22.出現、ランナバウト
催涙ガスを含んだ煙が晴れる頃には、ミツルたち状況も状況に目鼻を付けていた。もっとも本人たちの目鼻はガスにやられてひどく痛むが。
試験のためのテント群は倒れて見る影もない。
だが奇跡的に人員は全員無事で、怪我はあっても軽傷までだ。シノンだけが忽然と姿を消し、代わりに現れたハナは皆に予想外の言葉を突きつける。
「あれは栗巣心音ではなくペッパーよ。裏付けを取るのに手間取ったけど間違いないわ」
「本物の栗巣心音は八ヶ月前にタイに渡航して死んやがったんだ」
ガスマスクを鬱陶しげに外したエリカが、データ端末をミツルたちに投げる。
タイの警察から届いた身元不明遺体のDNA鑑定とシノンのものとの照合結果が、彼らに動かぬ事実を示していた。
「おおかた本人を死体にしておいて身元をキープしたんだろうよ。替え玉にかぶせるためにな」
「ひどい話だ。だがそうだとしてペッパーがシノンになりすます理由はあるのか?」
苛立ちを隠さないエリカにレンが疑問を投げる。
答えたのはまたしてもハナだ。
「見ての通り、国防陸軍の試作機が欲しかったからよ。今日のテロのためにね」
「冗談じゃ……ありませんわ」
栗毛を爆風でクシャクシャにしたキャシーが、へたり込んだアスファルト路面からハナを見上げる。まだ全てを飲み込んだわけでは無さそうだが、彼女も冷静さを取り戻しつつあった。
「テロに試作機を使うですってそんな……」
「いろいろ都合が良いからよ、カサンドラさん。性能が高く火器を搭載し、応用が利き、そして利用しやすい。計ったようにおあつらえ向きなの。レンさん、あの機械たちはどこへ向かったのかしら?」
「アオイたちが追跡してるけど本島方向。防風壁を盾にしながらの超低空飛行でレーダーは当てにならない。たぶんぐるっと島を回ってコンテナ埠頭辺りを目指してると思うんだけど」
「……本格的に時間がないわね。レンさん、アオイちゃんを呼び戻してちょうだい。ミツルくんは彼女と一緒にホバーで係のハンガーへ。指揮車両でコンテナ埠頭に頼むわ」
「お前は?」
「私はエリと一緒にペッパーを捕まえなくちゃ。詳しい事は動きながら指示するわ」
ミツルの問いかけに、ハナは否定のジェスチャをしてガスマスクを再度装着。くぐもった声からは感情が読み取れなかった。
「行くぞハナ。五課のPASもようやく復活だ」
装甲は黒焦げながらも再起したPAS部隊に手招きされ、エリカとハナは仲間たちに手を振って場を素速く去る。
「動きながらって……つまり」
「つまり私たちは、あの二機を止める役って事なんだろうね」
レンがミツルの肩を叩いて苦い息を吐く。
「どのみちやるしかないが。
本島でも準備してるみたいだし、まずは合流といこうか」
肩をすくめたレンを、戻ってきたスワローのジェット気流が強く撫でた。
十数分後。
重機係が必要機材をSCCに詰め込み終わった頃合いで、燃料補給が完了したスワローがハウンドを懸架して一足先に離陸。ドルフィンがそれに続く。
ミツルとレンもSCCに乗り込もうとしたが、しかし彼らをキャシーが呼び止めた。
「私も連れて行ってください。あの二機を止めるなら性能を知っている人間が必要です」
二人は迷ったが、キャシーの鳶色の瞳に宿された決意に圧されて申し出を承諾する。彼らを乗せた装甲ホバークラフトは風を巻き、滑走路を突っ切って海へと滑り出した。
***
ハナの指示を受けながら、ミツルたちは移動中に作戦を組み立てた。
おそらく敵は〈セレスティア〉か関連施設を狙って攻撃を仕掛けてくるだろう。乗っているのがギニョル、人型暗殺ドローンなのが何ともずるい。
ハナの心配はグレイバードが〈セレスティア〉に直行する事だったが、それはすぐに杞憂に終わる。
民警とレスキューのジェットヘリ部隊が哨戒に上がり、それに恐れを成したのか、グレイバードはコンテナ埠頭にグレイウルフを投下するや低空で北へと逃走した。
課のハンガーへ戻ったミツルたちとキャシーが指揮車両に乗り込む頃には、状況はずいぶんと動いていた。
『こちら機動3441。コンテナ埠頭の作業員の待避を完了した。所定の位置へ付く』
『こちら交制223。上空からは目標を捕捉できない。引き続き旋回する。どうぞ』
現場からの無線が車内に飛び交う中、ミツルはシートベルトを締めると交通管制を起動。すぐに臨場を申請し、最短かつ最速での移動を入力する。
隣ではレンがポータブルの管制システムを開いて、先に現着したサクラたちからの現場回線を拾う。
『つながった?』
「バッチリだ。サクラ状況報告を頼む」
『現在、コンテナ埠頭の入り口で僕とヒトミが待機中。アオイとメーテルは上空で交通管制ヘリと一緒に哨戒してる。現場監督からチケットを受領したから、そっちに送信するね』
サクラから転送されてきたた緊急出動書類を確認し、レンはゴーグルにコンテナ埠頭のマップを呼び出した。
「出入口は三箇所だけど、壁はフェンスだけだから出ようと思えばどこからでも出られるか」
『オオカミさんは雲隠れしているようですよぉ』
「エリたちが言うには、埠頭に別働隊が潜んでるらしいからな。手際よく倉庫か何かに駆け込んだんだろう。レン、それとキャシーさん、出るぞ」
指揮車両がタイヤを軋らせ急発進する。
ずっと黙りこんでいたキャシーが加速に振られて呻いたが、今は二人とも構っていられない。
車をミツルに任せたレンは航空管制からのフィードに目を向ける。
「それにしてもグレイバードはどこに行ったんだろう」
「北に逃げたそうですわ。そろそろ伊豆の国防空軍が捜索を開始するはずです。そちらはプロに任せてください。……ところでレン……さん。なぜシノンが怪しいと?」
レンはフッと笑ってキャシーをふり返った。
「半分はカンだった。技術者なら一度潰えた可能性をしつこく試すもんじゃない。自分で物理的に切断してるって言っておきながら、どうしてソフト的な処置でバードを止めようとしていた? 手元を隠しておきたかったからだ」
後は詰め将棋、と彼女はニヤリと続けた。
「強奪の寸前にハンガーにいて小細工する時間もあった。権限も充分。ミツルくん流に言うところのダウト、って奴さ」
キャシーが顔に納得と悔しさを滲ませ、ミラーでそれを見たミツルもうなずく。
「なるほどな。しかしシノンが偽物とは、まだ信じられそうにないな」
「数年前に会った時より明るくなったと、そう思っていました……なのに欺かれていたなんて」
「ハナの寄こした資料だと、死んだ本人はあまり人前に顔を出さないタイプだったらしいね。ちょっと社交的になったぐらいなら良い変化だし、顔見知り程度なら楽に騙されるさ」
シノンに成り切ってほとんどボロを出さなかった相手だ。
面識のあったキャシーすら欺かれていたのだから、初対面だったミツルなどイチコロも当然だろう。
「それよりも気になるのは、誰がバードとウルフを操作してるかって事だよミツルくん。ギニョルの自律判断が頼りないのは一目瞭然。港の別働隊と連係をさせるにしても、ペッパーが使った直接通信じゃない別ルートでの誘導が必要なはずだ」
「となると、広域通信か?」
「それもジャミングを見越しての、だね。あの爆発を機に通信が切り替わったとして、電波妨害を受けない帯域はそう多くない……」
『お取り込み中すみません。ティーチャ、動きがありましたよぉ』
ヒトミが声と一緒にリアルタイム情報をダッシュボードに送信してきた。
機動隊がウルフの潜む倉庫を特定したらしく、PASを着込んだ突入部隊が件の建物を取り囲んでいく姿がマップ上にアイコンで表示される。
そこでレンが何かに気付いてポータブルに指を走らせた。手元で倉庫の搬入出ログが高速で流れ、やがて六つのコンテナに赤い表示が重なる。
彼女は血相を変えてヒトミに叫んだ。
「すぐに機動隊に下がるよう伝えろヒトミ! その建物には――」
『ティーチャ!』
コンテナの山に登ったサクラが、だしぬけにカメラからの眺めをダッシュボードに入れ込む。
倉庫の扉が内側から弾け飛び、続いて青みを帯びたガスの雲が立ち上がる。
すぐにサクラがモードを超音波スキャンに切り替え、雲の中で蠢く何かにズームアップ。
『全部で九。ウルフじゃないよこれ!』
画像越しにミツルも確認する。
――どれも全高が3メートルも無い。これは……。
「エリカのリストアップしたコンテナが全てそこにある!
それはランナバウトだ!」
レンの口惜しげな声も現場には届かない。
不鮮明な画像で機動隊とおぼしき人影が不格好な巨人に蹴り飛ばされ、かと思えば煙越しに明らかな火線が閃く。
ふいにカメラが大きく揺れた。
『見てられないよ! 僕が助けに行く!』
「待てサクラ! 機関砲で撃たれたらお前とはいえ無事じゃ済まん! それにまだウルフも出てきてないぞ!」
『だからって…………だからって人が傷つけられてるのを見過ごせないよ!』
「気持ちはわかるが落ち着け、状況を見ろ」
ランナバウトの登場で蹴散らされた機動隊と入れ違いに、待機していた五課の重PAS部隊が周囲に装甲車両でバリケードを築く。
可能性はあらかじめ想定されていたのだ。多少遅れはしたが、まだサクラたちの出番ではない。
『オオカミさん出ましたよ!』
途切れつつあるスモークの向こうに灰色の影。仮のねぐらから出るや、それはダイナミックに跳躍し、前足を装甲車めがけて振り下ろした。
たった一撃で、ごっそりと装甲板が剥ぎ取られる。
「排障用の超硬バイト! あんな使い方をされるなんて」
「悔しがるのは後にしましょう。サクラいいぞ、ランナバウトは五課に任せてオオカミ狩りだ」
『了解! いくよヒトミ!』
『ハイです!』
二人の意気と共にカメラが本格的にぶれる。
と、そこへアオイからの通信が割り込んだ。
『ティーチャ。急で済みませんが非常事態の可能性があります。提案を聞いてください』
彼女のただならぬ雰囲気に、ミツルは強く耳を傾けるのだった。