11.伝説と自負
救命重機係には、一つの伝説にして自負がある。
それは自分たちが世界初のレベルナイン級自律型ロボットを作り出したという事だ。
本来は軍から失敗作だったフレームを押しつけられ、民警のお荷物として始まったこの部署。
苦闘の末に技術班が自律型のロボット重機に作り替え、レンが制御方式を創り、最後にミツルが教育によって彼女たちに自我を与えた。
全てが最初から高みを目指したものではなかったにせよ、結果的に救命重機係は時代から二歩も三歩も進み出て、世界の片隅でひっそりと最先端を走っている。
予想外の事態なら何度も直面し、部署の危機だって一度は乗り越えた。
だからこその伝説と自負。
それは言いかえれば、成し遂げたがゆえの傲りでもあった。
大荒れのプレゼン会が三人娘のボイコットで中断し、結論が持ち越しとなったその夕方。
ハンガーの大窓で夕陽を見ながら手すりに凭れるミツル。
見かねた様子でレンがキャットウォークの鉄板をカツンと蹴った。
「君が気に病む話か? あの娘たちは正しいよ。ツカサの案は勝負しか見えてないし、そんな一時的なアイデアをそのまま通す事はできない」
「いや、俺は思いもしなかったんだよ」
彼らの眼下では技術員たちが帰り支度を進めている。
班長からの命令は、今日は各人頭を冷やしてこいとの事だった。といっても大半がここから徒歩十分の独身寮の相部屋だから、効果のほどは疑わしいが。
「もちろん〈欲求の壁〉を越えてるからには意見を持つのも当たり前だ。だが、だからって拒否するなんて想像もしてなかった」
「ミツルくんは何でもすぐに堪えるビビリだからな。もう少し余裕を持ったらどうかな」
「お前は大きく構えすぎなんだよ」
共に四人娘の育成に携わるミツルとレン。
しかし、そのアプローチにはここ数ヶ月でズレが生じ始めている。
「あいつらの論理段階はかなりの勢いで成長してる。ワットマンスケールで考えるんなら、いつレベルテン入りしたっておかしくないんだ」
「君もハナもそればっかりだな。いいか、ワットマンスケールは所詮、三十年前に提唱された一つのモデルにすぎない。今までの人工知能がそれに沿って来たからといって、これからもそうなるとは限らない。現に新しい条件だって二人で発見したじゃないか」
蓄積と個体――時間をかけて学ばせ、あえて壁を作って自分を認識させる。
二人が見いだした自我の発生条件はすでにテレメトリ解析で裏付け済みだ。そのどちらも指数モデルにない条件であり、従来の考え方がすべて正解とは限らない。
しかし、反証もまた存在する。
「でもあいつらは自我から欲求を作り出した。それはワットマン予測と一緒だ。欲求のために他者を利用する可能性は捨てきれない。自分から権利とか言い出したらダウトじゃ済まんぞ」
「そうさせないためにも、私はあえて自由にさせてみるのがいいと思ってるけどな。今までと同じで失敗から学ばせてやればいい」
「それで嘘をおぼえたらどうするんだ?」
あくまでも食い下がるミツルに、レンはフッと笑って肩をすくめる。
「人間だって嘘ぐらいつくだろう。あの娘たちが嘘をついちゃいけない理由はないよ。問題なのは意図の方さ」
「意図って……レンはまともな理由があれば嘘をついて良いと思ってるのか?」
「そうじゃない。ただ何度も言ってるように反抗期なんだよ。きっとあの娘たちは自分たちの欲求を預けられるか、私たちを試しているのさ。下手に反応したら事はこじれるだけだよ」
ミツルはその言葉うなずいたが、しかし割り切れないものを感じて水平線を見つめる。
「ここが研究室だったらそれでもいいと俺も思う。だがここは企業で、俺たちは開発だけじゃなく業務もやってる。現場でミスは御法度だし、自分勝手に育ってもらっちゃ困るんだよ」
「……ミツルくん、君はもう少しあの娘たちを信用してやるべきだ」
レンが急に声のトーンを落としたので、ミツルは何かが気に障ったのかと彼女を見る。レンはまだ笑っていたが、その横顔には漠とした寂しさが影を落とす。
「親は自分の子が化け物じみているからって、見捨てたりはしないだろう?」
問いかけたものの、彼女は答えなど期待しないそぶりで彼に背を向ける。
取り残されたミツルもそこにかける言葉が見つからないまま、夕陽の最後の一片を横顔に浴びたのだった
***
三課の独身寮は博物館に近いマンションの三階フロア。
全部で十二ある4LDKはおおむね相部屋で、独りで住んでいるのはミツルとオフィス組のヒロミぐらい。
余裕のある間取りで家賃が心配になるが、経理のイワオ曰く「安く済んでるッスよ。フロア丸借りだしあの場所ッスからねぇ」とのこと。
「まあな、場所柄仕方ないってのはあるが」
七時過ぎにミツルが帰宅した時にも、海風がゴウッと窓を叩いて彼をげんなりさせる。
イスルギは大洋のど真ん中に浮かぶ人工島なので、海を渡ってきた風がもろに押しよせる。いちおう可動式の防風壁、高さが四十メートルを越す金網の壁が沖合にあるにはあるが、海沿いとなれば強風を無視はできない。
南国の海なのに砂浜が少なく、都心部に行くほど住宅が増えるのはこのためだ。人間、景色より生活の便なのである。
「始終この風だからな。まあ、広いだけありがたいと思うさ」
ミツルが交通課の寮から越してきてもう三ヶ月になる。
前は1LDK、それも猫の額のような部屋だっただけに生活スペースは二倍といわず増え、正直に言えばもてあまし気味だ。
『おかえりなさいませ』
管理エージェントが部屋を整えてくれる間、ミツルはネクタイを解くのもおっくそうにリビングのカウチにもたれこんだ。
作り付けとわずかなもの以外、新しい家具は買っていない。人工知能が安らぎの中間色を選んだところで、かえって隙間の寂しさを強調するだけだった。
――寂しい、か。別に誰かと話がしたいってわけじゃないが。
両隣には課員が住んでいるし、話しに行こうと思えば徒歩十秒である。
それでも動きたくないのは、周囲と気まずくなってしまったせいだろう。
ゲンジに審判だと言い渡された事で、彼が四人娘、いやサクラたちだけだから懐かしき三人娘か、とにかく彼女たちを説得するのは禁じ手となった。
一応、助言は認められたものの、相当におかしな雲行きなので今のところ誰も彼に声をかけようとはしない。
係の現状をざっとまとめると、ツカサとイチローが改造案の急先鋒。
ノアサとタギシが消極的賛成で、ドルフィン担当のミナと島戸弘子が積極反対に回っている。
班長はとりまとめるのに忙しそうだったが、どうやら消極的反対の立場のようだ。
オフィス組はいつもの一線置いた反応を示していたが、唯一、知恵袋のヒロミだけがツカサ支持に回っているらしい。過激さは相変わらずだ。
そう、いっそイワオあたりなら相談に付き合ってくれそうな気もするが、残念、彼は生活上の都合とやらで独身寮には住んでいない。
結局どうしようもないまま、ミツルは部屋着に着替えて一時間ほど、壁のパネルに流れるニュースネットのデイリー番組をぼうっと眺めて過ごした。
これがいつもなら何か考える時間となるのだが、今日ばかりは何の考えも浮かんでこない。
彼が腹の虫で空腹に気付き出前でもと考えたそのとき、突然チャイムが鳴る。
「――レンか? いや、あいつらの誰かかも」
レンもまだ独身だし、ロボットの四人には身分を隠蔽する理由で部屋が与えられている。そう頻繁ではないが、彼女たちがミツルを訪ねてくることもある。
だが彼の予想は壁に映った人物にあっさり裏切られる。
『ミツルくん、まだご飯食べてないでしょう』
ハナだった。
「ハナ? いやまだだが――」
『なら良かったわ。作り過ぎちゃったから、良かったら一緒にどう?』
「あ、ああ、わかった」
ハナは二軒となりだが、声をかけてきたのはこれが初めて。
今日に限って何事かと戸惑いつつ、ミツルは玄関のドアを開けた。
まだ寒さを感じる夜に合わせ、ハナはデニム地のワンピースに白のカーディガンという出で立ちでそこに立つ。肌の白さと長い髪の黒のおかげで、切れ長の瞳の蒼が今日も際立っていた。
「ひどい顔だわミツルくん。何か困ってるみたいね」
「……聞かなくてもわかるだろうが」
「ええ。さ、いらっしゃいな」
イタズラな様子で背を向ける彼女に、断る理由もなく、ため息を一つはいてミツルは従った。そして彼女の部屋のドアが開かれ、ミツルはある顔と出くわして少し笑顔を戻す。
「いらっしゃいませティーチャ。さ、マスターの料理が冷めないうちに上がってください」
二人を出迎えたのは、満面に嬉しさを湛えたメーテルだった。