73.行動します
本田から連絡を受けた七海は、金曜日さっそく行動を起こした。
念のために会社を出てすぐ黛のスマホに連絡を入れる。
『K大病院のスタバにいます。仕事終わったら連絡して』
彼女がスタバに着いたのは午後六時十五分。八時頃に帰ると聞いていたが、定時に終わってすぐに帰るとしても着替えなどで十五分は掛かるだろう……と七海はスマホをテーブルに出して抹茶ティーラテを飲みながら待つ事にした。
本田から連絡が入ったのは昨日の夜だった。
黛はやはり仕事の事で悩んでいたらしい。重症患者を担当して自分に出来る事の少なさに凹んでいると聞いて、七海は居ても立ってもいられなくなった。
翌日朝から悶々と悩み、夕方には最悪すれ違っても良いから行ってみようと思い立った。黛だってそうやって自分を助けてくれた事がある。彼の行動は唐突だったが、七海はその黛の行動で随分心を救われたのだった。
そうしてジリジリと待っていたが、とうとう八時を回ってしまった。
七海は不安になって来る。
(あれ?もしかして、もう帰っちゃった……?)
例えば定時に終わって、スマホを見ずに飛び出したとしたら。七海がスタバに着いた時にはもう黛は病院を出た後だったかもしれない。そう言えば、病院では精密機器を使っているのでスマホの電源を落としていると聞いた事がある。そのまま電源を入れるのを忘れる事もあると、黛が言っていたのを思い出した。
「あー……、マンションの前で待っていれば良かったぁ……」
マンション前でなくとも、二子玉川の焼き鳥屋でも良かったのだ。
その方が確実に捕まえる事ができたのに、と七海は自分の迂闊さに肩を落とした。席を立ちスタバを後にしようとして―――黛のマンションに行く前に彼が帰宅したかどうか確認した方が良いと思い至った。
夜間窓口で聞いてみて帰ったと言うなら、もう一度連絡する。それでも駄目ならマンションへ向かえばいい。出来るだけやってみようと七海は考え直した。
正面玄関のすぐ横にある夜間受付窓口に、ダメ元で尋ねてみる。
「待合わせの連絡したのですが、スマホをまだ見ていないみたいで―――もう帰宅されたでしょうか」
「はい、少しお待ちくださいね。確認致します」
その場で断られる事も想定していたので、七海はホッと胸を撫で下ろした。
受付の男性は内線で問い合わせてくれているようだった。
「まだ帰宅してはいないようですが―――仕事中で本人と連絡は取れませんでした。伝言は伝えたのですが、どうしますか?」
「分かりました。もう少しスタバで待ってみます。有難うございました」
まだ帰っていないと言う事が分かって、もう少しスタバで待つことにした。
(確か閉店は九時だった筈。最悪今日はすれ違ってもいいから、待つだけ待ってみよう)
そして、先ほど出て来たばかりのスタバに戻り―――先ほどと同じ店員に見つめられ少し恥ずかしかったが、今度はストレートティーを頼んで、再び正面入り口に近い窓側の席に着いたのだった。
そしてあと十分ほどで閉店になると言う所で。カツカツとヒールを鳴らして近づいて来た女性に声を掛けられた。
「―――もしかして貴方が……黛を呼び出した人?」
顔を上げると、真っ黒なサラサラのストレートの髪をポニーテールにした厳しい目付きの女性が腰に手を当てて七海を見下ろしていたのだった。




