41.ホントにホント?
「大丈夫です、それはもう足りてます」
「え?」
「『婚約者の振り』ですね。気を使って貰ってありがとうございます。でも、大丈夫です。黛君がかってでてくれたので」
「―――え?龍が?」
信は目を丸くして、七海を見た。
「その、昨日ちょうど電話が掛かって来て……黛君が言ってくれたんです。恋人の振りをしてくれるって。立川さんの誘いを断る時に自分の名前を使えって。幸い彼がいるって言っただけで引いてくれたので、まだどんな彼かってことまで明かしてはいないんですけど。だから課の先輩達にも聞かれたら、黛君の名前を出せますので……」
七海はビシッと片手を上げた。
「心配ご無用です。でも、お気持ちは嬉しいです。有難うございます」
信はアングリと口を開けて―――閉じた。
「龍は―――恋人の『振り』をするって言ったの?」
「はい」
「―――俺は違うよ」
重ねた手に力を込めて、信は七海の白い手を握った。手の甲に重なっていただけの彼の指が、七海の掌の柔らかい部分に滑り込んで来て彼女はビクリと肩を震わせた。
「の、信さん……っ」
「俺のは『振り』なんかじゃない、本気だよ。本気で付き合って欲しいと思っている」
「えっと……いつもみたいな……冗談ですよね?」
「冗談じゃ無いよ。俺は今まで、七海ちゃんに冗談を言った事なんかない」
捕まれた手を見ていた七海の視線が、信の表情を捕らえた。
男らしい精悍な眉が顰められ、少し苦し気に見える。
いつも見せる余裕の微笑みを想像していただけに、七海は混乱した。
いつも信は七海を揶揄っていた。
『癒し』だとか『アプローチしている』だとか、微妙な台詞でまるで七海の気持ちを翻弄するみたいに。赤くなってシドロモドロになる七海を見て楽しんでいた。―――あれが本心からの言葉だと言うのか?
「だっていつも信さん―――否定しなかったじゃないですか、揶揄うの止めてくださいって言っても……」
「七海ちゃんと一緒に居たかったんだ。逃げられたく無かった。本気だと言ったら―――七海ちゃんは俺の誘いを断っただろう?」
そうかもしれない。警戒して、二人で何処かに行こうと誘われても付いて行かなかったかもしれない。信が本気で七海と付き合いたいと思っていると知っていたとしたら。
「ズルかったかもしれない……七海ちゃんが俺に気が無いって言うのは分かっていたから、言えなかった。いつかこっちを見てくれるようになったら打ち明けようと思っていたけど……なかなか七海ちゃんの気持ちは動かないし」
「あのっ……ぜんっぜん、気付かなかったんですけど……本当に冗談じゃ無いんですか……?」
そう口にした七海は、急にハッと息を飲み込んだ。
そして信に手を握らせたまま、不安な素振りで周囲を見渡し始めた。
信は首を傾げて、彼女の顔を覗き込む。
「……どうしたの?」
「え?あの……何かこういうテレビ番組ありましたよね、有り得ない事を信じるか信じないかって、素人を引っ掛ける実験の……」
信は力なくガクリと頭を下げた。
そして数秒おいて―――バッと再び顔を上げて、声に力を込めて言った。
「実験でもドッキリでも何でもないよ。ホントのホント。本気だから……!」




