42.ホントにホントです
「本当に……??」
「ホントにホントです」
信は大真面目な顔で頷いた。
「そっ……」
七海は何か言い掛けようとしたが、言葉にはならなかった。
捕まれている手を引こうとしても、しっかりと握り込まれてしまっている。
「俺の事……嫌い?」
「え!そんな、まさか……!」
嫌いな相手と毎週顔を合わせられる訳が無い。それだけは自信を持って言えるので、七海はちゃんと答える事ができた。
「嫌いじゃないです」
「じゃあ、好き?」
「すっ……って、その……」
七海はオロオロして、口籠る。彼女は信をそのような目で見た事が無かった。
高校生の頃初めて出会った信は、ずっと年上の―――余裕のある大人だった。唯と分け隔てなく自分を可愛がってくれているとは感じていた。だけど信の目から見た自分は……ずっと子供のままだと信じ込んでいたのだ。
信にとって自分は、揶揄いの対象で群がる女性を払う為の虫除けで、彼が自分を『癒し』と言ってくれているのは、女性として見る以前の安心できる存在だと―――そう言う意味でしか彼は自分をみていないと今まで思っていたのだ。
追い詰められた七海の顔はユデダコのように真っ赤に染まった。
手を握られている事が恥ずかしくてならなかったが―――今度は徐々に滲んでくる手汗が気になって、違う意味で恥ずかしくなってきた。
「あの……信さん、手……」
「ん?」
気が付いていないのか、涼しい顔で信は手を握り続けている。
「は、離してください……っ、汗掻いちゃって……」
「ああ」
信は頷いて手を離してくれた―――かと思いきや、テーブルの上にある予備のお絞りを手に取って、七海の手を丁寧に拭いてくれた。
そしてまた何事も無かったように、手を繋ぎ直した。
(なっ……)
七海は敗北感で一杯になった。
手汗に引いて、信が手を離してくれると思っていたのに、何食わぬ顔で世話を焼かれてしまった。
これではまるで、ただ七海が信に手を拭かせたみたいではないか。
絶句する七海を見て、信はクスリと笑った。
そしてゆっくりと手を離し、ポンポン、と彼女の甲を優しく叩いて右手を引いた。
ドッと力が抜ける。
七海があきらかにホッとした表情を見せたので、信は苦笑して彼女に謝った。
「ゴメンね。驚かせて」
「ええと……はい」
いいえ、と一瞬言おうとして―――七海はやはり頷いた。
吃驚したし、焦ったし、追い詰められた。
とにかく―――彼女は驚いたのだ。
「返事は急がないよ。でも―――考えてみて欲しい。ちょっとでも可能性があるなら―――彼氏の役は、龍じゃなくて俺にやらせて。それに同僚の人達に結構目撃されていたみたいだから、あまり顔を出さない龍より俺の方が適任だと思うよ?『彼氏の振り』」
「……」
確かにそうかもしれない。
その方が話が早いだろう。
そして信は一瞬前まで『お一人様』の人生の先の先まで想像してしまった自分を『好きだ』と言ってくれる貴重な人材なのだ。
『考えてみて』と言って貰うより、七海の方がお願いして付き合って貰う方が、本来あるべき姿なのでは無いか??
七海の脳裏にはそんな自虐的な考えが浮かんだが、とにかく今は混乱していた。
コクリと頷いて同意を示す事が―――今の彼女にできる精一杯だった。
「考えて……みます」
小さな声で呟かれた彼女の返事を受け取って、信は優しく微笑んだのだった。