58.ただの『地味子』ですから
七海の背中を汗が一筋伝って降りた。
立川の質問に対してと言うより、熱心に話し掛けていた所で無視される形になった岬の恐ろしい形相に肝が冷えたからだ。
(ひーっ!た、立川さん……なんちゅー事をっっ!)
七海は一瞬立川を呪ってしまった。
もしかして誘いを断った意趣返しなのだろうか?と疑ってしまったくらいだ。
それとも岬狙いの田神のために、わざと礼儀を逸した態度を取ったのだろうか?
などと恐怖のあまり邪推してしまう。
ゆるふわカールの中村とショートカットの伊達も、岬の顔を見てビクリと肩を揺らしたが気を取り直して七海に話を振った。
「な、なになに~?江島さんって彼氏いるんだぁ」
中村は場の雰囲気を取り成すように上擦った声で明るく言った。
伊達は触らぬ神に祟りナシと、口を噤みつつ岬の恐ろしい顔から目を逸らした。
そこで立川が更に燃料を投下してしまう。
「彼氏が怒るから俺と食事に行けないって、誘いを断られちゃってさ。俺、失恋のショックで毎日泣いて暮らしているのよ」
とても傷ついているとは思えない口調で、立川は朗らかに言った。
七海をまっすぐに見つめ、ものスッゴイ笑顔で、である。
七海は蛇ににらまれた蛙のように固まってしまった。
もう岬の顔は見れない。少しでも視界に入ったら泣いてしまうかもしれなかった。
「あ、ハハハ~……、立川さんったら大袈裟なんですからぁ……私ごときに冗談言わないでくださいよ~」
乾いた笑いで自分を落とす七海を立川は逃がさなかった。
ふっと寂し気な表情で七海に言った。
「俺本気だったんだけど。もしかして冗談だと思って適当に言い訳したの?」
「え?……そ、その……立川さんは地味な私なんかを構わなくても幾らでも良い人がいるじゃないですか……」
何故か立川からグイグイ土俵際に追い詰められているような気がする。
不安になって七海が言った一言に、立川が食い付いた。
「誰が俺に興味があるかなんて関係ない。俺が今興味があるのは君なんだから」
「なっ……立川さん、この子がどんな子だか知ってるでしょう?」
突然土俵の中に踏み込んできたのは、岬だった。
キンッと苛立った声に、目を逸らしていた人間の視線が集まる。岬はその事に気が付いていなかった。
「大人しそうな顔して『ホスト遊び』しているような女ですよっ!」
「真由、それは無いよ。誤解だって今中村が確認したし」
少し冷たい伊達の声が、シンとした空気の中に響いた。
「何よ~~伊達ちゃんだって、噂話してたでしょ?」
「良い男が日帰りで迎えに来るのを羨ましいとは言ったし、面白くないとも思った。でもホストだと認めた覚えは無い。それに裏付けのない事を他の部の人間にまで言いふらすのはマナー違反だよ」
ビシッと言い放つ伊達に、七海は一瞬見惚れてしまい……プルプルっと頭を振った。
自分の見境なさに、思わず呆れてしまった。
(だけどスゴイ。一気に私の誤解が解けちゃった)
「あっ……」
ある事に気が付いて、弾かれたように立川を見る。
立川は人差し指を立てて一瞬、唇に当てた。
七海は気が付いた。
岬が広めた誤解を、今この場で立川が解いてくれたのだと。
その為に立川は岬を煽るような真似をしたのだ。
……やはり七海が逃した魚は大きかったようだ……




