72.幼馴染からの電話
深夜を過ぎた頃帰宅した黛はスマホの電源が切れている事に気が付いた。
充電器に接続すると着信が幾つか入っている。
病院の呼び出しは専用のPHSがあるし、精密機器がある場所でスマホの電源は入れられないので、切ったままになっていたのだ。
折り返し掛けると久し振りに聞く幼馴染の声が、鼓膜を揺らした。
『黛、今いいか?』
「ああ。久しぶりだな、宮崎行ったんだって?」
本田は肯定の意味を込めて少し笑ってから本題を切り出した。
『唯ちゃんが心配してるんだけど』
「んー?」
『お前が元気無いってさ』
「……」
『なんかあった?』
少しの沈黙の後、黛はポツリと言った。
「……んー、ちょっと仕事で重症の患者さんにあたっちゃって。無力感に苛まれてた」
『そっか』
「俺って本当に何にも出来ないなーって」
ハハハと茶化して笑う声が渇いていて、すぐに沈黙が訪れる。
『らしくねーな』
本田も揶揄うように少し笑って言った。
重く受け止めない方が黛の為には良いだろうと、判断したのだ。幼馴染が十分に打ちのめされているのは何となく電話越しに伝わっていた。
「だろ?カッコ悪いから、鹿島には黙っといてくれ」
『分かった。本気でヤバかったら連絡しろよ』
「ハハ、しねーよ。平気だし。―――病気なのは患者さんであって、俺じゃない」
本田は黛の笑いは空元気なのだと直ぐに理解したが……空元気でも出せるだけマシだと思い通話口で頷いて返答した。
『―――言うと思った。じゃあ、唯ちゃんには”単に寝不足だった”とでも言っておくわ』
「サンキュー」
『ところで今日は当直あるのか?何時に上がれる』
「ない。定時は六時だけど、まあ出るのは大抵八時くらいになるかな。何かあんのか?」
『いや。―――明日ゆっくり休めよ』
「ああ」
通話を終えた後、本田はスマホを見ながら苦笑した。
『唯には言わない』と言う約束は守るが―――黛が一番聞かれたくない相手に伝えてしまうかもしれない、と心の中で幼馴染に謝ったのだった。




