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56.『片思い』の結末は

いろんな偶然が重なってアイツと普通に話をする事ができた。

アイツは相変わらずお人好しで、少し臆病だ。

もっと自分に自信を持ったって良いのに。


『彼氏の振り』を提案したのは単にアイツの役に立ちたかったからだけど、それが本当だったらどんなに良いだろうと思う。

アイツは俺の事何とも思っちゃいないから俺の提案に怯んでいたけど、背に腹は代えられないのか最後には頷いてくれた。




「ヨモギ大福。限定品だから早く買わないと売り切れちゃうの。お礼に貰って?」

「お礼?」

「えっとー……その、『彼氏の振り』?助かったよ。結局まだ黛君の事は公表していないけど、提案して貰った事で随分気持ちが落ち着いたの。立川さんの誘いも断れたし、課の先輩にもちゃんと挨拶できた。岬さんにはまだ無視されるけど……」




成り行きが気になってアイツのバイト(ボランティア?)先に顔をだしたら思いもかけず『お礼の品』を渡された。


もう手に入らないと思っていたヨモギ大福。

手に取ると微かに温かい。何か別の物をこの手にしたような錯覚を覚える。

調子に乗ってダメ元で食事に誘ったら、何とOKの返事。


正直言ってすごく嬉しい。


その上アイツの家に上げてくれると言う。これまでずっと付き合いを続けてきて、初めての事だった。

部屋に入るとアイツの両親と五歳の弟、翔太がいて『友人』と紹介された。


ホッと胸を撫で下ろす。

俺はまだコイツの『友人』と認識されているらしい。


『宿題』に関しては「忘れてくれる?」と言われたけれど。

結局俺達の齟齬は何も解決しちゃいないのに、アイツから怒りの感情が消えたのは一体どういう心境の変化だろう?訝しみつつも許された事に安堵する。


これから両親と動物園へ出掛けると言う翔太と、アイツの家事が終わるまで存分に遊んだ。

ちっちゃいあらたともこんな風に遊んだな、とふと記憶が蘇る。

笑いながら一所懸命に戦う翔太を、アイツにそっくりな優しいノホホンとした雰囲気を纏っている両親が優しい目で見守っている。


アイツが家事を終えた後、皆で一緒に家を出た。翔太を挟み三人で手を繋ぐ背中をを見送りながら思った。かつてアイツもあの小さな翔太のように父親と母親と手を繋いで歩いたのだろう。

俺の子供の頃の日常と正反対の環境。

こんな賑やかで温かい空気の中で育ったからこそ、今のアイツがあるんだと実感した。







アイツは立川を断ったと言っていた。

受け身な性質たちのアイツが彼氏を作ろうと思ったら、アプローチしてくる奴と付き合う流れしか思いつかなかったから、食事をしながらつい気になってシツコク追及してしまった。


本当にコイツ、彼氏を作る気が無いのでは?

もしかして結婚にも興味ないタイプなのか?


「お前、この先どうする気だ?立川って聞く限りは結構優良物件なんだろ?それを断るなんて―――他に当てがあるのか?……と言うか、そもそもお前はこの先、結婚をする気があるのか?」

「よ、余計なお世話よ!黛君には関係ないでしょ?」

「確かに……関係は無いけれども……」


グサッと傷を抉られる。確かにただの『友人』の俺には関係の無い事だ。


「自分はどうなのよ、二年も彼女いなくてさ。忙しくて彼女作る暇無いって言ってもこれからずっとそうなんでしょ?自分の心配をしなさいよ」

「俺は忙しいから彼女を作らないんじゃない」


容赦ない言葉に、がっつり傷つく自分がいた。

俺は彼女を作らないんじゃなくて、作れないんだ。


アイツの事が好きだから。

それが全く望みの無い『片思い』で、報われる事は到底無いだろう。

それを『片思い』の相手、当人に言われるとは……。


「モテる人はいいですねぇ。自慢は聞き飽きましたぁー」


と何故か拗ねたように言うアイツを振り返ると―――イーっと俺に向かって歯を剥きだしていた。


子供みたいな態度に思わず笑ってしまう。


深刻な空気が一気に吹き飛んで、変わらない態度が親しみの現れのように見え嬉しくなってしまう。『変わらないな』と言ったのはそんな気持ちから出た正直な感想だった。胸が温かくなって自然に口元が綻ぶ。


どうしてあんなに怒っていたアイツが俺を許す気になったのか分からないが、とにかくこんな時間が持てるなら『宿題』の答えなんかどうでも良いかな。しばらく彼を作る気も、結婚する気もなさそうだし……なんて上機嫌に考えていた。―――次のアイツの台詞を聞くまでは。


「こんな子供な私でも―――結婚して欲しいって言ってくれる人はいるんだから、ほっといてよ」


思わずカーブを回るタイミングを逸してしまい、車体が急ハンドルにかしぐ。


のぶさんにこの間、言われたの。『結婚を前提に付き合って欲しい』って」


正直驚いた。

だけど同時に納得もした。


「信が好きなんだろ?」

「……そりゃ好きだけど……」


俺は目を閉じ、溜息を吐いた。

信なら―――コイツを幸せにするだろう。

細かいトラブルは抱えているが、信が本気でコイツと結婚する気ならキチンとそれなりに対処する筈だ。俺の目には、これまで信は八割程度の力しか出していないように見えた。奴が本気を出せばきっと大方の問題は解決するだろう。

優しいし、立派な社会人だ。人付き合いも上手で俺のように他人の感情を逆撫でするような事は無い。


少なくとも―――俺のようにコイツを揶揄からかって怒らせるような真似をする事はないだろう。


「良かったじゃん」


と言って肩を叩くと、アイツは俺の言葉に柔らかい笑顔で返事をした。

その途端胸は痛んだけれども。

俺はしっかりと頷いてから前を向き、ハンドルを握って車を再び動かした。




「……ホントに良かったな」




発した言葉は、心からの物だった。


気持ちの一部を置き去りにして、俺は車のアクセルを踏み込んだのだった。



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