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34.振りですか

まゆずみはそう言って前を向いた。

信号が青になって、車がスムーズに走り出す。


その動きに合わせて、七海の心も動き出した。


『大丈夫』と言われただけで、縮こまっていた体中の血管が拡張して新しい血液がドンドン体中に行き渡るような感覚が湧いて来る。七海の会社に所属していない黛の太鼓判が、どれだけ効力があるのか判らないが、何だか本当に大丈夫な気がしてきた。


「お前は何も無かったように、いつも通りニコニコして胸を張っていればいい。暗い顔でビクビクしてたら、孤立してそれこそ岬の思う壺だぞ」

「うん」


七海は今度こそ素直に頷いた。


「黛君がいてくれて良かった」

「ん?」

「ありがとう」

「……」


黛はウィンカーと出しつつ、少し黙った。


「まだ、解決して無いだろ?立川って男はどうする?」

「あ、そうだった。うーん……取り敢えず……避ける?お礼はメールで終わらせて、顔を合わせないようにする」

「今までだってあっちから声を掛けて来てるんだろ?総務ってそんな隠れる場所あるのか?仕事で絡むんだろ」


総務課は社内の誰もがアクセスしやすいよう、隅々まで見やすいレイアウトになっている。

隠れる場所はそんなにない。


「でも他にも職員がいるし……」

「ちょっと聞いただけで何とも言えないが、そいつ相当出来る営業なんだろ?押しが強いんじゃないのか?お前みたいな気の弱い奴、押しまくられていつの間にか外堀埋められるぞ」


確かにランチも何が何だか分からないうちに、言いくるめられ約束させられてしまった。そう言えば連絡先を聞き出された時もすごくスムーズで、警戒心も抱かず七海はアッサリとアドレス交換してしまったのだ。


「まあ、でもソイツそんなに悪い奴じゃないかもよ」

「ええっ?あんな気持ち悪い事言っているのに?!」


七海は喫煙室の台詞を思い出して、背筋を震わせた。


「男同士だったら、もっとエグイエロ話してる奴、巨万ごまんといるぞ。立川が特別変態だって訳じゃない。第一、お前に直接そう言った訳じゃないんだろ?ちゃんと気を使ってるんだ」

「ええー……」


七海は盛大に引いた。


「黛君も……?本田君は違うよね……?」

「まあ本田は言わないだろうけど、誰かが言ってたら笑うくらいするだろうな」


黛は敢えて自分の事には触れなかった。話が長くなりそうな気がしたからだ。


「それに立川はお前の事『真面目でイイ子』って言ってたんだろ?岬の中傷より七海の為人ひととなりを信じてる―――見る目があるって事じゃないか?」

「……そうなのかもしれないけど……やっぱりあんな事言われたら、近づきたくないよ……」

「じゃあ、もうアレしかないな」

「『アレ』?」


見慣れた風景が目に入る。七海の会社にはもう少しで到着するだろう。

首を傾げる七海に、黛は提案した。


「今度立川に誘われたら『彼氏に怒られたから行けません』って言え」

「え?彼氏なんかいないけど……知ってるくせに」

「俺が『彼氏』になってやる。今フリーだし、どーせ忙しくて女と付き合う時間は無い。立川に俺の職業を伝えてスマホの写真見せてやれ。大抵の奴は引き下がる筈だ。それでも駄目なら、二子玉の近くににデカいマンション持っているって付け加えてやれ」

「……」


七海は一瞬黛が何を言っているか分からなかった。


「なっ……ええー!」


そしてその言葉を理解した途端、叫び声を上げた。


「あっでもマンション持ってるの、黛君じゃ無くてお父さんじゃ……」

「細かいな。研修医の初任給、ハッキリ言ってお前の給料より安いからな。ハッタリが必要だろ。金持ちの息子って聞けば大抵の男は怯むぞ?」


確かにそうかもしれない。だが。


七海の心臓はドキドキと五月蠅く跳ね始めた。




(黛君が彼氏……いやいや駄目だよ、こんな我儘なマイペースな奴と付き合うなんて)




「でも、心の準備が……そんな理由で付き合うなんて……」

「『心の準備』?『付き合う振り』にそんなもの必要か?」

「……」




スッと胸がいだ。




「……準備は必要無い」

「取り敢えずそれで防波堤は築けるから、安心してニッコリお礼を言え。冷たい態度なんか取ってお前の株を下げる必要は無い。キャラクターに似合わないからな」

「うん、そうだね。ありがと……」


ちょうど会社の前だ。車を停めた黛がわざわざハザードを出して車を降り、モタモタとシートベルトを外す七海の助手席のドアを開けた。車道側なので後ろから来る車に気を配りながら、キチンとエスコートしてくれる。

そして手を上げるとすぐに車を走らせて、行ってしまった。




相変わらずボサボサ頭の怪しい髭面の男なのだが。




何だかいつも以上に格好良く見えるのは何故なのか……と走り去る黄色い車を目で追いながら、七海はボンヤリと考えた。



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