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1.四発エンジンの守護天使


 イスルギ国際空港の七番誘導路上。

 レスキューの特殊消防車や待機する救急車に混じり、一見するとパトカーのような白黒パンダ塗りセダンが止まっていた。


『広報331より334。今、ANI206と合流しました』


「確認した、よくやったぞ」


 その車内で、スワローバードことアオイからの連絡に大幸充オオサキ ミツルは額の汗をぬぐう。

 彼の生まれつき優しい丸顔も、さすがにこの緊張の前ではすこし強ばり気味だ。


「ヒヤヒヤものだな、速度は大丈夫か?」


『対気速度はマッハ0.96。こっちは限界ギリギリですが、206便は安定しています』


 スピーカーから流れるアオイの声はあくまでも冷静だ。

 助手席ではまだ年若き係長、東田漣ハルダ レンが落ち着かなげにラップトップ型端末を触る。大きめに新調した彼女のゴーグル着用端末ウェアブレットには多数の情報が踊り、レンは時折、邪魔そうにおかっぱ風ボブカットをかき上げていた。


「相手がマッハを割ったから助かったけど、やっぱりスワローじゃ空気抵抗が大きいよ」


「見てくれはともかく機能はジェットヘリだからな。無理させちまったか」


 管制塔からフィードを受けたレーダー表示を目で追い、ミツルも同意を返す。


 機動広報三課・救命重機係、通称ブルーバードの唯一の航空型重機スワローバード。流線型の胴体に短い主翼と尾翼、翼端に四機のガスタービンジェットを備えるVTOLジェット機だが、その挙動はヘリコプターに近く、滞空や旋回が得意な反面、高速飛行を苦手としている。


「雲を抜けると気流が変わるぞ。それより先に亜音速域を脱してくれると助かるんだが」


 だがスワローバードから送られてくるデータでは、206便の減速はひどく緩慢だ。


「やはり、人間の操縦では限界があるようね」


 後部座席から冷ややかな声が漂ってくる。

 その主は後部シートに座った青い瞳の女性。ミツルと同じく係長補佐の島田華シマダ ハナだ。三人とも同じ空色の制服を着てはいるが、彼女は緊張ぎみな前席の二人と違って優美に足を組み、管制パネルを片手で操作している。


「ミツルくん、先にCPAを復旧させましょう」


「CPAの復旧? どうやって?」


「あら、わかってるくせに」


 眉をひそめるミツルに余裕で対応するハナ。そこにレンの怒声じみた声が飛ぶ。


「ダメだ! そんな事させないからな!」


 噛みつくようにふり返るレンに、ハナが悠然と視線をぶつけた。


「現状いちばん有効なオプションよ。それとも、スワローごと〈私の娘〉を墜落させたいの?」


「誰がそんなこと、救助に不正な手段は許さないって言ってるんだよ!」


「大丈夫よ、証拠は残さないわ」


「そんなこと……あっ!?」


 レンの驚きにミツルが彼女を見れば、そのゴーグル画面いっぱいに黒いハトの映像が群がっている。それだけで彼にはハナが何をしたのか理解できた。


「おいハナ! レンの邪魔もハッキングもよせ!」


「ミツルくんも心配性ね。あなたと私の娘を信じて頂戴な」


 ハナは優雅に管制端末に指を落とし、優しげな声でに呼びかけた。


「メーテル、始めていいわよ」



 ***



 ミツルたちからまだ遠く、そして遙かに高い空の上。


 スワローバードの後部座席にちょこんと収まった少女は、あるじの声にくっと顔を上げた。


 彼女は人間ではない。

 短い金髪も青い瞳も全て人工物。そして小さな頭と、黒いパイロットスーツに包まれた胸郭に満ちる知性もまた、人の手によって産み出されたものだ。


「メーテル?」


 青いパイロットスーツのアオイは、指一本動かさずに機体をコントロールしながら前席からメーテルをふり返った。

 彼女は〈同族〉の不穏な挙動に困惑する。


「念のために言いますが、アクティブハッキングは推奨できません。ハナさんの言葉はともかく、あなたにはまだ〈電子失調シゾフェル〉の危険があります」


「ご心配なく、アオイさん」


 しかし金髪の少女メーテルはそれを首で否定し、微笑む。


「対象と〈私〉の区別は明確です。混乱はあり得ません」


『こちら206、スワロー、ダメだ、これより早くは減速できそうにない』


「時間がありませんアオイさん。モード・ブラック起動、アクティブハッキング開始します」


 雲の中を縦に並んで飛ぶスワローと206便。

 もし電波や光通信が見えたなら、その瞬間、スワローから放たれた無数の触手が後ろの206便に絡みつくのがわかっただろう。


 メーテル――高度集積された量子中央演算層(COM)に焼き付けられ、レベルナインと称される高度な知性を備えた人工知能パイロットは、通信システムから易々と旅客機のCPAに侵入した。

 いかなる防壁も、彼女の持つ好奇心という名の〈鍵〉の前には無力だ。

 その力で半年前にイスルギを混乱に陥れかけた彼女も、今や立派なブルーバードの一員。多少方法が強引に過ぎるときもあるが。


「CPAから操縦情報をダウンロード。全コントロールを掌握」


「まったく、あなたというは……」


 アオイが呆れて天を仰ぐ。

 だが彼女もまたロボットだ。その造りはメーテルとさして変わらないが、真面目に育ったせいかここ最近、彼女は「気苦労」に悩まされていた。


『スワロー、こちら206だ! 信じられんがCPAが再起動したぞ!』


「……こちらスワロー。了解です、あとはCPAに任せてください」


 当たり障りのない言葉で場を取り繕うのにもすっかり慣れてしまった。

 人間ではないので言葉に嘘が見えないのが救いか。


 ――あとでティーチャに怒られそうですね。それも私も一緒に……。


 誰とも共有しない言葉をプロセッサ内で生成し(つくっ)消去して。

 彼女は諦めると、自らの身体、少女のような身体ではなく、空を駆ける本当の身体に全機能フォーカスを戻す。


「メーテル、こちらの挙動に206便を合わせてください。ここからは直接交信ボイスオフで連係します」


『はいアオイさん。推力シンクロ、スピードブレーキ制御。用意します』


 二人の感じる世界が一気に間延びする。

 それは人間の感じるものより遙かに遅くて濃密な、世界を原子の振動で感じる量子演算の世界だ。

 アオイことスワローが流線型の機体をゆっくりと傾ければ、メーテルこと206便はそれに巨体を追随させる。

 共に風や雨粒をセンサーで感じながら、機械の乙女たちは速度と高度を同調させ、細心の注意で減じていった。


『間もなく雲を抜けますよ。メーテル、こちらの翼端後流がそちらの主翼にぶつかりそうです。位置を再調節してください』


『はい、2メートル下へ――? アオイさん、これを見てください!』


 メーテルが何かに気付いて情報をアオイに渡し、彼女は受け取った違和感を自分でも感じた。

 あるはずのない何かが旅客機のCPAに潜り込んで二人の操作を拒む。

 人間なら小石を飲んだような不快感に、メーテルは旅客機を操りながら正体を掴もうと情報の触手を伸ばし……。


 それが二人を睨んだ。


『探られている!? 相手もインターウェアです!』


『…………アオイさん、私、この子を知って……!』


 次の瞬間、二人は気圧変動の兆候を感じ取った。


「衝撃に備えてください!」


 アオイのとっさの音声は、しかしわずか数語にして何かの衝撃音にかき消される。206便の前脚格納室で起こった爆発が扉と車輪とを吹き飛ばす。


『メーテル、姿勢を安定させてください!』


『はいアオイさん、人型モードで補助をお願いします!』


「スワローバード、モード・アクティベイター!」


 旅客機の直上に移動したスワローバードは、アオイの声でそのシルエットを崩す。


 流線型の胴体は折れ曲がって胸と胴体を形成。

 燕の翼のようにスラリとした脚部を伸ばし、主翼の下から華奢な腕部が展開。

 空気を切り裂いて、翼を広げた猛禽のようなV字のゴーグルフェイスが持ち上がり、蒼い強化グラスの裏に丸い瞳が輝いた。


 その姿、さながら四発エンジンの守護天使エンジェル


 風の化身のような細身の巨人、救命重機レスキューフレームスワローバードは、傷ついて顎の下から煙を噴く巨鯨の頭を上から優しく抱き留めた。

 彼女は世界で三機しかない、人を模した救いの乙女だ。


『耐荷重ハードポイントをキャッチ。こちらのエンジンを206便に同期させます。メーテル大丈夫ですか? 被害を報告してください』


『あ、はい、すみません。前脚収納部で軽微な爆発。前脚は使用不能です。与圧区画と飛行機器に損傷はありません』


『わかりました。メーテル、しばらくこちらを頼みます』


『アオイさん?』


みんな(・・・)と対応を練りますよ。……ブルー、起きなさい』


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