64.好きな人は誰ですか?
「龍が―――唯を?」
「はい」
「……」
信は口元に軽く握った拳を当てると、左上の方に目線を上げて暫く黙ってしまった。
「信さん……?」
不安気に七海が信の名を呼ぶと、信はパッと振り返った。
「ん?」
「どうしたんですか?難しい顔をして」
「んー……」
少し困ったように眉根を寄せて、信は言葉を一度切った。
給仕の女性がジョッキのお代わりを配膳したので、彼はそれを一口飲んでから再び口を開いた。
「それは―――龍の気持ちであって、七海ちゃんの気持ちでは無いよね?七海ちゃんはどう思っているのかなって思って」
「……それは……」
「ゴメンね」
七海が泣きそうな顔をしたので、信は目尻を下げて彼女の頭に手を置いた。
「苛めるつもりじゃないんだ。ただ七海ちゃん、たとえ無かった事にしても表に出さない気持ちは燻って沈殿して、心の中に根を張ってしまう。自分に正直にならないと―――ずっと君はとらわれたままになってしまうよ」
七海の頬からポロリと涙が落ちた。
信は両手で俯く七海の顎を優しく支え、顔を上げさせた。
七海の目の前には艶やかに微笑む精悍な顔があった。
「龍が好き?」
今度こそ逃げ場は無い。
七海の目からポロリポロリと涙が零れ落ちた。
そして七海は―――コクリと頷いた。
「信さん―――ゴメンなさい、私やっぱり……」
信はフッと口元を綻ばせて―――ポケットから綺麗なハンカチを取り出して七海の涙を拭った。拭き終わった後、彼女を解放する。
「俺を振った事―――きっと後悔するよ」
嫣然と微笑みながら余裕たっぷりで言う信に向かって―――七海も目を朱くしたまま笑って言った。
「もうしてます」
信は頷いて、少し満足気にポンポンと七海の頭を叩いたのだった。




