37.花束を差し出す美男
一瞬動揺した信だが、さすがに修羅場慣れしている。
そっと七海の鞄を奪って肩を抱き、タクシーを拾って彼女と一緒にスルリと乗り込んだ。
タクシーの柔らかなシートに沈み込むと、荒ぶっていた七海の気持ちも徐々に落ち着きを取り戻し始める。
すると泣いてしまった自分が恥ずかしくなって来た。
七海は慌てて鞄を受け取り、ティッシュで涙を拭き鼻をかむ―――モヤモヤしていた気持ちが驚くほどスッと霧散してしまった。
「落ち着いた……?」
「はい、スイマセンでした」
「俺、何か悪い事……したのかな?」
珍しく信が余裕な態度を崩し、オズオズと七海の様子を窺うように言葉を探っている。
涙でストレスが流れ落ちると、七海にも何故泣いたのかと言う事がアヤフヤになって来た。
確かに信には腹を立てていた。
けれども泣くほどの事だったかと言うと……どちらかと言うと、岬の視線が怖かっただけなのだ。その怖さから目を逸らして、一日平気な顔で頑張って来た。
なのにそれを台無しにするかのようなタイミングの悪さに、八つ当たりしてしまったのだ。
「いいえ。でも―――駅で待っていて欲しかったです。会社の前だと―――同僚に見られて色々うるさく言われるので」
フゥーッと息を吐いて七海が言うと、信が思案気に彼女の顔を覗き込んだ。
「……色々って?」
「それは―――」
言い掛けた時、タクシーが目的地に到着した。
七海は信に促され、その落ち着いたレストランの入口を潜った。予約済みらしく奥まった半個室の空間にすぐに案内された。
「渡しそびれちゃったね」
そう言って信は少し悲し気に笑って、ピンクの花束を七海に差し出した。
ピンクのガーベラとところどころオレンジのガーベラ、そして隙間がカスミソウで埋められている。ガーベラは七海の大好きな花だった。
「これ、私に……ですか?」
「そうだよ、誰に渡すと思ったの?」
「いえ、どっちかって言うと……信さんが誰かに贈られたのかと―――とても似合ってましたから」
フフフッと信は笑って言った。
「七海ちゃんのイメージで作って貰ったんだよ」
「あ、ありがとうございます……」
お礼を言い顔を上げると、優し気に笑う信と目が合う。
その色気たっぷりの眼差しが眩しくて―――七海は目をパチパチと瞬かせた。




