Episode #02「王子」
2087年11月14日 AM0:10
カナダ領東部 モントリオール近郊 朧月 艦橋
数機のモニターだけが照らす薄暗い艦橋に3人の人影が壁にもたれかかる様に立っている。
彼らの前には人影に向かい合うように女性が椅子に腰掛けている。
「先日の任務、ご苦労様でした。最初の目的地に近づいてきたので、
本格的なミーティングを…これより作戦内容を伝えます」
端末機を手に取り、リョウは理路整然とした面持ちで話し始めた。
「次の標的はモントリオール陸軍基地に設置されている大型レーダー施設の破壊、
及び、配備されている敵戦力の排除です」
作戦内容を聞いていたジョージは首を傾げ、口を開く。
「具体的にはどうするんだ?真っ当な作戦じゃこんなチッポケな部隊イチコロだぞ?」
リョウは表情を変えず淡々と説明を続ける。
「余計な戦力を引き付けない様、夜戦を仕掛けるのは常套です。その際に、ジョージさんには
前回の戦闘で使用したナパーム弾の改良型、『ヒノカカビコ』を使って、
各施設への破壊行動をとって貰います」
ジョージは傾げた首を逆に傾け、更に訊ねる。
「一番大事なのは爆撃のタイミングだろ?弾も俺も迎撃されちゃ敵わん」
「それは敵戦力が粗方片付いてから…」
そこへアントが割って入る。
「で、結局のところ、俺達はどうするんだ?」
「アント、ジャーニーの両名には基地に配備されている部隊と兵器の排除をして貰います」
アントは不服そうに眉をひそめた。
「つまり、陽動ってことか。敵の数は?」
「事前調査で判っているだけでMB6機、MS18機、艦艇2隻、輸送航空機3機、戦車5台、
他にも戦闘航空機が数機あるみたい…ですけどこれは戦力にはならないでしょう」
「二個中隊規模か、夜間で実働数が少ないとはいえ、二人じゃいくらなんでも無理だぞ」
アントの指摘を待ってましたと言わんばかりに、リョウは詞を返す。
「さすがに二人で全て相手をしろ。なんて、そんな無茶は言わないわよ。
ダミーマウスを使って撹乱させて各個撃破。これならいけるでしょう」
「マウスは誰が使う?自動じゃうまく立ち回れんぞ」
リョウは手を振り上げ、ジャーニーを指した。
「それはジャーニー君にやって貰います!」
「ええ?戦闘しながらッスか?きついッスね」
ジャーニーは自分を指差し頭を掻いている。
「戦闘は極力避けて、敵を引っ掻き回してください」
「要約すると、ジャーニーが敵を撹乱し「俺だけ」が敵を潰して廻って、
最後の仕上げにジョージが弾をプレゼントって事でいいのか?」
そう言うと、アントは溜め息混じらせ、リョウに目で確認をとる。
リョウは黙ってゆっくりと頷いた。
「やったな大将。手柄は独り占めだな!俺は暇すぎて寝ないように努力するぜ」
ジョージがアントの肩を叩き、皮肉めいた口調で言った。
「理解していただけたようでなにより。では戦闘の準備に入って下さい。
作戦開始は2時からです。よろしく!」
リョウは薄っすらと笑みを浮かべると座っている椅子を回転させ、振り返る。
ジョージとジャーニーも作戦準備の為、貨物室に向かった。
アントは虚空を見つめ、呟く。
「やれやれ…長い戦闘になりそうだな…」
同日 AM3:33
カナダ領東部 モントリオール陸軍基地付近
基地からの救援要請を受け、夜間偵察を切り上げて引き返してきた連合軍の機兵が数機、
基地で起きた惨状を小高い丘から、呆然と眺めていた。
「これは酷いな…偵察中にSOSを受けて駆けつけたがこれは…あまりにも…惨い」
基地の重要と思える施設はことごとく破壊され、爆炎と火花が空中を舞い、
あちこちに機兵の残骸が散りばめられていた。
「隊長。味方機が敵機とまだ交戦中の様です」
右脇の機兵が滑走路横に広がる凍ったクレーター湖付近を指差している。
「どうします?近隣の基地へ帰投し、応援を呼びましょうか?」
と言う左脇の機兵の呼びかけに対し、中央に立つ隊長と思しき機兵は
「いや、それでは救える人数が絶望的だ。生存者の救出と脱出を援護する。私に続け!」
隊長と呼ばれた機兵は戦闘中の味方部隊の元へ駆け出して行った。
クレーター湖の上でMBと思われる深緑色の機兵が防衛隊と交戦していた。
戦闘力に著しい差があるのか黒い爪の餌食にされた水色の機兵達は次々と音を立てて沈んでいく。
深緑の機兵は周囲を見回し、静まり返ったのを確認すると何者かと会話を始めた。
「こちらTD1。作戦は順調に進行中。敵機MB4機、MS14機、戦車5台を撃破。
TD3が輸送航空機2機と艦艇を1隻潰した」
「こちらヘイジー、順調ね。でも一つ悪い知らせがあるわ。付近を偵察していた小隊が、
そちらへ向かっています。どうも一般機ではないみたい、気をつけてね」
「所謂、エース。って奴か?TD1、了解。障害の駆除に当たる…っと、もう来たか」
深緑の機兵が見つめる先に、周囲の爆炎を反射させながら、
白色と銀色に煌く装甲を纏った機兵が勢いよく近づいてくる。
「保護色にしてはやけに派手だな。…ん?」
通信のコール音が頭へと突き刺さる。
「TD3よりTD1へ、目標の殲滅は成功。だが右肩をやられた。指示を仰ぐ」
「TD1よりTD3、敵はもう少ない。後は任せとけ、鼠は忘れずにちゃんと拾って帰れよ」
「TD3、了解ッス!」
通信を終えた深緑の機兵は迫る敵兵を迎え撃つ体制を整える。
「こいつは歯ごたえがあるかな?」
他とは違う高揚感にほくそ笑むアントの元へ共同通信が入り込む。
「こちら、地球連合軍第04師団第2大隊、第1中隊所属、第1小隊長のロジャー・ルースだ。
通称「プリンスオンアイス」とも呼ばれている。貴殿はどちら様かな?」
「敵兵に自己紹介とは余裕だな。生憎、卑怯者に名乗る名前は…持っちゃいない!」
そう、発すると背面二方向から二機が深緑の機兵へ襲い掛かる。が、深緑の機兵はしゃがみ込み、
回転するように身を翻すと、爪の射程内に居た左側の機兵を串刺しに仕上げた。
「くそっ!読まれてたか!」
と、声を上げた襲い損ねたもう片方の機兵は即座にその場を離れ、携行していた銃を構えて放つが、
「ふんっ、遅い!」
深緑の機兵は心臓の位置を突かれた機兵を盾にし、そのままもう一人の機兵へ突っ込む。
動揺した機兵はその場を動けず、
「う、うわぁぁぁ…」
と、がむしゃらに銃を撃ち続けるが、弾丸は仲間だったモノに弾かれ、届かない。
次の瞬間、もう一人の機兵も爪の餌食になった。瞬時に二機の機兵を捌いてしまった。
「な…何?」
その一抹の出来事を目の当たりにした白銀の機兵はあまりの早業に、
先程までの勢いを落とし、呆然と立ち竦む。
「なんだ?なんだ?この程度の兵士しかいないのかよ?このエリアは…日和っていやがるな。
王子様?だったか?御付が居なければ掛かってくる勇気も度胸も無いのかな?」
深緑の機兵は右腕に串刺しにされた残骸を蹴り飛ばし、黒爪に付いた赤黒い液体を振り払う。
「…ええい、私だって模擬大会の入賞者だ!あの程度の敵にビビっていられるか!」
と、己を奮い立たせると白銀の機兵は腕と片脚を後ろに振り上げ、構える。
「お?やる気になったか?」
深緑の機兵が左手で逆さに手招く様に挑発をすると、
白銀の機兵が路面を滑空するように接近してきた。
「思ったより速いか?」
深緑の機兵は咄嗟に身構える。が、白銀の機兵は数m横を通り過ぎ、
自機の周囲を走ると言うよりも凍った湖の上を滑る様に移動している。
「ん?む?なんだ?」
一瞬、深緑の機兵の構えが緩んだ。次の瞬間、白銀の機兵は片脚を水平に置き、
跳び上がると、回転しながら襲い来る。
「うお!」
右腕の爪を咄嗟に出し受け止め、弾き返す。すると白銀の機兵は
路面に猫のように回転しながら降り立つと深緑の機兵の周囲をぐるりぐるりと廻り続ける。
「俺の爪を弾く…って事はアレが武器か!」
「まだまだぁ!」
白銀の機兵は小銃を取り出し、深緑の機兵へ向け撃ち放つ。
数発は、かすりもせずに背景へと消えたが、
一発だけがヘッドパーツに向かい来る。瞬時にその弾を左手で受け止めた。
「ちぃ、冷凍弾か」
左手首の弾が当たった部分が深緑から半透明の白へ変わり、動きを縛る。そこへ、隙を逃さんと、
敵の脚による連撃が襲い掛かる。使えない左腕を後ろへ下げ、右腕だけで競り合う。
「勝てる!?勝てるぞ!」
何合も白銀の脚と黒爪がぶつかり合う。
「クッ…ハハハッ……甘い!」
十合程、打ち合った時、ギシッと嫌な音が奔った。次の一合を合わせた瞬間、
「バキィン」と音を立て脚の装甲が割れてしまった。
「何だと!この純テラニウム製の刃が割れるなど!」
「残念だったな。こっちのペタニウム製の爪の方が硬度も強度も上なんだよ!」
白銀の機兵の動きが鈍った瞬間、深緑の悪魔の黒爪が∨字に走り、機兵の両腕を奪う。
「ぐあぁぁぁぁ」
ロジャーの両腕へ激しい痛みが襲いかかり、のた打ち回る。そんなロジャーへ悪魔が囁く。
「お前は面白い奴だ。だから生かしといてやる。さっさと失せろ、死にたくなかったらな」
「あ、悪魔め!次はこうはいかんからな!」
ボロボロの機兵はふらつきながら、滑る様に逃げ去って行った。
その光景を満足そうに見ている深緑の機兵へ通信が入る。
「TD1、あまりに暇だったんで残りの機動兵器は全部、俺が戴いちまったぞ。
で、もうアレは撃っても大丈夫か?」
「TD2、ああ、こちらも今、終わった。フィナーレの花火を打ち上げてくれ」
「あいよ。景気よく行くぞ」
大型レーダー施設は着弾と同時に轟音を奏で、爆炎を巻き上げる。
「ミッションコンプリーツ」
同日 AM7:00
モントリオール陸軍基地
「これは酷い、悪夢の様だ」
唯一、着陸できた一画から辺りを見回した上級士官らしき男は
それ以上の言葉を発することが出来なかった。
基地の状態はあまりにも惨くどこに何があったのかすらも判らないほどに朽ち果てている。
「生存者は…いるのか?」
廃墟を呆然と眺めていた士官は横に控えていた部下に問いただす。
「先程あがった報告書によれば、地下シェルターに逃げ延びた18名と…
先刻、救援に訪れ、艦艇へ逃げ込んだ兵員が若干名です」
「他は…全滅なのか」
士官は帽子の鍔を下ろし、死者へ黙祷を奉げる。
「死者は恐らく、300名を超えるかと…」
「直ちに、敵捜索隊を編成し、この惨劇を起こした連中を探し出せ!直ちにだ!」
士官は部下に指を差し命令を下す。部下は敬礼だけを返すと、艦艇へ戻っていった。
「モントリオールの悪夢とでも言うべきなのか…」
士官は再び、しばし間、黙祷を奉げると艦艇へ戻って行った。
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