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23.ハント・フォー・ウルブズ!


 特捜補五課にはテロを想定した独自のPAS部隊が存在している。

 民間警察の規定が許すギリギリのラインで揃えられた武装、重装甲アシストスーツと対人捕縛火器セイフティ・ディスチャージャーという一種のトリモチグレネード銃を備えた彼らは、イスルギの精鋭親衛隊とも言える存在だった。

 しかし彼らにとっても純軍事装備であるランナバウトとの戦闘は、実に薄氷の上のダンスに等しい。


「がっ!?」


 一瞬の油断が徒となり、機関砲の弾丸が隊員の手から得物をもぎ離す。

 指を持って行かれなかっただけ幸運だったが、相手は二輪走行で素速く肉薄。下がろうにも背後では四足の大型機が暴れ回っていた。


 ――万事休す!


 そう隊員が思った瞬間、何かの衝突音と、ボムッというくぐもった破裂音が耳を叩く。

 彼に迫っていたランナバウトが突如出現した粘液の壁に絡め取られ、水に飛び込んだアリよろしく暴れて側面のコンテナに激突する。


「――っ?」


『そこの人早く下がって!』


 告げる声はうら若き少女のそれ。

 隊員はとっさにコンテナの隙間に避難しながら、自分を救った存在を探してふり返る。

 目に飛び込んできたのは赤と白に彩られた犬耳の巨大ロボット。

 巨躯でもって灰色の四足機の胴体を抑え、その右肩の大砲は彼の方へと向けられている。


 そして彼の無事に、ロボットは瞳を燦めかせた。



 ***



「今のでトリモチ使い切っちゃった、どうしようヒトミ」


「しょうがありません人命優先ですぅ」


 言語化された圧縮通信で僚機と会話しながら、サクラは鉄の腕でグレイウルフの胴体を必死に押さえ込む。


 彼女の身体であるハウンドバードは高速性に定評があるが、反面腕力はそれほどでもない。

 本当はドルフィンバードが追いつくまでトリモチでどうにかする手はずだったのだが、彼女は目前のPAS隊員を見捨てられずに発砲してしまった。

 改設計によってエアランチャーの弾数は七発に減り、トリモチ弾に至っては一発こっきりで品切れだ。


 もがくウルフの、狼なら腰部の辺りにだしぬけにジャキキキッと発射筒が持ち上がり、うち一本が彼女の顔を照準してくる。


「やっば!」


 とっさに彼女が腕を解いてのけぞるのと、ウルフのスモーク弾が放たれるのはほぼ同時だった。

 円筒形の弾体がハウンドのバイザーを擦ってヒビを刻む。


「サクラちゃん!」


「ちょっとかすったぐらい問題ないよ。でも離しちゃったから仕切り直しだね」


 何度かステップを踏んで後退し、再びウルフに対峙するハウンド。

 だがドルフィンはまだ援護の位置におらず、相手は相手で彼女を睨んで姿勢を変える。


「アオイがいたら上から注意を引いてもらえるのに……」


「しょうがないですよぉ。私たちだけで何とかしましょう」


『サクラよくやった。弾の事は気にするな』


 ミツルの通信が今になって届き、サクラはプロセッサの中で思わず滑稽という概念を呼び起こす。

 彼女と僚機は本来の演算能力を発揮している最中だ。

 ティーチャとはいえ人間なのだから、彼女たちと同等の速度では反応はできないのはわかっているのに。


「もっと早くティーチャの反応聞きたいな」


「笑わないんですよぉ。もう」


 さっき似たような事でティーチャに怒られた奴のセリフとも思えない。

 そんな事を考えながら、サクラはスキャナをウルフの駆動機構に向ける。


 似たような機械との格闘戦なんてこれが初めてだが、半年前の失敗から彼女は人間の格闘を応用した我流の格闘法を検討してきた。


 ――相手の右腕……いや右脚か、とにかくそれが横への円運動を開始。


 焦らずに半歩引いて、超硬合金製のバイトを掌底で叩き落とす。


 ――今度は左脚か。真っ直ぐ僕のヒザを狙う気だ。


 何の事ははない。蹴り上げるだけで彼女は相手の攻撃を無効化した。


 肝心なのは相手の動きを見切る事だ。

 相手は彼女よりも大きな化け物だが、四肢が付いているなら動きのパターンは有限。むしろ相手の質量が勝る分だけ利用できる隙も大きい。


「……見えた」


 ウルフのフレームに電磁流体の移動を感知。

 獣は前脚を引いて後脚を伸ばし、さっき装甲車にしたように跳躍して彼女を頭上から襲う気だろう。


 ――そーはいかないよ! 


 相手が全てのモーメントを斜め上方に傾けた刹那、彼女は身を低くすると両足のオムニホイールに最大出力の前進駆動を命じる。

 ウルフが完全エージェント制御なら、この状態からでも彼女に対応できたはずだ。


 しかしサクラは、そうでない事をすでに覚っていた。


 彼女は加速して相手の体下に入り、右のホイールを急制動させて半回転。

 同時にウルフが振りかぶった前脚を取って……。


「せいりゃぁぁぁっ!」


 目標とする方向を見据え、ハウンドは相手の腕を引きこみつつモーメントの残る右脚を後ろに蹴り上げる。

 相手の勢いをそのまま投げる力に変え、軸足にした左のオムニホイールにより方向を微調整。

 それは一本背負い投げのモーション。


 人間には真似できない精度と速度の投げ技により、ウルフは瞬時にコンテナの山に叩き付けられた。

 さらに彼女の計算通りに崩れたコンテナが、山を背にしていたランナバウトを巻き添えにする。


『サクラ大丈夫か!? って――』


『大丈夫だよティーチャ、僕の投げはどうかな?』


 またしても間延びするミツルの通信に合わせて音声の返事を打ちつつ、ハウンドは更なるアクションに備えて体勢を整え、ついでに僚機に確認する。


「ウルフを操ってるギニョル。やっぱり人間が動かしてるよね?」


「ですねぇ、サクラちゃんの動きに全然対応できてません」


「だよね、反応遅いし……ついでにちょっと覗いてみるか」


 復帰してくるウルフの動きに注意を残しながらも、彼女はセンサーで運転席のギニョルをサーチ。

 返ってきた超音波の木霊に、サクラは不穏なものを感じ取った。


 ――アクチュエータが少ない。でも代わりに何かが充填されてる。密度は3.2グラム毎立方センチぐらいのペースト状。妙に密度が高い。


「ヒトミ、コイツの身体に詰まってるの何か分かる?」


「ちょっとお待ちを…………解析からすると、これは電子励起爆薬みたいですねぇ。総容積とRE係数から考えるとぉ、半径100メートルくらいなら楽に吹き飛ばせるかとぉ」


「げ、コイツ超ヤバイ。ぶちのめされたからって爆発なんてしないよね、ね?」


 たまらず半歩退くハウンドに、合流したドルフィンが背中合わせとなった。


「テロだとすれば爆発の可能性はありますがぁ。今はそれどころじゃないかとぉ」


 気付けば周囲のランナバウト達が集合しつつある。

 背丈は彼女たちの半分も無いが、腕の砲塔に装備した機関砲は充分に脅威だ。

 サクラは一瞬、物騒な小人たちを蹴飛ばしてやろうかと考えたが、向けたセンサーで生体反応を拾って断念する。


「こいつら人が乗ってる!」


「いちおう装甲車ですからねぇ。五課もいったん下がるようですし、私たちも一時撤退しましょうかぁ」


「むう、やむなし!」


 ランナバウト部隊が十字砲火で狙うより早く、ドルフィンとハウンドは増設されたPDJブースターを作動。両機とも最大ジャンプで上空に逃れ、そのまま滞空したヒトミがサクラの両腕を取る。


 邪魔者が消えた事に気を良くしたのか、六人残った胡乱な小人と灰色狼はタイヤを軋らせて高速移動を開始。

 放置されたパトカーをすり抜け踏みつぶし、コンテナ埠頭から躍り出た招かれざる客たちが、大通りを市の中心へ向けて進路を取る。


 無人の街に我が物顔の様子を睨み下げ、サクラは忌々しげな調子で言語を編む。


「……とりあえず時間は稼げた」


「ティーチャに詳細を送信。市民の避難もあらかた完了のようですねぇ」


 イスルギの地下は中空構造だから避難場所には事欠かない。

 大規模台風や竜巻を想定した避難訓練が意外な形で功を奏し、市民が轢き潰される事態だけは回避されだのだった。


『サクラ、ヒトミ。やっぱり相手は〈セレスティア〉か、その横の〈イスルギ総合ホール〉を目指してるようだ。どっちにしても中心部で大爆発はマズいぞ』


「グレイウルフはともかくランナバウトが目障りだよ、ティーチャ」


『だな。面倒だが各個撃破するしかない。ヒトミ、相手の斜め上方を維持できるか?』


「楽勝ですけどぉ? どうするおつもりですティーチャ」


『サクラ、パックの残弾数と種類』


「ワイヤ弾2、脱酸素弾3、化学消火剤1。肝心のトリモチがもう無いよ」


『そいつはかまわん。ものは使いようって奴だ』


「使いよう……なるほど、任せてティーチャ」


『頼む。俺たちもすぐ合流するから』


 音声会話を切って二人は本来の時間に復帰。


 ドルフィンがホバー飛行で滑るように加速し、七体の狼藉者たちの背後を取る。

 その両腕にぶらさがりながら、サクラは集団最後尾の頭の無いランナバウトにエアランチャーを照準した。

 チャンバーに装填したのはワイヤーユニット。本来は高所救助用の装備だが、要はワイヤー付きの銛だと思えばいい。


「ものは使いよう!」


 気合いと共に空気圧で発射されたワイヤーフックがランナバウトのホイールに突き刺さる。

 さらに金属ケーブルがドタ脚めいたキャスターサスペンションを絡め取り、即席の撃ち出し式ワイヤートラップに脚を砕かれた小人が列から脱落した。


「乗員に当てないようにですよぉ」


「わかってるよ!」


 ドルフィンの茶々に反抗しつつも次弾を照準するハウンド。

 だが殿しんがりのランナバウトが反転逆走しながら機関砲を向けて来た。


「ヒトミ!」


「ハイですぅ!」


 電磁推進の見えざる翼が羽ばたき、PDJブースターが再び吠える。


 伸び上がった火線を飛び上がって回避し、二人はならばと作戦を変えた。

 ハウンドが装填し直したのは脱酸素弾。

 空気から酸素を奪って消火する薬剤だがその性質上、撃てば煙となって飛び散る。だからこそ今が使い時だ。


「煙幕いっけぇ!」


 続けて二連射。さらにカートリッジを変えて一発。


 胡乱な集団は目前に立ち上がった脱酸素剤の雲に突っ込む。

 通常視界はもちろん、薬剤が酸素と結びつく際の発熱により赤外線すら真っ白に塗りつぶされる。

 そして盲目の集団が向かう先に着弾した三発目は、アスファルトの上に空気を含む粘ついた池を出現させた。


 為す術もなく彼らは化学消化剤の泡を踏んだ。

 四足のグレイウルフはともかく二輪のランナバウトたちが一斉にスリップして姿勢を崩す。


 それを見逃す二人ではない。

 一丸となって急降下したハウンドとドルフィンは、各々一機ずつ狙って精密な足技を繰り出す。

 ハウンドのホイールが回転しながら機関砲を粉砕し、ドルフィンの脚から展開した五指のパワーハンドが砲塔を握りつぶす。

 たまらず転倒し、火花をあげて地面を滑走する脱落者二名。


 わずかな時間で手勢を半分に減らした相手は、擱坐した仲間には目もくれずサクラたちを機関砲で牽制しながら散開する。

 どうやらウルフに護衛を一人残し、残り二人でサクラたちを足止めする気らしい。


 再び上昇するサクラたちだが、連係の取れた射撃にはさすがに手を焼く。


「くっそー隙がないなぁ」


「手分けしましょうかぁ。消化剤、一個いただきますねぇ」


 ハウンドの肩パックから消化剤のカートリッジを抜き取ったドルフィンは、一旦ビルの陰に隠れてハウンドをリリース。

 自分はこれ見よがしに上昇し、相手からの火線を誘ってからビルの谷間へと姿を消す。


 僚機の意図を読んだハウンドは二輪形態に変形し、人気のない街路を大回りしてランナバウトの背後へと回り込む。


 上空のドルフィンに気を取られたランナバウトが両腕を空へと向ける。

 その背後から、ハウンドはわずかに照準をずらしてワイヤー弾を撃った。

 相手が同じ平面上では偏差が使えないので脚だけの破壊は難しい。だがしかし……。


「そーれグルグル巻き!」


 ワイヤをウィンチに接続し、彼女は高速性能を生かして敵の死角から側面へと入る。

 右側に打ち込まれたことで反射的に右旋回したランナバウトは、左から時計回りに周囲を回るハウンドを射界に収められない。

 そうこうしている間にワイヤが彼を二重三重に取り巻き、圧力に耐えかねた腕部砲塔と脚部が圧壊した。


 そして僚機の間抜けな最期に視線と機関砲を向けたもう一機は、自分が追っていた獲物を失念してしまった。


「これでもどうぞですぅ」


 気付けば上空に来ていたドルフィンから化学消化剤のカートリッジが投げ落とされ、不格好な人型装甲車は真っ白な泡に包まれる。

 混乱するその背後にドルフィンが着陸。

 すかさず機関砲ごと左右の腕をねじ切った。


「サクラちゃん、オオカミさんたちを!」


「はいさ任されよ!」


 ハウンドはそのまま、未だ市の中心めがけて爆走するウルフを猛追する。


 緊急アフターバーナーを焚いて禁断の2キロ一分ダッシュを見せたサクラは、装甲車形態のウルフの背中を見るや変形して跳躍。

 脚のPDJブースターによってロケットのように突進し、ウルフが苦し紛れに撃ったグレネードの弾幕をすり抜けると制動もなくその背にまたがる。


 それを待っている者がいるとも知らずに。


「もらっ……えっ?」


 後部カメラに影。

 ビルの谷間に潜んでいたランナバウトが獲物が囮に食いついたと知って出てきたのだ。すでに射撃体勢であり、回避しようにもこの体勢からは動きづらい。

 機関砲は彼女の胸に向けられ、取りも直さずそれは彼女自身が、サクラの身体が助からない状況を示していた。


「ティーチャ……」


『させっか馬鹿ぁぁっ!』


 絶体絶命の一瞬に、彼女が見なれた車が突如として割り込む。

 ミツルに手綱を委ねた改造ホンダ・CRS、指揮車両バードヘッドが彼の雄叫びと共にノンブレーキでランナバウトの横っ腹を襲ったのだ。


 時間を引き延ばせるサクラの視界で、ランナバウトの装甲と指揮車両のボンネットが共にひしゃげていき、運転席のミツルが高機能エアバックにゆるりと包まれる。


 やがて一体となって大破した車両に、彼女は呆然と音声を投げた。


「ティーチャ、うそだ」


『……そっち……』


 瞬間、現場回線ダイレクトで拾ったミツルの声にサクラはハッとウルフを向く。


 逃げようと四肢をばたつかせるウルフだが、サクラの衝突まがいの馬乗りによって脊椎に当たるメインフレームが破断し、腹から黒い電磁流体を噴いて瀕死の体。


 運転席のギニョルの内部構造を再度スキャン。

 通信ユニットと量子演算器《COM》を特定したサクラは、その試験管めいた頭部の付け根めがけて渾身の手刀を打ち込んだ。

 指先は綺麗にギニョルの頭をもぎ取り、頭を刺し貫かれたウルフは痙攣して機能を喪失した


「やった……」


「グッジョブだサクラ!」


 彼女がふり返れば、指揮車両の残骸からレンとキャシーがミツルを引っぱり出していた。

 レンの親指は誇らしげに天を向き、その腕にすがったミツルも、首筋を押さえながらも心配ないと手を振る。


 プロセッサから緊張が抜けたハウンドが思わずへたり込んだ直後、ポンッという音と共に周囲に白煙が満ちる。

 とっさに耳をそばだてた彼女は、煙の中でランナバウトから離脱する人影を捉えた。が、その人物は水際だった動きで側溝へと姿を消してしまう。


「逃げられちゃったよ」


「仕方がねえ……こっちに被害がなかっただけマシだ」


 晴れた煙の中から女性二人に支えられてミツルが彼女に歩み寄り、その脚部装甲に触れた。


「おつかれさん。よくやった」


「ティーチャもお疲れさま。助けてくれて、ありがとーございます」


 金属の、ヒビの入ったかんばせと、生身の、優しすぎる印象の笑顔が交わされる。


 事態が一件落着かと思われたその瞬間、藪から棒に長距離通信がサクラのプロセッサに割り込んできた。


『皆さん、グレイバードを捕捉しました。ですがかなりマズい状況です』


 メーテルの声は、事態の結末へと彼女を導くのだった。


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