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荊の少女とオーガの王

作者: あおおに

柄にもない小説を書いてしまいました。

楽しんでいただければ、幸いです。

 その屋敷は、人里はなれた深い森に建てられていました。

 (あるじ)は、1人のオーガ。

 身長は2メートルを超え、銀の髪をのばし、両のこめかみからは緩く湾曲した大きな角が生えています。

 瞳の色は金。野獣じみた風貌の中、その瞳には知性の光が宿っていました。

 身に着けているのは、上質な絹の衣服です。光沢のある黒い布地に、金色の精緻な刺繍が施されており、決してオーガが着るような物ではありません。


 そう。そのオーガは、王でした。

 オーガロード。

 それが、彼です。


 謁見の間にしつらえられた玉座に座り、彼は物憂げな視線を宙に漂わせています。

 誰かを待っている訳ではありません。

 何かを待っている訳でもありません。

 ただ、そうやって時がたつのを感じているだけです。

 もう何年も、彼は同じ時間を繰り返しているのでした。

 そしてこれからも、同じ時間を繰り返すだけの筈でした。




 しかし、その日。

 いつもの様に時間を潰すためだけに生きている彼の元に、その(しら)せはもたらされました。

「王よ」

 部屋の隅の暗がりに、いつの間にか1匹のゴブリンが姿を現しています。

「・・・どうした?」

「森に人が迷い込みました」

 流暢な人間の言葉で、意思を疎通させるオーガとゴブリンの主従。

「人間か? 俺の生命を狙いにきた?」

「いえ。戦う(すべ)を持たぬ若い女です。おそらくは、貴族の女かと」

「貴族の女? 1人でか?」

「はい。森の入り口までは馬車で来た様ですが、そこで置いて行かれたとの報告です」

「ほう? 事情は分からんが、普通ではないな。案内いたせ」

 オーガの王は、音もなく身を起こしました。




 日の光もろくに届かない森の奥。

 そんな場所に似つかわしくないドレスを着た少女が、1人で彷徨(さまよ)っています。

 下生えがほとんどないとは言え、かかとの高い靴では歩きにくいのでしょう。その歩みは、亀のように(のろ)いのでした。

 スカートには、どこかに引っかけたのか、大きなかぎ裂きができています。

 

 慣れぬ苦行に汗まみれの少女は、しかし、とても美しいのでした。

 背中までのびた金色の髪は、暗闇の中でも光を放っている様です。

 緑の瞳は、さながら曇りのないエメラルド。

 透明感のある白い肌と桜色の唇が、少女の穢れなさを表している様に見えます。


 おそらくは大貴族の令嬢と思われる少女の首には、(いばら)で編まれた首輪が嵌められていました。鮮やかなグリーンのドレスや金銀でできた装身具の中にあって、その首輪だけがとても異質に見えます。

 

「女、どこへ行く?」

 不意にかけられた声に、少女はびくりと身を震わせてから、恐る恐る辺りを見回しました。

「答えよ。どこへ行く?」

 少女が答えを返せないでいると、再び声がかけられます。それは、深みのあるバリトン。どこの美丈夫が発したのかと思う様な張りのある声でした。

「分かりません・・・」

「分からない? 街に帰ろうとしているのではないのか?」

「私は・・・捨てられたのです。行くべき場所などありません」

 少女は、ためらいながらも、悲しい言葉を毅然と口にしました。


「どういうことだ?」

 あまりに意外な返答に、声の主が木陰から姿を現します。

 その姿は、見様によっては美しかったかも知れません。

 ただ、人間の美しさとはかけ離れていましたが。


「あなたは・・・?」

「俺はオーガロード。オーガの王だ」

「オーガの王様・・・。そうですか。では、人間である私を殺しますか?」

 少女とオーガロードの視線が交錯します。

 少女の視線は、オーガを目の前にしても揺るぎなく、オーガの王の視線は、人間を目の前にしても平然としたままです。


「お前を殺す理由がない。お前が、この森の住人たちを害しに来たというのなら、話は別だがな」

「私には、そんな力もなければ、意思もありません。ただ、この森の一画を貸していただければと思うだけです」

「何のために?」

「死ぬまでの時間を過ごすためです」

「ふむ・・・。その首輪のせいだな?」

 

 オーガロードの指摘に、少女は首を横に振りました。

「この首輪に私が害されることはありません」

「しかし、それは呪いの首輪であろう?」

「はい。私が誰かを愛した時、たちまちのうちに私を殺す首輪だそうです」

 そう言って、少女は薄く笑います。

 全てをあきらめたかの様に、寂しげに。


「それは、女にとって、死にも等しいことではないのか?」

「普通なら、そうなのでしょう。

 でも、私の心はすでに死んだも同然なのです。いまさら、何も変わりません」

「愛する者を失ったのか?」

 遠慮のないオーガの王の問い。

 しかし、少女ははかなげに笑みを浮かべるばかりで、何も答えません。


「よかろう。我が屋敷に来るがいい。

 お前が死ぬまでの時間、そこで自由に過ごすがいい」

 その日から、オーガの王の屋敷に、1人の少女が住み着きました。






 少女は、ゴブリンの家令の下、召使いとして働き出しました。

 屋敷には、オーガの王の他、オークの兵士たちやゴブリンの使用人たちが暮らしています。

 女は1人もいないようでしたが、騒がしくする者もおらず、屋敷はいつも静かで清潔に保たれていました。

 人間の少女が働き出したにも関わらず、それが変わることはありません。ひどい目に合うことを覚悟していた少女でしたが、それは良い意味で裏切られたのでした。


 でも、貴族の生まれの少女は、掃除も洗濯も料理も、自分の手で行ったことがありません。

 掃除をしてはバケツをひっくり返し、洗濯をすれば王のシャツを駄目にし、料理をすれば鍋を焦げつかせます。

 それでも、オーガの王は、何も言いませんでした。

 屋敷に住む大勢の使用人たちも、何も言いませんでした。

 少女は、何もできないことを申し訳なく思い、1日でも早く仕事を覚えられるように努めるのでした。

 

 どうすれば、塵を残さずに箒をかけられるのか。

 どうすれば、シャツに付いたシミを綺麗に消せるのか。

 どうすれば、ふっくらしたパンが焼けるのか。

 少女は、一所懸命に仕事を覚えました。

 いつしか、死に場所を求めていた少女の顔に、笑みが浮かぶようになっていました。

 そのことに、まだ少女は気が付いていません。


 


 

 勇者は、自分の耳を疑いました。

 少女がオーガの森に捨てられたと聞いたからです。

 オーガの森は、先の隣国との戦争の後、急に多くの魔物が棲むようになったと言われている場所です。

 そんな場所に捨てられては、か弱い人間の少女など、1日も生きていられないでしょう。

 しかし、それでも勇者は、少女を助けに行かない訳にはいきません。

 少女は元々、勇者にとって大恩のある将軍の許婚者だったからです。


 隣国との戦争が終わった後、少女は将軍の花嫁となる筈でした。

 まだ少年だった勇者に少女のことを託すと、将軍は出陣して行ったのです。

 が、戦争は膠着状態に陥り、実に5年もの歳月が流れてしまいました。そして、信じられない知らせが、少年の元に届きます。

 それは、最終決戦を前に、将軍の軍隊が姿を消したというものでした。

 

 大臣自らが兵を率い出陣したことで、なんとか隣国は撃退できましたが、行方不明の将軍は逆賊と呼ばれるようになってしまいます。

 将軍の家は潰され、少女との婚約も解消されました。

 少年は、将軍の無実を信じ続けます。いつか将軍の名誉を回復しようと、剣の腕を磨き、名を揚げようとしました。自分の声を国民が無視できないほどの実力を付けてから、将軍の無実を訴えようと考えたのです。

 様々な魔物を倒した少年は、やがて勇者と呼ばれるようになっていました。


 しかし、美しくしく成長した少女には、いくつも結婚が申し込まれるようになります。

 少女は(かたく)なにそれらを断っていましたが、ついに両親が縁談を受けてしまいます。少女の両親も、一国の貴族として、力ある方からの申し入れは拒否できなかったのでしょう。

 こうして、少女は望まない結婚をします。その相手は、消えた将軍に代わって国を救った大臣でした。

 勇者がそれを知ったのは、もう結婚式も終わってしまってからです。

 国からの命令で、各地の魔物を退治しに回っていた勇者は、少女の縁談を知らなかったのです。

 勇者は悔やみました。大切な将軍との約束を、守れなかったのです。大臣夫人となってしまった少女とは、面会することさえできません。

 勇者は、国の命令により、また魔物退治の旅に出たのでした。


 少女が捨てられたのは、それから1年も経たないうちのことです。

 噂によると、少女は結婚式を上げても、大臣の言うことを聞かなかったそうです。

 自分の家から連れてきた侍女とともに部屋に閉じこもり、大臣と会おうとさえしなかったというのです。

 最初は大臣も、美しい宝石や豪華なドレスで少女の機嫌を取ろうとしたのですが、少女はどうしても心を開かなかったのでした。

 大臣は怒りました。

 そしてあまりの怒りに、悪魔を使って、少女に呪いをかけたというのです。


「そんなに私が嫌いなのなら、お前を自由にしてやろう。ただし、お前が他の男を愛することは許さない! もし、誰かを愛してしまったら、その時、お前の生命は即座に奪われるだろう!!」

 大臣の言葉とともに、少女の首に呪いの首輪が嵌められました。(いばら)で編まれた首輪です。その首輪は2度と外せない上、少女が誰かを愛すると、たちまち荊の(とげ)を伸ばして、少女の身体に死の毒を流し込むというのです。

 少女は、黙ってそれを受け入れました。

 そして、そのまま馬車に乗せられ、たった1人でオーガの森に捨てられたのでした。

 全ては噂に過ぎません。

 でも、勇者はその噂を信じました。


 勇者は、オーガの討伐に向かいたいと、王様に願い出ました。

 将軍にかわる新たな英雄となった勇者は、自分勝手に旅に出ることも許されていなかったのです。

 それに、オーガの森を攻めるともなれば、1人で行く訳にもいきません。兵隊も必要だし、食料も要ります。また、その食料を運ぶ人たちも必要なのです。そんな準備を整えるのは、勇者だけでは無理でした。どうしても、王様の力を借りなければならなかったのです。


 オーガの評判を聞き及んでいた王様は、ただちにその討伐を認めました。

 ただちに30人の精鋭が選出されます。そこに勇者と魔法使い、賢者を加えた3人でオーガたちと戦う訳です。

 なお、魔法使いと賢者も、勇者と同様に、将軍に恩義を感じている者でした。

 そこに30人の荷馬隊を加え、一行はオーガの森へと出発しました。





 勇者が近づいていることも知らず、少女は次第に明るさを取り戻し始めていました。

 生きる意味を失っていた彼女に、他人のために働くという行為は、新鮮な喜びをもたらしてくれたのです。

 少女が作った料理を、初めてオーガの王が「美味かった」と褒めてくれたときは、どういう理由か涙があふれてきたぐらいでした。

 突然泣き出した少女にオーガの王がうろたえ、家臣のゴブリンたちが笑いをかみ殺していたのは、また別の話です。

 

 日に日に明るく、そして美しくなっていく少女を、いつもオーガの王は、陰ながら見守っていました。

 そして、彼女の中に生きようという気持ちが生まれたのなら、街に戻るべきだろうと考えていました。

 そんな王の背中に、しわがれた声で話しかけた者がいます。

「あの娘を帰す気なのかい? やっと、王が人間に戻れる機会が転がって来たんだよ? みすみす、それを棒に振ることもあるまいに」

 皮肉な口調でそう言ったのは、真っ黒な外套に身を包んだ老婆でした。節くれだった木の杖を持ち、髑髏の首飾りを着けたその姿は、紛れもなく禍々(まがまが)しい魔女のものです。


「魔女か。俺は、もういいのだ。もう、人間になど戻ろうとは思っておらん」

「おや、そうかい? 故郷(くに)に残してきた者もおるだろう? その者たちに会いたいとは、思わないのかい?」

「迷わせるな。故郷が気にならない訳がないだろう。しかし、そのためにあの少女を利用することなど、俺にはできぬ」

「おやおや、オーガになっても高潔な男だねぇ。でも、気が変わったら、いつでもお言いよ。あの娘を籠絡する手管(てくだ)の10や20なら伝授してやれるからね」

 言い残すと、魔女の姿は、音もなく闇に消え去りました。後に、ヒヒヒという不気味な笑いだけを残して。


 魔女が去った部屋に、ノックとともに訪れたのは、(くだん)の少女でした。

「旦那様、灯りをお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

 内心の動揺をおくびにも出さず、オーガの王は、少女に(ねぎら)いの言葉をかけました。

「どうだ? この屋敷には、もう慣れたか?」

「はい。お陰様で」

「お前が帰りたいと思ったら、いつでも帰っていいのだぞ? 街の近くまでなら、誰かを付けてやっても良いしな」

「え? 私は、ここを追い出されるのですか?」

「そうではない。お前が、もう死にたいなどと思っていないのなら、街に戻った方がいいと思っただけだ」


 オーガの王の言葉に、少女はびっくりした表情になりました。

 ここに来たときには、ただ死に場所を求めていた自分が、今は死ぬことなど微塵も考えなくなっています。

 本当なら、これは喜ぶべきことなのかも知れません。

 しかしそれは、愛する将軍のことを裏切る行為なのではないでしょうか。

 そして、オーガの王の優しい言葉に、自分の胸が高鳴ってしまったことも、少女が狼狽する一因になっていました。

「ありがとうございます。もし、私が街に戻りたいと思ったときは、よろしくお願いします」

「ああ、分かった」

 




 少女が部屋を出て行った後、オーガの王は昔のことを思い出していました。

 彼は、元々人間でした。

 大きな軍団を指揮する立場だった彼は、裏切りに合い、腹心の部下たちとともに戦場に孤立したのです。

 1人1人が一騎当千の戦士だった彼らでしたが、大津波のように押し寄せる敵兵の前にはなす術もありません。次々と傷つき、倒れていきました。


 彼は、絶望します。

 絶望して、叫びます。

「俺の全てをくれてやるから、奴らを打ち倒す力をくれ!」と。

「よかろう。その望み、叶えてやろう」

 その叫びに応えたのは、真っ黒な外套姿の魔女でした。

「お前に力をやろう。しかしその代わりに、お前も、お前の部下たちも人間でなくなるが、それでも良いか?」

「構わぬ! このまま無力に倒れることなど、俺にはできんのだ!」

 魔女の恐ろしい申し出を、彼は躊躇(ためら)いもせず、受け入れたのでした。


「お前の望み、しかと聞き取った! 今からお前は、オーガの王と化す! 部下たちも、それぞれ魔物と化すであろう! お前が人間に戻れる時は、オーガのお前が、真に人間の女に愛された時だけじゃ!」

 紫の稲光が走った瞬間、彼の肉体は、恐ろしいオーガのものに変わっていました。

 敵兵と戦う部下たちも、オーガやオーク、ゴブリンへと姿を変えました。

「皆の者、立ち上がれ!!」

 おまけに、オーガの王となった彼の雄叫びと同時に、すでに倒れていた者たちまでが、魔物となって(よみがえ)ったのです。


 オーガの王の力は、死さえも超越したのでした。

 魔物と化した軍団は、その人外の力で敵兵を蹂躙します。

 敵兵たちは、突如現れた魔物の軍団に恐慌を(きた)し、命辛々(いのちからがら)に敗走しました。それは、指揮官たちの大半が失われるほどの負け戦になりました。

 オーガの王とその軍団は、祖国から侵略者たちが逃げ出したのを見送ると、そのまま国境近くの森に住み着きます。

 今、その森はオーガの森と呼ばれ、後に少女が捨てられることになったのでした。


 以来、オーガの王は森に隠遁し、静かな月日を送ってきました。

 が、オーガの姿のままの王を愛する女が現れたとき、王とその軍団は人間に戻ることができるという魔女の言葉は、ずっと王の心を(さいな)んできました。

 自分1人であれば、オーガのまま生き、オーガのまま死ぬことに悔いはない。敵兵を蹴散らすことにより、すでにその代償を受け取っているからです。

 

 しかし、彼に従う兵士たちは違います。

 彼らは、オーガの王の望みに巻き込まれ、望まずして魔物になってしまったのですから。

 魔物と化してしまったために、彼らは故郷に戻れず、愛する者たちと引き離されたままになっています。

 彼らのためにも、オーガの王は、自分を愛してくれる女を探すべきではないだろうかと、思い悩んでいたのでした。


 そこに迷い込んできたのが、1人の少女です。

 魔女は、これが人間に戻れる好機だと、オーガの王を(そそのか)しました。オーガの王もそれを期待し、少女に優しく接するように努めました。

 おかげで少女は明るさを取り戻し、オーガの王に好意を見せるようになりました。

 そんな少女の様子に、オーガの王が抱いたのは激しい罪悪感でした。可憐な少女が、自分のような魔物のために犠牲になるべきではないと考えたのでした。





 そんな時にやって来たのが、勇者に率いられた軍勢です。

「オーガの王よ! 出て来て、我と戦え!!」

 勇者の上げる大音声(だいおんじょう)は、屋敷の奥にいた少女や王の耳にも届きました。

 その声を聞いたゴブリンやオークの戦士たちが、屋敷からわらわらと出てきて、勇者たちの前に立ちはだかります。

「お前たちには用はない! 俺の剣の(さび)になりたくなければ、道を開けろ!!」

 魔力が篭められた勇者の言葉は、物理的な圧力となってゴブリンたちに叩きつけられました。

 

 しかしゴブリンたちは、そんなことでは(ひる)みません。

「お前みたいな若僧が王と対するなど、50年早いわ!」

 勇者の声を気合いで跳ね返すと、一斉に剣を抜きます。

「ほう。誰1人として倒れないとは、侮れないな。では、これはどうだ? 2人とも魔法を頼む」

「分かった」

 勇者の背後にいた魔法使いと賢者が、呪文を詠唱し始めます。


 ゴブリンたちは、魔法を止めようと弓を射かけ、続いて剣を振るって襲いかかりました。

 が、勇者の剣が一閃。

 矢は消し飛び、ゴブリンたちは血煙とともに崩れ落ちます。

 凄まじい勇者の強さでした。

 続いて、炎の矢が着弾。吹き飛ぶゴブリンたち。


「これで分かっただろう!? お前たちに勝ち目はない! 今すぐ道を開けるんだ!!」

 ゴブリンたちがざわつく。

 しかし、次の瞬間には、ゴブリンもオークも、決意を固めた表情で剣を握り直します。

「何度も言わせるな! 貴様を王の前に立たせる訳にはいかん!!」

 そして、激しい戦いが始まりました。





 戦いが始まってしまい、屋敷は緊張感な満たされます。

 少女は家令のゴブリンに連れられ、王の元に向かいました。

 家令のゴブリンは、いつもの執事服の腰に剣を吊っています。王と少女を守る気なのでしょう。

 王は玉座に座ったまま、難しい表情で2人を出迎えました。身を守るには、もっと別の部屋の方が向いているはずですが、敢えて玉座で待ち構える様です。

 

 あと、玉座のある謁見の間には、王に匹敵する体躯を持ったオーガが2人詰めているだけでした。

 少女は玉座の横に立ったまま、不安に身を震わせることしかできません。そんな少女の手を握り、「何も心配することはない」と王が笑いかけます。少女は王の手にすがり、ぎこちなく笑い返しました。

 少女にとって、王がオーガであることなど、もう関係ありません。いつしか、少女の中に王を慕う気持ちが育ち始めていたのでした。


 そうするうちに、少しずつ剣を打ち合う音や、魔法の爆発音が近づいて来ます。勇者たちがゴブリンやオークを倒しながら、進んで来るのでした。

 少女は、気が気ではありません。

「王様・・・!」

「案ずるな。俺に任せておれば、大丈夫だ」

 そこに、今までにない破砕音が響き渡り、謁見の間の重厚な扉が吹き飛びました。

 ついに、勇者たちが王の元にたどり着いたのです。


「ついに見つけたぞ、オーガの王よ!!」

 煌びやかな鎧をまとい、薄く発光した大剣を手にした勇者が、落ち着いた歩調で、室内に踏み込んで来ました。

 勇者の前に立ち塞がる、2人のオーガ戦士。手には、勇者を上回る巨大な剣。

 少女は息を殺し、玉座の後ろに身を隠します。緊張のあまり、もう心臓が潰れそうでした。


「覚悟!!」

 走り出す勇者。

 迎え打つオーガ戦士たち。

 勇者の剣が閃こうとしたとき、その背後から飛んで来た2条の炎の矢が、オーガ戦士たちの胸元に炸裂しました。

 その衝撃に、オーガ戦士たちの動きが止まります。

 

 そこに繰り出される勇者の剣。

 たったの一閃で、2人のオーガ戦士が血煙とともに倒されてしまいました。

 勇者と呼ばれるだけあって、恐ろしい使い手です。

 しかし、王を守る者は、オーガ戦士だけではありません。剣を振り切った勇者の目の前に、家令ゴブリンが出現。勇者に斬りつけました。


 それは、絶対のタイミングでした。勇者は為す術もなく、その剣を身に受けるはずでした。

 しかし、一瞬の稲光とともに床に倒れたのは、家令ゴブリンの方です。その身体からは、薄く煙が立ち上っていました。

「雷魔法か。剣を振るいながら使えるとは、大したものだ」

 そう言って、ついに王が立ち上がります。その手には、オーガ戦士の物以上に巨大な剣が握られていました。


「ついに追い詰めたぞ!」

 そう叫ぶ勇者の背後に、魔法使いと賢者が姿を現します。先ほど、オーガ戦士に炎の矢を放ったのは、この2人なのでした。

「その程度の腕で、俺に勝てると思っているのか?」

 玉座の前に立つ王を目掛け、炎の矢を放つ魔法使いと賢者。

 しかし、王が何をするでもなく、炎の矢は王に命中する寸前に弾けて消えてしまいました。


「そのような魔法、俺には通じんよ」

 王が左手を突き出した途端、目に見えない力が爆発し、魔法使いと賢者の身体は、激しく壁に叩きつけられました。

「ば、馬鹿な・・・!」

 驚く勇者。勇者も同じ力を浴びせられたものの、必死に堪えたのです。


「弱いな、人間!」

 オーガの王の巨体が、一陣の風となって、勇者に襲いかかりました。

 真っ向から振り降ろされる王の巨剣。

 勇者は、必死に剣を振り、その一撃を逸らします。

 その一合だけで、オーガの王の実力が別格であると、勇者は悟りました。


「さ、さすがだな、オーガの王よ。しかし、僕は負けない!!」

 勇者の身体を、その大剣を、紫の稲光が彩ります。

「行くぞ!!」

 王に打ちかかった勇者の速さは、今までに倍するものでした。

 さすがの王も、驚きの表情を見せます。


 打ち合わさる巨剣と大剣。

 飛び散る火花と稲光。

 これこそが、勇者の必殺の技。

 が、オーガの王は正面から、その攻撃を受け止めてみせました。

 焦る勇者。

 稲光を纏った攻撃方法は、長くは保たないのです。


 ついには、オーガの王が振るった一撃で、勇者の身体が吹き飛ばされました。

 その身に纏っていた稲光も消えてしまいます。

 王は、膝を突いた勇者に、巨剣の切っ先を向けました。

「勇者よ、出直すがいい。お前では、まだ早すぎた様だ」

「ま、まだだ! 僕は勝たなければいけないんだ!!」


 勇者の叫びとともに、一際強い紫電が王の身体を打ちました。

「むぅっ!!」

 初めてダメージを受けて、後退るオーガの王。

 そこに、床に倒れたままだった魔法使いと賢者の放った炎の矢が命中します。今度は弾かれることなく、王の身体を焼く炎。

 よろめく王。

 立ち上がる勇者。


 乾坤一擲。

 残る気力を振り絞り、前に出る勇者。

 その剣が、真っ直ぐに王の胸に迫ります。

 かわせるタイミングでは、ありません。王は、全てを受け入れたように目を閉じました。

 が。


 勇者は、自分の剣が肉を貫いたのを感じました。

 オーガの王は、勇者の剣が肉を貫く音を聞きました。

 しかし、勇者の剣が貫いたのは、オーガの王の肉体ではありませんでした。

「な、なぜ・・・?」

 王は、自分の前に両手を広げて立つ少女の背中から、剣の切っ先が突き出しているのを見ました。

「ま、まさか、貴女は・・・!?」

 勇者は、オーガの王をかばって、少女がその胸で剣を受け止めたのを知りました。


「ば、馬鹿な!? 俺が死んでも、お前だけは街に連れ帰ってもらうつもりだったのだぞ!!」

 崩れ落ちようとする少女の身体を支えながら、オーガの王は狼狽しました。

 剣は少女の胸の真ん中を貫いており、とても助かるようには見えません。


「お、王様が・・・無事なら・・・私は・・・」

 オーガの王の腕の中で、少女は弱々しく微笑みます。

 もう誰も愛することなどできないと思っていた少女の心に、いつしかオーガの王を想う気持ちが生まれ、育っていたのでした。

(しゃべ)るな! 今、助けてやる!!」

 少女の胸を貫いた剣を掴むと、一気に引き抜くオーガの王。

「俺はオーガの王だ! 死者さえも蘇らせる技を持っている! この程度の傷なぞ・・・!!」


 その瞬間、王の身体を真っ白な光が包み込みます。

 王自身の発した魔法の光では、ありません。

 光は王の力を奪いながら、王の身体を変貌させていきます。

 こめかみにあった角は消え、2メートルを超えていた巨躯は一回り小さくなり、肌の色も変化しました。

 オーガから、人間へ。


「おおおっ、ついに人間に戻れるときが来たのじゃ!」

 いつの間にか室内に現れた魔女が、興奮して叫びます。

「その娘のおかげじゃ! その娘の愛情が、王の呪いを解いたのじゃ!!」

 魔女の言葉通り、オーガの王は人間の姿を取り戻したのでした。


 



 救出しようとしていた少女を、自らの手で傷つけてしまった勇者は、茫然としたまま、それを見ていました。

 敬愛する将軍の許嫁であった少女が、なぜオーガの王をかばったのか。

 人間の少女を腕に抱き、なぜオーガの王が泣くのか。

 自分がやろうとしていたことは、正しかったのだろうか。

 そして、オーガの王が人間の姿を取り戻した時、勇者は、はっきりと自分が間違っていたことを悟りました。

 その姿は――――。


「将軍!!」

 その姿は、勇者が敬愛して止まぬ、将軍その人なのでした。

 信じられないと思いながら、将軍の前に(ひざまづ)きます。

 しかし、人間の姿に戻った将軍は、そのことにさえ気づいてはいない様でした。

「どうしてだ? 力が消えてしまったぞ!!」

 人間に戻ってしまったせいで、強大な魔法の力が失われてしまったのです。将軍は、少女の胸から溢れ出す血を止めようとしながら、慌てることしかできなくなっていました。


「落ち着け。(わし)が治してやるわい!」

 さすがに、このまま少女を死なせてしまう訳にはいきません。

 魔女は進み出ると、少女に癒やしの魔法を使い始めました。

「ほら、ぼさっとしないで、お前たちも手伝わんか!」

 勇者と賢者も、癒やしの魔法が使えます。魔女に叱り付けられながら、少女に魔法を使い始めました。


「た、助かるのか?」

「任せよ。これだけの使い手がそろっておるのじゃ。死んでいない限り、治してみせるわ!」

 魔女の言う通り、溢れ出していた血は止まり、みるみるうちに傷口が塞がっていきます。色を失っていた少女の顔にも、ほんのりと血の色が戻ってきました。


「もう、大丈夫じゃ。しばらく安静にしていれば、目を覚ますじゃろう」

 そう言って、魔女が魔法の手を止めたときでした。


 ――――呪ワレヨ!!


 不気味な声とともに、少女の首に嵌められた(いばら)の首輪がウネウネと動き出しました。

「なっ!?」

 更に荊の(とげ)が伸び、少女の細く白い首に深々と刺さっていきます。

「――――!!」

 大きく仰け反り、身悶える少女。

 無意識に首輪を掴む少女の手にも棘が突き刺さり、また新しい血が流れ出します。


「これが呪いの正体か!?」

 少女が誰かを愛したとき、荊の首輪に殺される。出会ったとき、確かに少女はそう言っていました。それを知りながら、放置した結果がこれでした。将軍は、激しく悔やみます。

「呪いは解けないのか!?」

「無理じゃ。これをやったのは、おそらく悪魔じゃ。儂程度の魔力では歯が立たん・・・」


 うなだれる魔女の様子に、将軍の表情は絶望に染まりました。

「将軍! 申し訳ありません! 私が何も知らずに・・・!!」

 血を吐くような声を聞き、将軍は勇者に目を向けます。

「いや。悪いのは、お前ではない。正体を知られるのを恐れるあまり、真実を隠し続けた俺が悪いのだ」

「し、しかし・・・!」

「それより、腕を上げたな。見違えたぞ」

 勇者に向けて笑いかけると、将軍は何かを吹っ切ったように立ち上がりました。


「魔女よ、オーガロードの力なら、悪魔の呪いに打ち勝てるか?」

「な、何を言う!? やっと、人間に戻れたのだぞ!?」

 将軍の言葉に、魔女は動揺します。

「構わん! もう一度俺をオーガロードに戻せ! あの日、絶望の淵から俺たちを救ってくれた様に、また俺を、そして彼女を救ってくれ!!」

「こ、今度は、もう・・・もう、人間には戻れぬぞ・・・?」

「いいさ。人間であろうがオーガであろうが、俺は何も変わらない。さあ、頼む」

 そう言って、将軍は優しく微笑みました。





 


 季節は移り。

 どこか遠くから、教会の鐘の音が響いてくる中。

 白馬に引かれた馬車がたった1台きり、オーガの森に入って行きます。

 馬車を守るのは、やはり白馬に跨がった白銀の鎧の若者。

 そして、馬車の窓が開いて、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる少女の顔が覗きました。

 純白のドレス。花の髪飾り。その手には、清楚で小さな花束。

 そう。それは婚礼衣装なのでした。


 遠くから、教会の鐘の音が響いてきます。

 白馬に引かれた馬車は、少女の笑顔を乗せたまま、森の中へ消えて行きました。


 

 

 

 

 拙い小説を読んでいただき、ありがとうございました。

 お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、この作品の下敷きは『美女と野獣』です。

 作者も、アニメ映画の『美女と野獣』を楽しんで観させていただいた口なのですが、たった1つ不満なことがありました。それは、野獣が最後に人間に戻ってハッピーエンドとなることです。

 野獣が本当に愛されることによって人間に戻れるという設定は、裏を返せば、「人間は見かけではないよ」と言っているのだと思うのです。

 だのに、人間に戻ることがハッピーエンドでは、テーマをぶち壊してしまっているのではないかと、思ってしまった訳です。

 それで生まれたのが、この作品です。

 もちろん、『美女と野獣』そのものを否定する気はありませんよ。とても面白い映画でしたから。


 あ。『冒険者デビューには遅すぎる?』の方も、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 泣きそうになりました。
[一言] 『美女と野獣』だったのですね。途中からオーガの王が将軍なんだろうなとは思ってはいましたが。世界の民話ではこの逆バージョンがありますよね。逆バージョンの場合は、男性が女性が恋人であることを、横…
[一言] 読んでいて美女と野獣みたいって思ってました♪ 楽しく読ませていただきました。
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