオイ手を貸して』


 スワローが差し出した両手を、ぎこちない動きでハウンドが取る。

 そのまま低空飛行で現場を離れる二機を指揮車両で追いかけながら、ミツルは苛立ちにダッシュボードを軽く叩いた。


「またフレームか、もう三回目だぞ……レン」


「また同じ部分がやられてる。構造に疲労が蓄積してたか、いや再計算が……」


 ハウンドが脚の問題で後退するのは、実はこれが最初ではない。

 半年のうちに二回、彼女は似たような場面で撤退を余儀なくされている。


「いっそフレームを新造してやりたいな」


「できればな……うん、できたらとっくにやってるけど」


「あら、二人ともあれを見てくれない?」


 深刻そうに顔をつきあわせたミツルとレンを、未だ双眼鏡を旅客機に向けるハナが呼ぶ。


「あの車、救急車にしてはずいぶんなものね」


「ハナ、今はそれどころじゃ…………確かに変だな」


 ハナの指差した車両に、呆れて振り向いたミツルも怪訝な顔をする。

 消防部隊に混じって並ぶ一台の黒いリムジン。昔から変わらぬ長い車体は、今でも著名人御用達の動くリビングとして有名だ。

 その車は206便の前方、おそらくファーストクラスらしき場所へ横付けし、間髪入れず飛行機からは脱出スロープが伸びる。


「えらく急いでるな、誰かVIPでも乗ってたのか?」


「ミツルくん、それは私たちには関係がないよ。それより早くサクラの様子を確認しよう」


 レンに促され、ミツルは指揮車両を場外へ向けた。


 彼が前を向く直前、スロープから黒服が二人滑り降り、続いて女性が一人、開かれたドアに現れる。

 その女性の長い髪が、まるで夜霧のような灰色に見えた気がして、ミツルはしばらくその光景を憶えていたのだった。



***



 〈彼女〉はボディガードの待ちかまえるスロープを見下ろし、意外そうに嘯く。


「……死ななかったわ。あなたの星読みが外れることもあるのね」


 真昼の風に答える声はない。


 彼女は、飛行機から離れていく黄色の巨大ロボットの背中を見て、愉快そうに目を細めた。


「ええ、本当に。あの娘たちに感謝しなくてはね」


 そう言って彼女はまるで草原に踏み出す駿馬のように、軽やかに身を躍らせた。


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