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18.ドリーム・チェイサーズ


 イスルギには市街地のメインアイランドの他に、様々な付属構造物がある。

 例えばレスキュー・イスルギの訓練施設アイランドや、第四世代原子力発電所を備えるエネルギーアイランド。イスルギ国際空港や海中の〈IS.M.O(イズモ)〉通信センター等もそうだ。


 それら付属アイランドの中でも最大なのが、イスルギ重工の総合プラントアイランドである。

 4キロ四方の敷地にはイスルギ重工の開発センターや工場以外にも流通用のコンテナ埠頭や石油化学コンビナート、さらに航空機のための滑走路までが敷設されている。


 滑走路付随のハンガーの一棟。

 小規模な工場と一体化した国防軍プロジェクト棟の会議室からヒステリックな声が洩れる。


「どういう事ですお父様!」


 声の主はカサンドラ入谷、キャシーだ。

 彼女は内地との遠隔会議、というか親子の話し合いに臨んでいたが、そこで生じた思わぬ障害に細い眉を吊り上げる。


「……どうにかしていただけるとお父様もおっしゃったではありませんの!?」


『状況が変わったんだキャシー。イスルギ・コーポから急な申し出があった。二月最終日を除いては〈グレイバード〉の飛行許可が下りない見通しだ』


 パネル越しに愛娘へと渋い顔を向けた入谷宗貞イリヤ ムネサダ陸将は、ロマンスグレーの頭を困り果てた風に撫でつける。


『性能評価だけならシミュレーションでどうとでもなる、という意見もある。無理して実機同士の比較をしなくてもよかろう』


「お父様、それでは駄目なんです!」


 キャシーの憤りには、もちろん重機係技術班との口論ゆえのものもある。

 だがそれ以上に、彼女は重機係の存在そのものを許しておけない。


「常々おっしゃっていたではありませんか、日本の国防は我らの使命にして責務であると。国防技術の開発に民間のプロジェクトなど不要と知らしめる好機なのです。それをあの腰巾着たちの――」


『キャス!』


 父親の強い静止に、彼女は口をつぐんだ。


 結局、国防軍側の思惑からしてキャシーの理想とはかけ離れていた。

 彼ら上層部は三年前のプロジェクト凍結時と同じく、自分たち独自のプランにまるで信用を置いていない。

 念頭にあるのはあの民間の機械を横取りする事だけで、有人型フレーム機を一から完成させる気など毛頭無いのだ。


「……それでも私は、国防の事は国防がやるべきだと思いますわ」


『お前が心配せずとも、今までの働きだけで試作機はこちらに戻る。イスルギだって我々には理解を示してくれているんだ。お前のプロジェクトが真価を発揮するのはこれからだ。わかってくれキャシー』


「お父様がそうおっしゃるなら……従いますわ」


 ノドまで来ていた「わかりませんわ!」という叫びを押し止め、彼女は父親に頭を下げる。

 安堵した父の、切り際のため息が彼女の神経に激しく障った。


「シノン! 視察にいくわよ!」


 彼女は会議室に頼りない副官を呼びつけ、本島行きのヘリに同乗させる。


 ヘリの風ぐらいでよろめくなんて末成うらなり女め。

 彼女はシノンのことすら嫌いだった。所詮は民間の会社員、自分の魂など理解できない身分だ。


「今日は……どういった、理由を?」


「日取りの変更を伝えに行くのよ。ふん、せいぜい慌てるがいいですわ」


 過ぎゆく海面を眼下に、彼女は動揺する重機係を想像して薄く嗤うのだった。



 ***



 歓迎されない事は百も承知。

 だがこれは、キャシーの予測とは正反対だ。


「いったい、なんなんですの……」


 架台に載せられた三機に真新しい機材が急ピッチで装着されていく。

 作業に従事する技術員たちは真剣そのもので、指揮する班長を含め誰もがキャシーに気づきもしなかった。


「完了、三分十二秒! おめえら弛んでるんじゃねえぞ!」


『アイサー!』


「次、コンバット給油!」


 多関節クレーン六機が居並ぶ重機にLNGの急速充填を開始。

 鬼気迫る光景に言葉を無くすキャシーに、横に立つトクガワ課長が声を掛ける。


「ちょうど昨日、塗装が終わりましてね。いやもう二十二日ですからなあ、最終調整とシム用のデータ取りはギリギリだそうですよ。はっはっはっは」


「二日しか、ありませんが。間に合わせてもらって、ありがとうございます」


 シノンがぺこりと頭を下げるのを、キャシーは呆然と眺める。


「凄い迫力でしょう。臨場を想定した訓練も兼ねてるんですよ。これで万全、とは言えませんが、まぁうちの課は何でも頑張っちゃいますからなあ」


 トクガワの声すら、彼女の精神までは響いてこない。


 熱意、いや、そんな言葉では片付けられない。

 ここから見える全てが、夢の存在を追い求めるような、そんな異様な活気に満ちていた。

 組み上がった三機の重機はどれも彼女の美的センスからすれば不格好。しかし実用の美とでも言おうか、目的を果たすための確かな機能を感じさせる。


「……って、いけませんわ!」


 危うく魂を持って行かれそうになり、キャシーは頭を振って表情を尖らせた。


「この程度で我らを凌いだと思わないことね。そう、今日はコンペの日取りの変更を伝えに来たんですわ」


「日取りの変更、ですか。期日は変わらないんですよね?」


「こちらが、詳細になります」


 シノンがファイル型端末からトクガワの手帳端末へ、変更になった日程を送る。

 本来の予定では来週日曜、二十五日に〈性能値のみ(オン・データ)〉のシミュレーション試験が、続く二日で実機を使った直接評価試験が行われる見通しだったのが、飛行許可が下りない事を理由に実機試験を二十八日に延期したスケジュールだ。


 それを確認したトクガワ課長は、一瞬だけ明後日の方角に目を投げる。


「あー……二十八日は課の休日なのですが――これで変更は無いと?」


「ありませんわ。むしろ実機試験が一日で終わる分、いいスケジュールじゃありませんか」


 何の動揺かは知らねど、キャシーは相手の戸惑いにここぞとばかりに鬱憤をぶつける。


「感謝してくださって結構ですのよ。それでは二十八日、重工アイランドの試験滑走路でお待ちしておりますわ」


 ほんの少しだけ軽くなった足でキャシーは踵を返す。

 だが背後の小声が、結局は彼女を苛つかせる。


「ご迷惑を、おかけします」


「いえいえ……ですがまいったなぁ。あの二人にどう伝えたもんですかねえ」


「シノン! 来なさい!」


 哀れな一般人を怒鳴りつけたところで、それは晴れるものではなかった。



 ***



 案の定、と言うべきだろうか。

 課長から日程変更の知らせを受けた瞬間、レンがへたりとコンクリート床に座りこみ、ミツルすらめまいを感じてそれに並ぶ。


「……ジョー、私たちだけ外してもらうわけには」


「さすがにねえ、実機が出るのに現場責任者不在はマズイでしょ。ハナくんがいればまだなんとかなったんだけどねえ」


「課長、チケットの払い戻しとか利きます?」


「善処してみるけど、期待はしないでくれよ」


 トクガワの気の毒そうな顔もあまり効果はない。


「オン・データだけで……も無理だよなあ。相手はあの女だしなあ」


「もう諦めよう。ミツルくん、君の気持ちだけで充分だったから」


 諦めようと言われて諦められるものでもないが、ミツルはレンがそう言ってくれた事に、気持ちを強く立て直そうとする。

 二人にとっては悲報でも整備班や三人娘にとっては朗報なのだ。


「調整に時間が割ける。そうだ、それでいい、それでいいんだけど」


 でもやっぱり引かれる後ろ髪をなくせない彼であった。


「ティーチャ! ……どうしたの?」


 真っ先にパックの組み込みを済ませたサクラが、赤いスーツ姿で二人に寄ってくる。その顔からは一切の心配が消え、使命に燃える熱さすら垣間見える。


「いや、何でもないんだ。喜べサクラ、機体の調整にあと二日かけられるぞ」


「ホントに? やったね、これで僕らも万全の状態でで挑めるよ!」


「その話本当ですか」「助かりますねアオイさん。私にも慣れが必要でしたから」


 スワローから出てきたアオイとメーテルが手を打ち合わせる。


「しかしそうなるとぉ、休日返上という事になりませんかぁ?」


 最後にヒトミが合流するが、推論マニアに掛かれば二人の苦悩はお見通しだ。


「そうだよ。ティーチャとレンちゃん、水曜は予定あるんでしょ?」


「それはいい。もういいんだサクラ。俺たちの心配はするな」


「ああ、私たちよりお前たちだ。チャンスをふいにしないでくれよ」


 ガシッと手を取って見上げるミツルたちに、四人もその思いをしっかりと受け止める。


「わかりましたレン係長。私たちも精いっぱい頑張ります」

「ええ、絶対に勝って見せますからね、ティーチャ」


 スワローチームが肩を組んで背後の架台を見上げる。

 スワローバードは新型パックのおかげで精悍さを増し、それでいてシムのような攻撃性は感じられない。


「性能で足りない分は、僕らが絶対に補ってみせるよ」


 架台のハウンドと共に、サクラが力強い視線を二人に向ける。

 ランチャーこそ一門しかないが、頼もしさは薄れるどころかむしろ増していた。サクラの自信と心強さの分だけ、改設計案のプレゼン映像よりも屈強にすら見える。


「私たちの強みを、しっかりと発揮して参りましょうねぇ」


 ドルフィンとヒトミ。

 愛嬌と可愛げがありながらも、どこか人を包み込む強い優しさが備わっている。しっかりと地に足を付けた新たな姿は、より一層強くなった彼女の心を表現しているようにも思えた。


「お前ら、また大きくなったな」


「えっ、僕ら容積はあんまり変わってないと思うけど」


「サクラ……そういう話ではなありません」


「照れます、ティーチャ」


「ふふ、ありがとうございますぅ」


 四者四様。

 いつもと変わらないその反応に苦笑し、そして同じ表情のレンとうなずき合って。ミツルはハンガーの大扉から覗く空を見据えた。


「待ってろよ。うちの娘たちが本当の強さって奴を見せてやる」


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