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26.グレイバード・ダウン!


 雲下で行われる超音速の一騎打ちを、ミツルは旋回する輸送機の窓から固唾を飲んで見守る。


 合体したとはいえ装甲はそのまま。

 相変わらず機関砲は脅威なのだがそれは当たればの話だ。

 目下ブルーバードの音速を超えた曲芸飛行にグレイバードは徒に弾を消費し続けている。


「さすがにああなると、俺が言える事は何もないな」


「応援するぐらいかな。それも邪魔かも知れないけど」


 隣から窓を覗いたレンが苦笑する。

 人工知能の彼女たちだけが追いつける速度の戦い、彼女たちにしかできない事にミツルとレンの出番はない。


 ――信じてやる事しかできないか。……だが、それでいいんだ。


 ロボットは道具だ。しかし彼の娘たちは違う。

 彼ら重機係と志を同じくする仲間だ。

 ミツルの指示が必要ないのは彼が見捨てられたからでも、見放されたからでもない。ただ彼にできないというそれだけのことだ。

 そして、できないなら無理して割り込まなくとも、代わりにやれる事を考えればいい。


「そっちは何か手伝えないか?」


「ミツルくんだと、少し足手まといかしら」


 ブルーが中継するグレイバードとの通信。

 そこからハナが、ポータブル機器を使ってギニョルの内部へ侵入しようと頑張っている。


「物理断線型のトラップがいっぱいよ。下手に触ったら大変な事になるわ」


「そいつは…………俺には無理だな、うん」


 ――まぁ、適材適所という言葉もある。そのうちできる事が見つかるだろう。

 どこか吹っ切れた様子で、彼は再び眼下の戦いを見下ろした。


「頑張れ、お前たち」



 ***



「よく考えれば、速度で勝っただけでは勝機は見えませんね」


 ブルーが何度目かのぼやきと共に、グレイバードの銃撃をひらりと回避する。


 確かに、当たらなければどういう事はない。

 だが当たらないように動き続ける事は、積極的に相手に接近できない事と同義だ。


「さてどうしたものか、燃料もそんなに残ってませんし」


 三機分プラス、スタンピード・パックの増槽。

 タンクの容積だけは半年前とさほど変わっていないが中身には天と地ほどの差がある。

 あの時は軍事用の航空燃料だったから心おきなく動けたが、いかんせんLNG燃料では火力も低いし減りも早い。


「相手の機能掌握はマスター……ハナさんにお任せするとして、ここはひとつ、物理的に鳥さんを撃ち落とす方法を考えましょう」


 グレイバードから逃げ回りつつ作戦を練るブルー。


 状況は回避以外にもジレンマを抱えている。

 ブルーの推力に頼った立ち回りのせいで〈アイオライト〉との距離が詰まってきているし、相手が爆弾人形を抱えている事もあり、接近しての取っ組み合いもできれば遠慮したい。


 手持ちの装備と睨めっこしながら、彼女は何とかして近づかずに相手を止める方法を模索する。

 と、突然ヒトミ譲りの発想の飛躍が天恵とも言えるプランを閃かせた。


「……いきますか、いきますね」


 決意のつぶやきを吐いて、彼女は超音速飛行をやめてわざとグレイバードを背後に誘う。

 間を置かず、機械的に彼女を照準してきた灰色の鳥を一瞥し、ブルーは薄く笑うと対の刀を胸元で構える。


 ――勝負は一瞬。相手の動きを見切る事。


 機関砲の撃発をハウンド由来のセンサーで捉えた彼女は、サクラの与えた瞬発力でプラズマ・インパルスを励起させ、同時に腕に備わった電磁推進機関からイオンの膜をパラシュート代わりに展開させる。

 急激な減速から不規則な回転に陥ったブルーバード。

 背部スタビライザーに徹甲弾が数発突き刺さるが、その高すぎる貫通力のせいで逆に大した被害はない。


「ここです!」


 そしてブルーはグレイバードとすれ違い様に、狙いの一瞬を勝ち取った。


 怪鳥が彼女に向けるのは背ではなく腹。

 その胸口に開いているのは、自在なジェット推力を支える大きな吸気口だった。


 わずか数コンマ秒、その間の姿勢を維持する為だけにプラズマ・インパルスを焚き、彼女はすかざず右の腰鎧からエアランチャーを起動。

 それはすでに理想的な位置に的を捉えていた。


「〈ディスフレィム・シュゥ――トッ!〉」


 誰の思考だったのやら、とっさに口を突いた技の名を呼び、ブルーは残っていた弾丸を撃ち出した。

 銀の弾は空中で弾け、そこから生じた濃密な白煙が余さずグレイバードの肺に収まる。


 直後、彼女を飛び越した灰色の鳥は翼から陽炎を奪われ、真っ逆さまに落ち始めた。まがい物の翼で羽ばたいたところで、いくらも風は生まれない。


 種を明かせば、彼女が撃ったのは脱酸素消化剤。

 酸素を化学反応で奪い去る薬剤をジェットエンジンに吸い込めば燃焼が止まるのは道理。

 そして熱を失ったジェットエンジンなど、もはや空では鉄屑ほどにも役に立ちはしない。


「ものは使いよう、です」


 グレイバードが最後の力で戦闘機へと変じて翼で空気を掴もうとする。

 しかし高度も速度もすでにない。〈アイオライト〉が少し近いのが気には掛かるが、ブルーは怪鳥もどきの落下軌道が安全だと予測して、ほっと胸をなで下ろす。


 その時だった。

 グレイバードの機首からバラリと装甲板が剥離。

 続けて彼女すら反応できない速度で、試験管めいた操縦席が射出される。


 超音速機の緊急脱出はパラシュートだけでは危険で、こういった乗員保護型の脱出装置は珍しくない。


 珍しくはないが、今はマズい。

 眼下の〈アイオライト〉へ向けて落下するのは、人命ではなく総身が爆薬でできた人形なのだ。


 一瞬の、それこそナノ秒単位の逡巡を経て、ブルーは落下する操縦席を追った。


「爆発するかもしれませんが捕まえないと――えっ?」


 彼女は予想だにしない現象に直面し、しばし全ての判断を停止させた。


 グレイバードの強化グラスを突き破って生えた脚。

 内側のギニョルが蹴り破ったのだろうが、そのヒザから先が突然ブツリと千切れた。生気のない足首が風圧に流され虚空を転がり、内装された電子励起爆薬にスパークが散る。


 発生した爆轟がもろに飛び込んでしまったブルーの全身を叩き、グレイバードの機首は爆風に追われて軌道を変えた。

 白波を蹴立てて避難する〈アイオライト〉の左舷側、200メートルほど離れた海に機首が落ち沈み……。


 一秒後。

 哀れなギニョルの最期が、轟く海鳴りと高い水柱となって海面に持ち上がった。


 ブルーは爆発のダメージをカバーしつつ、紫電の散り咲く四肢を操ってどうにか水平飛行に移るや、すぐさま〈アイオライト〉の長大な船体にスキャンを走らせる。


 ――船体に致命損壊無し。傾きも自力修正の範囲内。航行装置に異常なし。……左胴にわずかな歪み検知、なおも拡大中……水面下に亀裂を確認!


 爆発が大きすぎ、速度が速すぎ、そして距離が近すぎた。

 警告を受けて電磁加速をかけていた〈アイオライト〉の船体にはストレスが掛かっており、メガグラム級の水中爆発から生じた衝撃波とバブルパルスに船底が耐えられなかったのだ。


 そう悟った瞬間、ブルーの意識は協調する四つの存在へと分かたれる。

 それぞれが成すべき事を瞬時に把握し、巨大な身体にその準備を命じた。


 残存燃料のほとんどが胴体のタンクへと送られ、特に脚部の増槽からは徹底的に内容物を移動もしくは廃棄。

 発電機に繋がるタービンは推力にかかわらず最大速度で回転し、生じた電力は腕部の超伝導コイルへ余さず吸い取られる。

 プロセッサは熱を帯びるほど高速で演算を重ね、これから起こる事を数京通りも予測してみせる。


 全ての準備に掛かった時間はわずか十秒足らず。


 機を見たブルーバードが、四人の声で叫んだ。


 「「「「セパレーション!」」」」


 大躯の鎧武者が、再び青、赤、黄の乙女へと分身する。


 スワローはジェットへ変形。残った燃料を節約しながら半滑空飛行へ。

 ハウンドはほとんどの燃料を失いエンジンを停止。しかし残った電力で超伝導ジャイロを駆動させて水面に足先を向ける。


 そして三人から希望を託されたドルフィンは、空中で潜水形態モード・サブへと変形すると躊躇無く水面へと飛び込んでいく。


 最初はドルフィン、続いてハウンドが水柱を上げて着水し、スワローはギリギリの所で〈アイオライト〉甲板のヘリポートへタッチダウン。

 バッテリーを使い切る寸前で再び人型に戻ったスワロー、アオイが僚機に呼びかける。


「サクラ! サクラ無事ですか!?」


「…………どうにかっ」


 ぷはっという息をを錯覚しそうな仕草でハウンドが波間から顔を出し、全身の燃料タンクを浮き袋代わりに海面に大の字に伸びる。

 半ば水に浸かった操縦席コフィンでは、ヘルメットを脱いだサクラが子犬のようにぶるっと髪を振ってぼやいた。


「ひえぇぇっ、増槽が足りなかったら沈んでたよ」


 アオイの後ろで目覚めたメーテルがイタズラに笑った。


「海底を走れなくて残念でしたね、サクラさん」


「そこまで沈んだら水圧でぺしゃんこだい」


「冗談ですね、ね、メーテル。……っと、こちらももう動けないので、回収は終わってからになりますよ。久しぶりの海水浴でも満喫しておいてください」


「塩水にはいい思い出が無いんですけどぉ? まぁいいや、後はヒトミに任せた。僕はしばらく流されてるか――……」


 いよいよバッテリーを使い切ったのか、サクラからの通信がブツッと途絶える。

 アオイは彼女の位置を記憶し、そして後ろに座る相棒共々、海面下へと気遣わしげな目を投げた。


「ヒトミ、頑張ってください」


「ヒトミさん、あなたにかかってます」


 二人の見据える先で、南洋の陽射しを受けて煌めく波に、ゴボリと泡が立つのだった。



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