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17.ヴァレンタインズ・レディオ


 ミツルたちがハンガー前まで車を寄せると、なぜかそこには技術班が勢揃いしていた。

 

 といって歓迎されているような感じではなく、かといって敵対されてるわけでもない。六人の男女は両手に水の入ったバケツを握らされ、ざらつく夕暮れに滴る汗を光らせていた。


「どうしたんですか?」


 思わず窓を開けて訊ねるミツルに、本日二つ目のタンコブをリーゼントに作ったノアサが答える。


「いやぁ班長にバカ騒ぎ見つかってな。休憩抜きの整備の後ばつとーばんだ」


「罰当番って、学校じゃないんですから」


「それ班長にも言われましたよ。『おめえらがガキなら、ガキらしく立ってろ』って」


 二の腕をプルプルさせてタギシが呻く。

 並ぶミナやヒロコも似たようなもので、普段が普段だけに相当堪えているようだ。


「ふんっ、はっ、これぐらい、どうという、事は、ないわ!」


「ごひゃくはちじゅういち、ごひゃくはちじゅうに……」


 ……ハウンド組の二人だけは、元気にバケツスクワットで滝の汗を流す。


「なんというかまぁ、ご愁傷様です」


「ははっ、あんがとよミツル」


「待つのだ!」


 窓を閉めようとしたミツルをツカサが呼び止める。


「はっ、後ろに、くぉっ、あいつらが、いるのだろう? ちょっと、用事が、あるっ!」


「いますけど……おーい、ツカサがお前らに用事があるそうだ」


 ミツルが後席のウィンドウを開け、そこから三人娘が揃って顔を出す。


「元気かっ、サクラ?」


「僕はね。ツカサも元気なんでしょ?」


「当たり前だっ! 元気でなければ、こんな事は、できんわ!」


 彼はスクワットをやめなかったが、しかし袖で汗をぬぐうとサングラスをギラッと輝かせてサクラを、そして後ろの二人を真っ直ぐに見る。


「昨日は! 済まなかった! よく考えて、みたのだが……」


 スクワットの辛さなのか、はたまた別の理由でもあるのか、ツカサの二の句が止まる。と、横のイチローが優しげな笑みを浮かべて助け船を出した。


「ツカサ先輩は、昨日、帰ってから、パックの再々設計で、徹夜したんですよ」


「止せイチロー、言わんでいいわ! はうっ!」


 途端にバケツを手放し腰を押さえるツカサ。

 イチローはそれを見てくすっと吹きつつ、サクラにウィンクする。


「とにかく僕らは考え直した、それだけは伝えたかったんですよ。ほらもう先輩、無理な運動は身を滅ぼしますよお」


 サクラはイチローの言葉を転がすように頭を揺らし、やがて硬いはにかみ顔でうなづいた。


「うん、わかった…………僕もごめんなさい。急に怒ったりして」


「みんな、あなたたちが大切なのよ」


 ミナが車に寄り、サクラだけでなく二人にも声をかける。


「つまらない勝負で三人に迷惑が掛かるのが嫌だったの。先輩はちょっとアレだったけど、考えてる事はみんな同じよ、そうよね?」


「そうだよ」「だよな」「ですね」


 ミナの後ろで技術班が相づちを打ち、思い思いの顔で担当する娘に暖かな視線を送った。


「だからサクラちゃんも、アオイちゃんもヒトミちゃんも、許してあげてくれないかしら」


「許す、という行為が適当かはわかりませんが……」


 最初に声を上げたのはアオイだ。彼女はばつが悪そうにうつむきつつ、ノアサとタギシを見てつぶやく。


「私も昨日の態度は不適当だったと……その、反省しています。お二人には心配をかけました。済みません」


 いいってことよ、とノアサが手を振り、タギシは頭を掻いてうなずく。

 そこでホッとした顔のアオイを押しのけ、ヒトミが担当の二人と額を付き合わせた。


「とはいえ、ちゃんとした設計が来るまで私は拒否しますよぉ。ね、ミナさん、ヒロコさん」


「もちろんよ、任せといて!」


「金輪際先輩にバカな真似はさせないからね」


「言われんでも、まともなプランは策定済みだ! あいたたたっ」


「先輩、格好つきませんねえ」


 ミナとヒロコのガッツポーズに割り込もうとしてツカサが腰痛を悪化させ、それをイチローがツンツンといじる。

 場にからりと心地よい笑い声が満ちた。


「ほお、仲直りか?」


 じゃりっと地面が鳴り、技術班の笑顔が凍り付くまでであったが。


「お前ら、俺がいつバケツ放していいと言った! 延長だ!」


 いつの間にかハンガーの通用口に立っていたアキヒロ班長の叱咤により、彼らはバケツを持ってふたたび整列。

 班長はやれやれとため息をつき、ミツルに班員たちをアゴで示した。


「ま、そういうこった。悪ぃが再設計は三日ぐらい待ってやってくれ」


「ギリギリですね」


「俺たちにはいつものこった。期待しねえで頼むぜ」


「期待してお待ちしております」


 車がハンガーに滑り込む。

 その助手席で一部始終をポカンと見ていたメーテルは、停車間際に少し寂しそうな顔でミツルに問いかける。


「私にも身体があったら、あんな風になれるのでしょうか?」


「羨ましいのか? 心配すんな、いつかお前にも立派な重機からだを作ってやる。約束するよ」


 二人が視線を投げたバックミラーには、サクラたちの幸せそうな顔が並んでいた。



 ***



「本当に私の出番はないもんだな」


「悪い、事後報告になっちまって」


 四人娘をメンテナンスベッドに寝かせるや、ミツルはレンのオフィスに駆け込んでいた。

 彼女は話を聞いてふてくされるが、平謝りのミツルに肩をすくめて笑う。


「まあ、事の主役はあの娘たちだものな。自分たちで解決してくれたのは歓迎すべきだろう。ミツルくんも変な心配はしなくてよかっただろう」


「まったくだ。お前にもハナにも言われっぱなしだよ」


「ハナ? あの女は」


 直った機嫌が一瞬にして荒れ模様。

 レンは舌打ちを鳴らし本格的に不機嫌な顔で、ワークスペースのパネルに一枚の書類を出す。


「こんなの来てるんだけど。アイツはどこ」


「昼過ぎに特捜補に連れて行かれた。たぶん要件はその書類と同じだ」


「捜査特別協力の要請……ねえミツルくん、あの女今度は何をやらかしたの」


「実はかくかくしかじか――」


「まるまるうしうしと言うとでも思うかい? 手短に報告」


 冗談の通じる雰囲気でもなく、ミツルはレンに事の次第とメーテルからの情報を明かす。

 レンにさして驚いた様子はなく、むしろいくつかの単語に興味を引かれた様子だった。


「〈EGRET(イグレット)〉――ネバダの警察にいた時、たしかアフリカ方面のトピックにチョロチョロ出てたけど」


「お前まで何か知ってんのかよ」


「いや、聞き覚え程度だ。とにかくハナはしばらく戻ってこないんだな。まったくこれから忙しくなるってときに……なんだその下げた頭は、君になんの責任もないだろう。あの女が犯罪に手を貸したのが悪いんだ」


「そりゃまあそうだが、何となく、な」


「とにかく、三人が問題を解決したなら忙しくなるぞ。私の誕生日のためにも、君も少し書類の受け持ちを増やして欲しいかな」


「わかった。と、そうだった」


 ミツルは大事な要件を思い出し、腕巻き着用端末ウェアブレットに指を滑らせる。

 ポン、という着信音がして、レンのワークスペースにスケジュールが送信された。


「なんだいミツルくん、ってこれ誕生日のスケジュール!

 ……ミツルくん、これ、嘘じゃないよね」


「本気にしてくれ、頼む」


 表示された午後の予定。それは豪華客船〈アイオライト〉でのディナークルーズだった。

 それも前日の夕方にイスルギを出港する〈アイオライト〉に乗り、休日をめいっぱいレジャーに使った上での、というおまけ付きだ。


「どうやってこんな豪華なチケットを取ったんだい? 倍率がものすごいって聞いてたけど」


「課長がコネ持ってるって聞いて、ダメ元で言ってみたら『いいよ、ついでの用事もあるし』とか言って取ってくれた」


「ジョー……グッジョブ。しかし前日の宿泊付きって予算は大丈夫なの」


「ギリ。ギリだけどオッケーだった。約束しただろ、すっげえ誕生日にしてみせるって」


「――もう、君って奴は」


 抱きついてくるレンを受け止めるミツル。

 首筋に感じる彼女の額は熱く、顔は見えないがすする鼻で喜んでくれているのがわかる。遅くはなったがこれで帳消しだろう。


 ――まだサプライズも残ってるしな。


 彼が心中ガッツポーズを決めたところで、レンがツイッと彼を見上げる。


「ところで――部屋は一つなんだよな」


「もちろん、別部屋を取る金はなかったし、それに……なあ、俺らも付き合って半年だろ?」


「だよ、なあ。ううん、うん。わかってるよミツルくん」


「あ、いやべつに、そんな含みがあるわけじゃないぞ。嫌ならベッドだって広いんだし」


 図らずもダブルベッドであるとバラしてしまったミツルであった。

 互いに顔を真っ赤にして黙る。そんな時間が一分過ぎ、二分過ぎ。今度はレンが何かに気付く。


「そうだミツルくん、別にお返しというわけじゃないが」


 彼女は仕事場横の小物入れに寄り、中から緑色の包みを取り出す。それを両手で差し出しながら、しかしハタとと思い当たってニタッと笑う。


「まさかミツルくん、私に合わせてくれたんじゃないか?」


「へ?」


「日本じゃまだバレンタインデーは女性がチョコと一緒に愛を告白する日なんだろう? でもほら、私はずっと男女が愛のプレゼントを交わす日だと教えられてきたし」


「……ああ、そういや……そういうことだ。たまには俺だってサプライズをするさ」


 思えばアメリカ生まれの彼女だ。バレンタインデーの意味合いも日本文化のそれとは違うだろう。

 ミツルはとっさに彼女の勘違いを利用したが、という事は彼女の包みもチョコレートではあるまい。


「ちなみにこれは?」


「開けてみてくれ、気に入らないかも知れないが」


 彼が包みを開くと、出てきたのは一冊の本だった。

 ハードカバーの洋書で背表紙はだいぶん古びているが、前の持ち主が丁寧に扱っていたのか、赤の絹地は鮮やかな色を保っていた。


 題名をなぞったミツルは、すぐにそれが有名な物語のものだと気付く。


「私の秘蔵の一冊だ。豪華版の初版、天然紙だから扱いには注意してくれ」


「いいのか、こんなのもらって」


「暗記するほど読んだからな。まだ子供だった私を救ってくれた本だ。英語版で申し訳ないが、論文英語が読めるなら大丈夫だろう」


「……大事にさせてもらうよ」


 この本が手に入った驚き。英語で書かれているという困惑。彼が意外に読書好きだと知っている事。

 それらの感情よりも、レンからプレゼントを受けたという喜びが彼を震わせる。


 だがミツルが思わず表紙に指をかけると、レンがサッとそれを止めた。


「あ、とな……それ、できたら家で読んでくれ」


「ん? ああ、わかった」


 取り落とすのを心配したのだろうか。ミツルは苦笑しながら本を包みに戻し、脇に抱えて改めて礼を言う。

 なぜか耳まで真っ赤にしたレンは、仕事があるからと彼をオフィスから追い出した。


「凄いものをもらっちまったな」


 独りごちて彼は二階へと戻る。

 だが今日の彼の驚きは、まだ全て見せてはいなかった。

 

 メンテルーム兼教室の前まで来て、彼はその明かりが消えている事に気付く。窓越しにベッドを見ると四人の姿もない。


「あいつらどこに……」


 彼が部屋に入ったその瞬間。


「はいティーチャ!」


 天井のトラスから飛び降りたサクラが、彼に三角形の包みを突きつけた。


「ちょっと早すぎです」「合図を待つようにって」「やっちゃいましたねぇ」


 周囲から湧いた声に振り向けば、入り口から死角になった物陰から、メーテル、アオイ、そしてヒトミがあきれ顔で立ち上がるところだった。


「へっ、僕マズッた?」


「四人同時だと言ったでしょう。何を聞いてたんですか」


 僚機の失敗にむっつりとするアオイだったが、天井を見上げて何かを観念すると、ミツルに包みを差し出す。


「こうなったらアドリブです。ティーチャ、よろしければどうぞ」


「アオイさんまでもう、はいティーチャ、受け取ってください」


「もうしょうがないですねぇ」


 続いて二人からも同じようなものがミツルに渡される。

 寸法は四つとも一緒。それぞれのパーソナルカラー、赤、青、黄そして紫混じりの黒のリボンで飾られたそれを、ミツルはキョトンとして受け取った。


「これは……チョコだよな。なぜに三角形?」


「まあまあ、開けてみてくださいなぁ」


 明るくなった部屋の自分の机に四人がかりで連行され、ミツルは彼女たちが勧めるままに包みを解く。

 出てきたのは明らかに手作りな、だがしっかりと形の取れた二等辺三角形のチョコレートが四枚。


「気付くかな?」「大丈夫でしょう」

「ティーチャ実は」「メーテルさん、しー、ですぅ」


 周囲で騒ぐ彼女たちを順繰りに見て、そしてチョコに目を落としたミツルは、ややあってその仕掛けに気付いた。


「元は一枚だな?」


 気付けば簡単で、正方形の型を対角線で切ったものだ。

 彼が切り口を見ながら四枚を一枚に復元すると、視界の端でメーテルが何やら手首をクルクルと返すジェスチャー。


「……ひっくり返す――あっ!」


 てっきり裏だと思ったそちらが本当の表であった。


 そこに彫られていた文字は……。


〈ティーチャ大好き。アオイ サクラ ヒトミ メーテル and ブルー〉


 レンから本をもらった時と同じくらい。

 いや事前に知っていたのに、それ以上の何かが胸にこみ上げ、彼の言葉を詰まらせた。


「本当は渡す時にハナさんに協力してもらうつもりだったのですがぁ、仕方ないのでさっき考えましたぁ」


「ハナ主任がやるとティーチャをいじりそうだったので、これはこれで……ティーチャ?」


 彼は顔を寄せてきた四人に腕を回し、ただぎゅっと抱きしめる。


「ちょっとティーチャ、バランス崩しちゃうって!」


「ティーチャ……」


「ありがとな、みんな」


 ミツルの静かな感謝に四者四様の照れ笑いを返す娘たち。

 それは愛の告白というより「パパ、大好き」と言われたようなものだ。

 それがわかっていたからこそ、彼は四人の娘を一層強く抱きしめたのだった。




 ちなみにこのあとママ……もといレンが上がってきてチョコと抱擁を目撃し激怒するのだが、これは別の物語、いつかまた、別のときに話すことにしよう。


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