83.振り回されて
俯いた黛の顔は真っ赤だった。
会いたくて会えなくて―――そんな時に現れた七海にどれ程黛の胸は揺さぶられたか。
いつも通り容赦なく黛を貶し、そして慌てて何とか持ち上げようとし失敗する様子に……どれ程沈んでいた心を救われたか。
秘めていた気持ちを勢いに任せて加藤相手に放ったのは―――加藤を排除する為だけでは無かった。―――隣に最も伝えたい相手がいたからだ。
(どれだけコイツは俺を振り回せば気が済むんだ?!)
全身がカッと熱くなり、じんわりと汗が額に滲む。
黛をいいだけ落としておいて―――いきなりこれは無い。
自覚が無いにも程がある、と黛は思った。
七海のメッセージを無視したのは本当に自分勝手な理由、つまり嫉妬が多くを占めていたのだ。そんな仕方の無い理由で七海を放置した彼を気遣って現れたのだと―――黛を助ける為に来たのだと彼女は言った。
どれほどその台詞に黛が浮かれてしまうかなんて、気付きもしないで。まるでそうする事が当り前のように。
黛への『恩返し』だと彼女は言うが、彼は特別な事は何もしていない。
仲違いで失いそうになった七海との関係を……自分に対する怒りをどうにか沈めて欲しくて衝動のままに七海の元に突撃しただけだった。つまり単に七海が弱っている所に付け込んだに過ぎない。
それに『彼氏の振り』を提案したのも―――下心が無かったと言えば嘘になる。
あわよくばこのまま流されてくれないかなどと言う虫の良い考えも、今思うと確かに水面下に存在していた。
なのに七海は―――これまで勝手に惚れ込んで、照れ隠しで散々揶揄って、諦めきれずに呼び出して飲みに連れ出す自己中心的な行動しかしていない黛に、友情を感じて真剣に力になりたいと言う。
(しかも全く自覚していない。俺がコイツの一挙手一投足にどんな思いを抱くかなんて)
今も心配げに黛が隠した真っ赤になった顔を覗き込もうとしている様子が―――あまりに親し気で―――その仕草が可愛く思えて堪らない。
「勘弁してくれ……」
「……え……?」
「限界だ。帰りたい……」
「だ、大丈夫……?寝不足とか?」
また有り得ない勘違いをしているな、と黛はすぐに理解する。
だけどこのままじゃ(俺は破滅する……!)と本気で思った。黛はもう一刻の猶予もならない気がして、名残惜しいがこの場を辞する事に決めたのだった。
「ああ、そうらしい。ゴメン、せっかく来てくれたのに……」
「私は大丈夫。黛君の体が心配だよ、もう帰ろ」
「……!」
これ以上優しい言葉を掛けられたら粉々になりそうだ……!と黛は再び白旗を上げたのだった。




