48.理由は何ですか?
「立川の事、断ったんだ?」
海老の天婦羅に齧り付きながら、黛が言った。
七海はたぬき蕎麦をモグモグと飲み込んだ後「うん」と頷いた。
「お前彼氏とか、いないんだよな?」
「う、うん……それが何?」
弱い所を抉るような黛の台詞に、苦い顔をしながら七海は返事をした。
「結婚とかする気ないの?」
「うぐっ……」
今まさにその悩みの渦中にある七海は、ズバリ痛い所を突かれて呻いた。
そして無言のままガツガツとランチセットの海鮮丼を口に放り込む。
「立川ってそんなに嫌な奴なのか?」
「むぐっ……立川さんは―――嫌な奴では……無いよ?うん、お誘いを断っても朗らかに対応してくれたし。黛君の言う通りだった」
「好みじゃないって事か?」
やけに食い付くなぁ、と七海は訝しく思った。
「好みじゃないとか、そんな事では無いよ?恐れ多いって言うか―――立川さん、岬さんだけじゃ無く、他の女性社員にも人気あるんだ」
「じゃあ……何で駄目なんだ?」
「もー、何なの?黛君だって、付き合う相手は選んでるんでしょ?私みたいな平凡地味子は相手を選ぶ権利も無いって言いたいの?」
つい口に出たのは、まさに七海が最近考えていた事である。
黛が……と言うより七海自身が、自らの身の振り方に不安を抱くようになったのだ。
「そんな事は言っていない。でも滅多にお前を誘う奴なんかいないのに断るなんて、余程好みが煩いのかと―――」
七海は蕎麦を啜りながら、盛大に眉を顰めた。
(余計なお世話!)
せっかく見直したと思ったら、これだ。と、七海は腹が立った。
チラリと信の申し出が頭を掠めたが、不安になっていた所に蜘蛛の糸のように垂らされた希望について、自分の中でもどう処理して良いかまだ決着が着いていない。信を知らない相手ならともかく、家族同然の黛に話すのは躊躇われた。
七海はどう答えて良いのか判断が付かず―――結局無視を決め込んで食事に集中する事にした。
黛は暫く七海をジッと見ていたが、彼女に返事をする意志が無い事を理解したのか―――それ以上追及する事を諦め、再び天丼に箸を伸ばし黙々と食事に専念し始めた。
『そばと海鮮丼のランチ』をペロリと平らげお腹が満たされると、やがて七海の心も落ち着いて来た。
黛の暴言はいつもの事だし、七海は怒りが長続きしない性質だった。
この間黛に『絶交宣言』を言い渡した行動は、彼女の人生においてかなり稀な出来事だった。七海から他人をハッキリ拒絶する事など、これまでほとんど無かったのだ。
今朝バイト先の個人病院で当直を終えたばかりの黛は、これから家に帰って仮眠を取り今度は大学病院の当直勤務に向かうらしい。今日は身なりは割合キチンとしていたが、相変わらず忙しいんだな……と七海は少し同情心を思い出した。
怒りが落ち着いて来てふと気が付く。
その忙しさの合間を縫って七海を食事に誘うのは何故だろう?
彼女の頭に疑問符が湧き上がって来た。七海の居住地周辺は、彼の住まいや勤務先から随分距離がある。
「今日のバイト先って、この近くだったの?」
「ん?いや?」
家まで送ってくれると言うので助手席に乗り込もうとすると、またもや黛は自然に助手席の前に立ち紳士的にドアを開ける。その仕草はやはり堂に入っていて―――七海は感心しながらも彼に尋ねたが、軽く否定されて肩透かしを食らったような気分になった。
(じゃあ、何でわざわざこんな所まで?)




