91.怒りのワケ
「……で、話なんだけど……」
ミネラルウォーターをまた一口こくりと飲み干してから、黛は口を開いた。
「そもそもお前は何処に腹を立てているんだ?誤解もあるけど―――まず何に怒っているのか知りたい」
「それは―――言わなくても分かるでしょ?」
「分からない。いや、お前が前怒った時の事も―――正直分かってないんだ。仮説は幾つか立てられるけど、大抵俺が想像した事とお前が考えている事が噛み合っていないって事は―――お前も感じているだろ?前回もお前を更に怒らせる結果になった」
「―――ま、まぁそうだけど……」
そう言われると七海も分が悪い。
結局前回怒ったのはつまるところ、七海の嫉妬だった。
黛が悪いのは悪いのだが―――突き詰めると、七海の勝手な事情が怒りの原因と言う事になってしまう。
「今日は何で怒ったんだ?つまり俺みたいな奴と結婚なんかできるか、顔を洗って出直して来い!と……こういう訳か?」
「えっ……いや、そんな事は」
「友達とは思っているが、男としては触られたくないぐらい気持ち悪いと……」
「どーしてそーなる?!」
今度は七海が突っ込んでしまった。
黛は深刻な表情で、首を傾げた。
「じゃあ、一体何で怒ったんだ?俺の提案が嫌なら、お前はただ断ればいいだけだろ?」
「それは……だって、黛君は唯が好きなんでしょ……?」
七海は視線を逸らして、呟くように言った。
「好きは好きだが……」
すると黛は歯切れ悪く答えたが、肯定には変わりない。七海はそっと瞼を閉じる。
ある意味予想通りの反応なのだが、何となく脱力してしまった七海は力なく当て擦った。
「私と結婚したら、唯の近くにずっといられるもんね」
「?」
黛は腕組みをして、傾げていた首を真っすぐに戻し真面目な顔で言った。
「……お前と結婚しなくても、本田の家には行くから鹿島には会えるぞ?」
「確かに……」
と七海は頷きかけて―――ブンブンと首を振った。
「じゃ、なくて……じゃあ、何でいきなり私と結婚なんて言い出したの?他に何かメリットある?……長い付き合いだから気楽だとか?どっちにしろ、一番好きな人と結婚できないからって代打で済ませようって言うのが―――そう!それが嫌なの!私の事一番好きじゃ無いのに安易に結婚なんて言われるのが」
黛の事は好きだが、流石に他の女に片思いしたままの夫を持つのはゴメンだった。それなら、ずっと『友達その一』のままでいい。いや、『その弐』か『その参』でも。その方が数倍マシと言うものだ。
そんな状態不幸な未来しか想像できない。その内、唯を優先する黛に嫉妬して唯を恨んだりし始めるのでは?同時期に子供が出来て、七海がつわりで苦しんでいる時に唯ばかり心配する黛を恨み始めたり―――そんな昼ドラな妄想が浮かんで来て、もう一度七海は首をブルブルと振った。
(ちょっと、妄想がぶっとんじゃった!何があっても私が唯を恨むなんて有り得ないよね)
それでも将来モヤモヤした気持ちを抱く瞬間は訪れるだろう。
友達だった頃平気だった黛の唯への執心も、自分の恋心を自覚した今では心穏やかではいられない。結婚なんかしたら、悪化するかもしれないのだ。
「―――例えば私と唯が池で溺れているとします」
七海の唐突な話題転換に、黛は目を見開いた。
「黛君は唯を先に助けるよね?」
「は?俺は七海を助けるぞ」
ことも無げに言う黛に、今度は七海が目を見開いた。
「え……」
「鹿島は本田が助けるだろ」
「……」
至極当然のように返事をする黛に七海は絶句する。
「……じゃ、なくて~~!」
伝わらなさに思わず声を上げた。




