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19.二月二十八日 早朝


 救命重機係ブルーバード 対 国防陸軍開発計画グレイビークル・プロジェクト

 

 二〇六三年二月二十五日より始まった両者の技術コンペティションはまずオン・データ、つまりシミュレーションにてその幕を開けた。


 無論、機動広報三課にとって有利な戦いではない。結論から言えば三日に及ぶシムは惜敗に近い。

 性能だけなら五分という場面もあったのだが、レギュレーションを作ったのが国防軍という時点で判官贔屓は当たり前。圧倒的優位なのは稼働時間や生存性だけで、後はことごとく相手に勝ち星を取られる形となっていた。


 だがそれでもミツルたちは引かなかった。


 何度もキャシーの得意顔を見せつけられながらも彼らが白旗を揚げなかったのは、ただ自分たちの作品を、育て上げてきた四人の娘を信用していたからだ。


 後にミツルは、勝算はあると思っていたと語る。


 計算機の上でスペックをぶつけ合った三日の間、重機係は三機の仕上げに全力を傾けた。

 直接の対決に彼らが見いだした勝機。それは相手が、三年前と変わらず有人型の試作機を使っている点だ。

 三年の技術の進歩が、はたして〈F.L.A.M.E.(フレィム)〉の有人制御を可能としているかはわからない。

 しかしかつて成し遂げられなかった事を、彼らの娘たちはすでに現実としている。機密のベールの後ろで爪を研ぐ灰色の獣たちがいかに人に従順であろうとも、重機係の誰もが、四人の娘たちすらも、それに遅れを取る気など有りはしなかった。



 ***



 二月二十八日、早朝。


 まだ明け切らぬ暗い空に、鮮やかな空色の帽子が振られる。


「送り旗ァ止め! 俺らも出るぞ!」


 アキヒロ班長の号令に、三台のキャリアトラックを見送った技術班が各々のトラックに跳び乗る。

 今日こそは真剣勝負。重機係は信じる娘たちのために最高の、やもすれば最後となる支援を誓う。


 鉢巻きに『闘魂』と銘打つツカサ。

 美貌に希望を飾るイチロー。

 眼鏡を正すタギシ。

 野趣に凄みを利かせるノアサ。

 冷徹と怜悧を顔に湛えるミナ。

 悲痛な、しかし切なる願いを抱くヒロコ。

 そしていつも通りの、鋭く実直な眼差しのアキヒロ班長。

 彼らが整備トラックのドアを閉じ、モーターも音高く無人のハンガーに壮行歌を轟かせた。


 先行するキャリアトラックの座席ではミツルが、レンが、アオイがサクラがヒトミが、そしてメーテルが今日の勝利を願い、明日また笑って会えるようにと念じる。

 そこに人間と人工知能の違いはなかった。


 海風を浴びるハンガー屋上のヘリポート。

 手配されたヘリのタラップにトクガワが足をかけ、蒼穹に消えていく星を一瞥する。この場にいないオフィスのメンバーから、彼は一枚の寄せ書きを預かっていた。勝利したら四人娘に見せるとの約束だが、彼は正直なところただ一人、今日の敗北を悟っていた。

 

 手は尽くした。それが功を奏したとは信じたい。

 だが相手がいかに手強いか、彼は嫌というほど知っている。


「万に一つ……でも、星に願いを」


 明けの明星かどうか定かではないが、彼は水平線に近い星に希望を祈った。

 年を取ったせいか、もう眼下の若者たちほど純粋な願いは持てない。こうしている間にも、重機係が消滅した後の身の振り方がいくつも浮かぶ。


 そんな彼でも、今日ばかりは祈らずにおれなかった。



 ***



 予感に駆られて、ハナはホテルの窓からふっと職場の方向を見た。


「そう言えば今日だったわね」


「ミッチの所のコンペか」


 予想どおりにホテルの部屋を散らかしまくったエリカが、クマのできた目をこすって答える。


「メーテル、頑張ってくれるといいのだけれど」


「信用してやれよ。お前とミッチが手塩にかけて育てた娘だぜ」


 エリカがファイル端末を取ってハナに放る。

 仲間たちの三日の苦闘がイメージ付きのメールとなってそこに山ほど詰め込まれている。

 筆まめなメーテルは、例え連絡が付かなくとも主への報告を欠かさなかった。


 数十人に及ぶ面通しに疲れ、ハナは丁寧に綴られた愛娘の手紙とそこに添えられた写真をめくって微笑む。

 課の皆の奮闘、芳しくないシム結果、相手チームの姿。

 写真の腕は良いとは言えないが、彼女と繋がっていたいというメーテルの思いがひしひしと伝わってくる。


 しかし、彼女の目は一枚の写真に吸い寄せられ、微笑は霧散する。


「……どうかしたか?」


 臨時とはいえ相棒のただならぬ様子に困惑するエリカ。


 そんな彼女を置いて、ハナはその写真を凝視し、静かに傾け……次の瞬間、猛烈な勢いで自分の着用端末ウェアブレットを操作し始める。


「まさかそんなはずは――いえでも、これは……間違いなさそうね」


「なんだよ血相変えて」


「エリ、ペッパーの潜伏先が割れたわよ」


 彼女が壁面に送ったある人物の身分証を見て、しかしエリカは戸惑った。


「これが……ペッパーだって?」


 戸惑うのも道理だ。ハナが教えたペッパーの人物像とも違うし、外見の特徴すら正反対を向いている。

 だが隠せぬ特徴が一つ、ほんの一瞬の油断だったのだろうがメーテルの写真にそれが捉えられていたのだ。


「間違いないわ。例えどれだけ顔に手を入れても、この眼差し、この表情だけは隠しようがないもの」


 彼女の頭脳は疲れを振り捨て、ペッパーがその人物になりすました理由を手早く、そして幾通りも推察する。


 その立場でしか触れられない物は何か。

 それを使えばどんな犯行が可能か。

 その中で、彼女の知る〈ペッパー〉ならばどれを選択するのか。


 やがてたどり着いた答えに、ハナは急いで五課とサカキをコールしつつ、エリカを呼ぶ。


「エリカ、特捜補を呼び出しなさい。最優先の保安課題が発生するわよ」


「最優先だって? おいハナ、自分だけ納得してないで説明しろよ」


「時間がないの。サカキさん〈アイオライト〉の位置は?」


『昨夜イスルギを出航して、今は南太平洋上だね』


「そう。可能なら要人の避難準備を。ササメさん、五課の機動服《PAS》部隊に招集を、対装甲テロ装備が必要になるわ」


『その理由は?』


 着用端末ウェアブレットから不信げに見返してくるササメに、ハナは珍しくも怒りを露わにする。


「事は一刻を争うの! テロの決行日は今日よ。目標は――」


 その言葉が放たれた瞬間、エリカも、ササメも、そしてサカキすらも凍り付く。


 彼らはまたしても後手に回った。

 だがまだ間に合うかも知れない。


 エリカがハナの肩を叩き出発を促す。彼女は肯き、支給された防弾ベストを引っつかんでいた。



 ***



 全ては二月二十八日の早朝の出来事だ。


 まだこの時点では、イスルギの誰もが、今日は普通の水曜日になると信じて疑いもしなかった。


 ただ一握りの人間だけが、この日に運命の分岐点がある事を知っていた。


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