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20.理不尽の行く先に


 少し高めの朝日を浴びた滑走路に、三機のキャリアトラックが進入する。


 イスルギ重工の試験用滑走路脇にはすでにいく張りものテントが並び、中では国防陸軍チームの技術者たちが試験の準備を進めている。

 重機係のメンバーは到着するなり、負けじと臨時の整備場を展開していった。


「ゆっくり降ろせ、下手な傷を付けるんじゃねえぞ!」


 技術班によってキャリアトラックから降ろされた三機の重機が、覆いを解かれて陽光に純白と三色の肌を晒す。

 これが直には初顔合わせという事もあり、国防軍チームの多くが初めて目の当たりにする救命重機たちに声のない驚きを示していた。


「相手はまだ顔を見せないのか?」


 レンがミツルに、黒塗りの相手ハンガーの扉をアゴで示して鼻をならす。

 ミツルたちも相手の姿を今日こそ拝めるものと期待しているのだが、焦らしているのか一行に出てくる気配がない。


「案外、故障中だったりして」


「それなら今日の勝負は不戦勝ですね」


 軽口をたたき合うサクラとアオイが、それぞれ赤と青のスーツをよじって相手のハンガーを見る。

 すると通用口が開き、中から姿を現したのは軍服姿のキャシーと、白衣を着て身を小さくしたシノン。

 キャシーがミツルたちにツカツカと歩み寄り、鼻息も荒く宣言する。


「定刻の午前九時を持って、トライアルの実機性能評価を開始しますわ」


「そっちの機体がまだ見えないようだが」


 レンとキャシー。

 背の差がありすぎる両者の視線がしかし龍虎のごとく拮抗する。


「どうせ負ける方々に、あまり見せびらかす事もないと思いましたの」


「大した自信で結構だね。故障してるんならは技術班でも貸そうかって話してたんだけど、いらない心配で助かったよ」


 挑発を挑発で返されてキャシーの目つきが険しくなるが、一回り以上年の離れたレンはそれに動じず祖父譲りのメンチを切る。

 ただでさえ誕生日の予定が潰されて殺気立っているのだ。

 ミツルですらうっかり触りたくない。


「言いましたわね?」


「言いましたとも。そっちの勝手な要求に振り回されて嫌な気分なんでね。これ以上逆撫でされても、ヘコむほど神経残ってないんだよ。勿体ぶってないでご自慢の機械を見せてもらおうじゃないか。それともやっぱり故障したのかい?」


「こ、の――シノン!」


 口喧嘩に敗北したキャシーが、いつもの調子で哀れな女技術者を怒鳴りつける。


「は、はい……えっと」


「ハンガーを開けなさい。〈グレイバード〉と〈グレイウルフ〉を出すのよ」


「はいぃぃ……」


 鞭で脅された小動物のように、ビクビクしながらシノンが着用端末ウェアブレットを操作する。


 三度のブザー音とロックの上がる重々しい音が響き、見上げるほど大きな黒い扉が開かれていく。

 朝日の一筋が内部にさし込みガラスに当たってキラリと光る。

 やがて白日に晒されたそれは、鳥の名を冠するに相応しいシルエットを備えていた。


 複雑なパネル構成で作られた鋭角のデルタ翼。

 背には二連のエンジンポッドが盛り上がり、尾羽のようにV字尾翼が突き出る。

 機首は滑らかな強化グラスに覆われ、そこだけは猛禽というより試験管か何かのようだった。


 ミツルは驚きつつも子細に観察する。


 機体色は国防軍でおなじみの暗いグレー。

 翼面にはライトグレーとロービジマットのレッドでラウンデルが描かれ、パネルに沿って多数の注意書きやエリアラインが走っていた。

 目立つのは機体の小ささで、戦闘機然とした風貌に似合わず全長は8メートルもない。


 ――オーソドックスな航空機……いや、〈F.L.A.M.E.(フレィム)〉を搭載しているなら、何かしらの自由稼働部位があるはずだ。


 そう思ってミツルは流線型の機体に視線を這わせたが、着陸脚のタイヤで接地し、牽引車に引かれるその姿に目立つ特徴は無い。


「これはまた……なんとも」


「どう? これが我がプロジェクトの〈グレイバード〉ですのよ。スーパークルーズ能力を有し、空戦性能も通常の戦闘機を遙かに凌駕しますわ。そしてさらに……」


 キャシーが手で示す先、グレイバードの奥からもう一機がエンジンの雄叫びを上げて自走してくる。


「これが〈グレイウルフ〉ですの!」


 狼と銘打たれるには少々不格好だが、ミツルはその機体、おそらくは装甲車だろうものに目を見はった。

 基本構成は四輪の全地形対応車両オムニサーフィスビークルだが、盛り上がった四方のタイヤハウジングは明らかに〈F.L.A.M.E.(フレィム)〉による稼働軸を畳み込み内蔵している。

 中央の車体は細い紡錘形で、こちらにも頭のように試験管めいた操縦席が備わっていた。


「どう、八連マルチディスチャージャーと対弾装甲を備えた全地形踏破型の装甲車両は。あなた方の玩具より強そうと思わないかしら」


「……かっこ悪ッ」


 素直な感想だったのだろう。

 だがサクラのつぶやきに、キャシーが鬼の形相でふり返る。


「今、なんて言ったの?」


「いや、だってこれ格好悪くない? せっかく僕らと同じフレームを使ってるのに全然動きそうじゃないし。皮ばっかり厚くて不格好だよ」


 サクラの意見にミツルも口には出さず同意する。

 彼の目から見ても二機にはあまり華を感じない。見てくれのスマートさと機能を追及したのだろうが、何というかそう、三機と比べると明らかに洗練が足らない。

 折角の自由可動機能も、木に竹を接いだような違和感となって二機の不格好さを強調していた。


 ――間に合わせた、そんな匂いががプンプンだわな。


 失礼を承知でかみ殺せない笑いを彼が浮かべた、その直後。


「ふざけるなっ!」


 キャシーが突然サクラを平手打ち……いや拳で殴りつけ、そしてキッとミツルを睨んだ。


「知ってるわよ、こいつ自律型ロボット(パイロット)なのよね? あなた、こんな悪趣味な反応をプログラムするなんてどうかしてるわ! この異常者、オタクの能なしが……きゃっ!」


 激昂する彼女の後頭部を襲ったのは、怒りに燃えたサクラの平手打ちだった。

 とっさにアオイとメーテルがサクラを押さえつけるが、彼女は静かな顔で二人を振り解くと、腰に手を当ててキャシーを見据える。


「今のは僕の分だ。僕が怒ったのは殴られたからだし、ティーチャは関係ない」


「ロボット風情が怒ったですって……」


「風情、とおっしゃいましたね」


 表情も口調も殺して、ふわりと二人の間にヒトミが割り込む。


「私たちは確かにロボットです。しかし、あなたに軽蔑される理由はありません。あなたを怒らせた事は謝りますが、だからといって……暴力を甘んじて受けるいわれはありません」


「作り物の人形が何を言い出すの。心だって持ってないクセに!」


「では聞きますが、あなたは自分の心を定義できますか?」


「は? 人間だから心があるに決まってるじゃない!」


 やけっぱちにそう言い返すキャシーに、ヒトミの目に憐憫にも似た眼差しが宿る。ミツルは思わずヒトミに駆け寄り、首を振ってそれを止めた。


 ――軽蔑はいけない。


 恥じるように頭を下げたヒトミに代わって、ミツルはキャシーの正面に立つ。

 その怒りの目を正面から受けながら、彼は娘たちの怒りを自分が代わりに表明すべきだと信じて声を荒げた。


「アンタ、人間だから心があるって? 何の証明にもなってない。人間だって突き詰めれば機械だ。こいつらと違いがあるとすれば、生ものかどうかぐらいの差しかない」


「だから何よ」


「わからないのか? 意思は俺が与えたんじゃない。こいつらが自分たちで掴んだものだ。良いも悪いも、こいつらは自分の倫理的論理式モラルコードで判断できる。そして、そんなこいつらを怒らせたアンタの暴力は――理不尽なんだよ」


 ミツルはキャシーの胸ぐらを掴む。


「その理不尽で、アンタは俺たちも怒らせた。誰もがアンタのワガママを聞いてくれると思うなよ」


 彼の突然の、そして明らかな暴力の気配に、しかし誰もが見るだけで動かなかった。


「勝負には乗ってやる。だが、それでこいつらを傷つける気なら……俺はアンタを一生許さない」


 誰が悪いかといえば、それはおそらく無責任な挑発を続けたキャシーであり、それに乗っかって喧嘩腰になった三課の誰もがそうなのだろう。

 ミツルの怒りは当然自分も向かっている。


 だから誰かが、もう終わりにしなければならなかった。


 ――わかり合うチャンスを潰して済まないが、俺が引き受けさせてもらう。


 完全に気圧されたキャシーは捨て台詞すらなく、彼の手を振り解くとハンガーへと逃げていく。もはやシノンにすら構っていなかった。


「……悪ぃ」


「いや、実りのない事はするべきじゃなかったな。むしろ済まないミツルくん、君に損な役回りを押しつけてしまった」


 駆け寄ってきてしおらしく謝るレンの頭を撫で、ミツルは四人娘にも向く。


「もうわかってると思うが悪い例だ。怒った事は正しいが、それで人に機害を加えちゃいけない。怒りに怒りで応じたり、一方的に蔑むのもよくない」


「ごめん、ティーチャ」


「謝る相手は俺じゃないぞ。ただ今はやめとけ……そう、勝ったあとがいいな」


「そう、ですね。ありがとう、ございます」


 キャシーに取り残されたシノンが、どこかホッとした顔で皆に軽く頭を下げる。


「しかし、驚きました。彼女たちは、レベルナインを超えてるんですね?」


「あ、ああ、まあな」


「実に、興味深い、ですね……」


「それは何よりだが……だからって勝負は投げないんだろう?」


「まあ、仕事、ですから。しかしあなた方には幸運かも、あるいは不幸かな」


 シノンの意味不明のつぶやきに怪訝な顔をするミツルだったが、彼女はちょこんとお辞儀すると、トコトコと自らの機械たちへ、灰色の獣たちへとと去っていくのだった。


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