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21.目覚めた獣たち


 午前九時。観測態勢を整えた両チームが見守る中、二機の鳥がそれぞれのスタートポジションに着く。


 滑走路のスレッショルドに陽炎を吐くのはグレイバード。

 腹を航空燃料で満たし、その羽を小刻みに揺すって空へと逸る。

 ヘリ用の耐熱パッドにはスワローバード。

 新たに獲得した白い鎧も凛々しく、高みへの跳躍に備えて六機のエンジンにLNGを巡らせる。


 管制用テントで固唾を呑んで合図を待つミツルたち。隣では、相手チームの管制スタッフが最終チェックを行う。


「バード1《ワン》。与圧スーツの最終確認を」


『コンファーム。与圧異常なし』


 グレイバードは有人機だ。

 パイロットは国防空軍のテストパイロットだと聞いている。


「……了解。イスルギ管制から許可来ました。バード1、スワロー、離陸してください」


「オオト開始しなさい」


 キャシーが号令をかけ、グレイバードがアフターバーナーの蒼い炎を尾と引く。


「アオイ開始だ」


『了解、スワローバード離陸します』


 ミツルに答えたスワローバードが垂直離陸。

 その横をグレイバードが走り抜け、わずか百メートルほどで滑走路を蹴って急上昇。


「速い……」


 煽りこそしないが、キャシーは驚くミツルに鼻をならして部下に指示を出す。


「速やかに開始ポイントへ旋回。……オオト、復唱は?」


 誰もが知らぬ間に、異常が始まっているというのに。


「オオト二尉、大戸聖哉オオト セイヤ二尉聞こえますか?」


 キャシーの呼びかけを管制スタッフが引き継ぐも、それにすら応答が返る事はなかった。やがて管制スタッフから押し殺した、だが上擦った声が洩れる。


「チーフ、オオトさんからの生体情報ライフテレメトリが――オールフラットです」


 それを聞きつけたミツルは、思わず横のレンと顔を見合わせた。


心肺停止オールフラットだって?」


「ミツルくん、あれを見て!」


 高度を取ったグレイバードが旋回したという事は、パイロットが人事不省に陥っているわけでもない。

 ミツルはとっさにグレイチームの管制テーブルに割り込むと、混乱したスタッフを問いただす。


「通信が切れた可能性は?」


「あ、ありえませんよ。こんな距離ですから」


「ならどうして――」


 だしぬけに強くなった空気を割り裂く音に、ミツルは天を見上げて絶句した。管制テントを覆わんばかりの距離でグレイバードが上空をフライパス……ではない。

 空を滑るグレイバードは、瞬時に姿を変えて急制動。そのまま悠然と滞空する。


 複雑な面構成のデルタ翼がバラけて多層構造を覗かせ、機体下面から一対の曲がりくねった脚が展開する。

 V字尾翼はエンジンもろとも後部へスライド。機首のパネルが継ぎ目から駆動部を覗かせ、つるんとした操縦席が鎌首をもたげた。


 変形だとして、三人娘の人型形態とは趣が異なるその姿。

 翼を大きく広げ、鋭いかぎ爪を振りかざすその姿は強いて言うなら……。


ワシ――だ」


 レンの言葉に彼が反応しようとした矢先、更なるエンジン音がテント群を背後から打ちのめした。


「後ろ? ……まさかグレイウルフか」


 ミツルが天幕を手繰ればあに図らんや、駐機されていたはずのグレイウルフが繋がれた機器を引きずりながら目覚める。

 不格好な装甲車は全身を震わせたかと思うと、おもむろに四脚を展開して全身のフレームを伸ばし、後ろ足で邪魔な飾りを蹴り飛ばした。

 動きが名の通りの狼なら、それは厄災を背負った灰色の狼の神話を彷彿とさせる。


小合オゴウ止めなさい!」


 もはや半狂乱になったキャシーを、立ち上がったグレイウルフがガラス張りの頭部で睨む。


 キャノピーを通して国防陸軍のパイロットスーツがちらりと見えるが、半ばまで引きちぎれた袖から生えるのは十本指の腕。

 ヘルメットの下に覗くのは無機質なボール状の頭部。


 ――ギニョル!


 そんなミツルの戦慄もどこ吹く風、彼らに興味が失せたとばかりにグレイウルフは身を撓め、そこから一気に上空へと躍り上がった。|

 灰色のグレイバードがそれを胸元に迎え入れ、両者は一体となる。


「あれを、あれを止めて!」


 キャシーに肩を掴まれ、ミツルはようやく我に返ってアオイに指示を飛ばす。


「アオイ! そいつを取り押さえろ!」


『しかし……』


「緊急事態だ、やれ!」


 舞い上がったスワローバードは細身の巨人へと変化し、素速く灰色の獣たちの頭上を取る。

 しかしグレイバードはそれを一瞥するや金属の翼をはためかせてスルリと青い腕を躱した。

 その羽の一枚一枚が陽炎を纏って煌めく。


「マルチベクトルスラスターです」


 騒ぎにハンガーから飛び出してきたシノンが、着用端末ウェアブレットを素速く操りつつミツルに耳打ちしてくる。


「翼に見えるのは、全て噴射口。空力ではなく、推力で機体を操っています」


「シノンさん。あれを止められませんか?」


「やって、いますが……」


 彼女は着用端末ウェアブレットから管制テーブルに処理を移すが、そこでは通信が強制的にシャットダウンされる様子がエンドレスに巡り続ける。

 よほど焦っているのかシノンの指先はテーブルと端末を行き来したが、やがて彼女は首を振り、悲痛な声を絞り出した。


「おそらく物理的に……制御機器が切られています」


「くそっ、用意周到な!」


 悪態をついたミツルが見上げる空では、スワローがグレイバードを必死に追尾していた。

 しかし腹に重荷を抱えているにもかかわらず、灰色の鳥は器用に身をひねりスワローの機動から巧みに進路をずらし続ける。


 ――いったい誰がこんな事を?


 軍の試作機を一体誰が、何の目的で乗っ取る必要があるのか。

 上空の鬼ごっこを透かしてミツルがその意図を訝しむが、事態は彼に考える暇を与えない。


 突如としてグレイバードの脚部から炸裂音と共に外板が剥離。

 舞い落ちる装甲片を見たキャシーが慌ててミツルすがった。


「今すぐ距離を開けさせて!」


「ミツルくん!」


 続くレンの叫びの奥でくぐもった連続音が鳴り響く。

 ギュロロロッという怪鳥の鳴き声にも似たその音。威嚇されたように急旋回するスワローの肩口に咲いた火花は……。


『機関砲ですティーチャ! グレイバードは機関砲を装備しています』


「んなバカな試作機だぞ!?」


 断続的な発射音にたまらず距離を開けるスワロー。

 空を裂く弾丸が見えたわけではないが、ミツルはメーテルの言葉が真実だと認める。

 彼の肩に手を置いたままだったキャシーが、逃げるように首を振った。


「ウェイトテスト用の、20ミリ機関砲ですわ。でも実弾の装填なんて……」


「オオド二尉とオゴウ二尉が控え室で意識不明です! それとチーフこれを」


 ハンガーから走ってきた技術者がキャシーに何かのリストを差し出す。

 備品庫の管理記録だろうそれには、キャシーはおろかミツルたちすら信じ難い記載が。


「実包ケース消失……そんな……」


「ケースの数からすると600発ほどが不明です!」


「スワローをハチの巣にしてお釣りが来る弾数かよ。おい、アオイ聞いたな」


 技術者の言葉をスワローに流しつつ、ミツルは思わず天を仰いだ。


『はい、距離を取って弾道回避に努めます』


 アオイは冷静にそう言ったものの、上空のにらみ合いは一気に攻守を逆転させる。スワローはグレイバードに追われる形となり、彼我の距離は開く一方だ。


「これ以上実包入りの機械を好きにさせておけるかよ。レン、俺たちで止めるぞ」


 ミツルはレンに視線を飛ばし、彼女は疑問を脇に置いて重機係の管制テーブルにつく。


「サクラ、ヒトミ、オンボードしてくれ緊急事態だ」


『みたいだね。僕らも補給が終わったから参加するよ』


『相手は武装しているようですね』


「だから市街地に近づけるわけにはいかない。向こうのチームが遠隔で止められない以上、ここで止めないと――」


 そこでレンが言葉を止めミツルを、いやその背後を凝視する。

 ミツルもその視線に気付き、背にした国防チームの管制テーブルをふり返った。


 呆然としたキャシーはともかく、シノンの手は二つの機器を忙しなく行き来して……。


「シノンさん、その着用端末ウェアブレットでなにしてるのかな?」


「通信を、回復させようと……あっ」


 レンに答えたシノン。その着用端末ウェアブレットに黒い鳥のアイコンが群がる。


 ミツルが目を戻せばレンがゴーグル着用端末ウェアブレットの弦に指をかけており、何を起動させているかは言わずともわかる。


「レンなにやってんだこんな時に!」


「落ちついてミツルくん。上を」


 一方的にスワローを追い払うグレイバード、しかし再度の逆転が起きた。

 スワローの下降からのオーバーシュート軌道に対応できずに、グレイバードが無様に翼をもたつかせる。その様にミツルは一目で異変を察する。


 レンは静かに言い放った。


「シノンさん。悪い事は言わないから両手を頭の後ろで組んで地面に――」


 彼女を声をかき消す騒々しい吸排気音。

 次いで格納庫わきの金網が弾け飛び、そこから白黒パンダ塗装の何かが回転灯を閃かせ、テント群の中央に飛び込んだ。


 ――民警の装甲SSCホバー


 多角形の装甲板で覆われたホバークラフトがテントをあらかた吹き飛ばして停止。

 そのボーディングランプが開くや、中から中世の鎧めいた重機動服《ヘビーPAS》を纏った隊員が数名飛び降り、丸っこい対人捕縛火器セイフティ・ディスチャージャーの先端をミツルたちに向ける。


 しかし――。


「ここまでね」


 シノンのつぶやきと共に国防軍のハンガーから噴いた爆轟が、胡乱な鎧たちを飲み込んだ。


 さらに二度、三度と爆発が重なり、遠く近くと地震めいた振動がミツルたちを襲った。鉄板の地面を下からえぐる火柱の列が並び、濛々たる煙が周囲に立ちこめる。


 しゃがんだまま動けずにいたミツルに、やがてスッと煙の中から白い手が差し出された。


「ミツルくん、ここは危険よ。こっちに来て」


 彼を助け起こしたのは、物々しいガスマスクを被ったハナだった。


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