54.『片思い』始めました
一人称となります。
自分が恋をしていると気が付いたのは、彼女に振られて二年ほど経過した後だった。
彼女は自分の『顔』が好みだと言う。
と言うか、『顔』だけが好きで他は全く好きでは無いらしい。
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彼女から告白され、その二週間後アッと言う間に振られてしまった。
「私から告白しておいて悪いけど……何か違うって言うか、黛君の事好きじゃ無かったみたい。別れてもいいかな?」
「いーよ。わかった」
俺は突然の申し出に内心ちょっと驚いていた。
でも何でも無いような態度を纏って返事をした。
別れたいと言う相手の気持ちを尊重するべきだと思ったし、自分自身も短い付き合いしかしていないからまだ好きとか嫌いとか気持ちが育っていなかったのだ。だから彼女に対して何も反論できる筈が無い。
好きと言う気持ちは―――もっと時間が経過した後、育つものだと思っていた。
彼女がこの関係に、そう言った気持ちが育つ見込みが無いと判断したのなら、それは致し方ない事だ。
のちのち友達付き合いをするようになって分かった事だが、彼女は俺の『顔』が好きだったらしい。と言うか『顔』だけが好きでその他はちっとも好きでは無いと言う事だ。
キッパリと言われると、なるほど、と頷くしかない。
名前も知らない彼女の申し出を受けたのは、ピンと来たからだ。
声がいい。
それに相手の目をまっすぐ見る。
傍にいるのが全く気に触らない、感じの良さ。
俺と正反対だな、そう思った。
自分を偽って付き合うのは違うと思ったから、いつも通り過ごしていた。
どうやらそれも、彼女のお気に召さなかったらしい。
振られてからずっと後に言われた。
「ちゃんと彼女を優先しないと。そして彼女を優先してるって相手に分からせるように行動しないから振られるんだよ」
自分を偽って付き合ったらそれこそ相手に失礼じゃないか?と伝えると「そこからか……!」と溜息を吐かれた。理路整然と反論して議論の上では勝利したが、後から何故かアイツの言う事の方が正しいような気がしてくる。試合に勝って勝負に負けたとはこのことか。
だけど今更方針を変えるのも違う気がして、そのままの姿勢を貫いていたらアッと言う間に女子達から敬遠されるようになった。
けれどそんなに彼女が欲しいかと言うとそうでもないので、返って煩わしさが減って良かったと思った。
最初に彼女から告白された時、付き合ったら上手く行くのではと言う予感がして即OKした。その後告白して来た相手も「良い奴そう」と思った相手だけに頷いたが、最初に感じた「ピン」とくる感じはアイツ以外の他の誰にも感じた事は無い。
ある時、何人目かの彼女が俺を待ち伏せしていて、アイツに突っかかった事がある。アイツは遠慮して一人で帰ろうとするくらいの、超お人好しだ。俺の彼女は友達と一緒だったから大丈夫だけど、女一人でひと気の全く無い道を歩かせられる訳がない。アイツは重ねて俺の申し出を断ろうとしたが、鹿島の名前を出したら直ぐに納得して大人しくなった。アイツは鹿島の事が大好きだから、俺の言う事は聞かなくても、彼女の名前を出せば耳を貸すのだ。
その後話の流れで「何故鹿島が好きなのに彼女を作るのか」と聞かれ、思い付く事を口にしたら突然アイツが道端で泣き出した。
アイツは何故か俺に同情したらしい。
俺は今まで自分を可哀想だと思った事が無かったので、かなり驚いてしまった。
そうか、俺って結構可哀想に見えるんだって、その時気が付いた。
他人に同情されたのなんて初めてだったから、驚きつつも新鮮な気持ちがした。
そして―――その夜また、後から気が付いた。
あれ?
俺って鹿島の事―――本当に好きなのかな?
いや、好きだし、尊敬している。
鹿島はいつも落ち着いてて正しくて優しい。
大人しいけれど自分の意志をしっかり持っていて、駄目だと思う事は小さい声でもキチンとそう言える、強い奴だ。
そんな鹿島が好きだった。だから慕っていた。
でもアイツが泣くほど―――俺、可哀想じゃないかもしれない。
鹿島は確かにいい女だ。
鹿島と話すのは好きだ。
本田を選んだ鹿島を、ますます好きになった。
本当にアイツらは似合いの二人だ。
二人の傍にいるのは居心地が良い。
俺―――鹿島の事、本当に女の子として好きだったのだろうか?
その時、初めて自分の気持ちに疑問を感じた。
俺の両親はほとんど家にいない。
母親は大抵海外で、父親は病院に入り浸り。
両親は尊敬しているし好きだけど―――どうも『親』って感じがしない。養って貰っているし遺伝的にも色んなものを受け継いでいるのだから確かに親なのだけれど。
俺は幼い頃から本田家に入り浸っていた。
だからどちらかと言うと『家庭』と言う単語を聞いて思い出すのは、本田家の居間だ。
そして変な話だけど―――そこで笑い合っている本田と鹿島に、理想の夫婦ってイメージがあった。二人の間に生まれた子供は幸せだろうなって思う。そんな子供が羨ましいな、と。
その時ふと気付いた。
あれ?俺……鹿島みたいな母親が―――欲しかったのか?
同級生なのに?小学校の頃からもしかしてそう思っていたのか?
道理で―――とそう考えると色々思い当たることがあって、ポツリポツリと浮かび上がって来る。
俺は鹿島を好きだけど、彼女を性的な目で見た事は一度も無かった。
小学生の頃のイメージを引っ張っているのか、それとも聖域視しているのか……と思っていたけれども。
やっと、理由が分かった。
当り前の事だ。『母親』にそんな目を向ける訳が無い。
思えばその時から、俺はアイツの事が好きだったのかもしれない。
だけどその時は未だハッキリと自覚したわけでは無かった。
その気持ちに気付いたのは―――三年生の学園祭の時だ。
サッカー部のキャプテンに問答無用で実行委員を押し付けられた。誰も寄りつかない受付でダラリと椅子によしかかっていると、アイツが現れた。
当り前のように俺の隣にストンと腰掛け、散らばったパンフレットを纏めて端をそろえるように机の上でトントンとしているアイツの気配を感じながら―――その時気が付いた。
あ、俺―――コイツの事好きだ。……と。
『やっぱり好きじゃ無い』と面と向かって振られて―――既に二年が経過していた。
もし二年前に気付いていたら?
いや、振られてからコイツと付き合って来た日々が―――俺に色んな事を教えてくれたのだ。そしてその結果俺は漸く気が付いたんだ。自分が本当に好きな相手が誰なのかって事に。
そして同時に。コイツが俺を好きでも何でもないって事を―――嫌になるほど身に染みるほど、理解している。だから憎々し気に嫌味を言われると、つい応戦しちまう。
自分でも思う。俺はガキだ。気になる相手に憎まれ口ばかりきいてしまうなんて。
高校生にもなって、好きな相手と真面に話をするのが恥ずかしいなんて。
だけど嫌われたってどうって事無い。
元々、アイツは俺の『顔』以外―――興味が無いんだから。




