51.良かったのでしょうか
「信が七海に……?」
黛の目が大きく見開かれた。
七海は覚悟して、身構えた。
(どうせ「そんなバカな」とか「冗談も大概にしろよ」とか言って笑うんでしょう?でも何を言われても怯まないわよ、私が信さんに告白されたのは事実なんだから……!)
と、信の告白を自分でも未だに「夢じゃないのか」と思っていると言う事実には目を瞑り、改めて意地のみでそう気持ちを奮い立たせた。
しかし黛の反応はサッパリとしたものだった。
「……ふーん、良かったな」
「え?」
「信はいい男だからな。まあ、少々トラブルを抱えているみたいだけどさ」
アッサリと信を褒められて、七海は少し肩透かしを食らったような気分になった。
けれどもそれを責めるのが筋違いである事は―――僅かに混乱している七海の頭でも判断できた。
「……その『トラブル』が一番ネックなんだけど……」
信の申し出をどうとるか、とか自分がそれをどう思うのか、と言う以前に。
まず前提として信の女友達から相当恨まれて修羅場に巻き込まれるのではないか……とか、気味の悪いストーカーに付き纏われはしないか……とか、信と付き合うとなると目の前に立ち塞がると思われる障害が多過ぎるのが実情だった。
「それは信が何とかするだろ?好きな女一人くらい、ちゃんと守るさ。本気で付き合おうと思っているんなら」
「そっか……そうよね……」
上手に説得されそうになって、ハタと七海は頭を上げた。
「な、何で黛君が信さんの肩を持つのよ」
「どういう意味だ?」
「いや、どういう意味って……やけに信さんを押すなぁって」
「信が好きなんだろ?」
「……そりゃ好きだけど、それとこれとは別って言うか……」
小さい声でブツブツと否定の声を上げてしまう。自分で言っておいて、七海は何が何だか分からなくなってきた。
もともとこの事は七海の中で決着の付いている事では無いのだ。悩んでいる最中の関係について、賛成を示されても戸惑うばかりだ。
(まあ、私が売り言葉に買い言葉で黛君に言っちゃったのが、そもそも間違いなのだけれど……あんまり黛君が人の気持ちを抉るような事を言うから……)
俯く七海に黛は「良かったじゃん」と言ってポン、と肩を叩いた。
顔を上げると、七海に優しい笑顔を向ける黛の秀麗な顔があった。
そんな顔も―――憎らしいほど彼女の好みだ。
追い詰められ混乱した七海は―――つい、困ってエヘラ……と笑ってしまった。
黛はそんな七海の表情を目にし、しっかりと頷いてから前を向く。そしてスイッチを押して、可愛らしい黄色い車のエンジンを掛けた。
先ほどの慌てたような運転と正反対の、流れるようなハンドル捌きで車を発進させると黛はポツリと口を開いた。
「……ホントに良かったな」
その声を聴いた時、七海は思った。
(もしかして結婚相手や彼氏の好みについてシツコク聞いて来たのは―――純粋に私の事を心配していただけだったの?)
だとしたら、ヤヤコシイ事になってしまった。と七海は冷や汗を掻く。
信の申し出を受けるなんて、まだ考えられないのに。
そしてそれを黛に祝福されてしまうとは―――。
七海の胸の内には―――俄かにモヤモヤと淀んだ霧のようなものが立ち込め始めたのだった。




