26.楽しみですか
七海が肩を落として廊下を歩いていると喫煙室の傍まで来たとき声が聞こえた。
どうやらパーテーションの扉が閉まり切っていないらしい。
昔一度禁煙ブームに乗って七海の会社も全面禁煙になった事があったそうだが、ビルの外やお昼に喫茶店で喫煙する職員が増え、事務室になかなか帰って来ない事が問題となり、一部の愛煙家のために喫煙室が復活したそうだ。
「で、どうだった?『魔性の女』は」
何だその時代錯誤なネーミング、とその時は思っただけだった。
聞かれた相手の声に聞き覚えがあると気付くまでは。
「んー、普通?真面目~なイイ子だよ」
「まあ、見た感じそうだよな」
思わず向こうから目に着かない場所で脚を止めてしまう。
「でも三人の男を手玉に取っているんだろ?」
「岬さんのやっかみだろ?あの人自分以外の女が注目されるの許せないタイプだからな」
「可愛いからいいじゃん」
「おまえ、ホント好きな。あーいうタイプは面倒だぞ」
「面倒掛けられてもいい。むしろ掛けられたい」
「ロリコン」
「何だと?俺は合法ですから。彼女アラサーよ?お前の方がおかしい。『魔性の女』が男性経験豊富だってのが噂だけだと思ってるんなら、何で声掛けたんだ?」
「脚」
「え?」
「彼女脚、綺麗じゃん」
「ああ~出た!脚フェチ!」
「それにあーいう地味なタイプの方が仕込みがいがあるんだよ。昼と夜のギャップがあるのが良い」
「おめー鬼畜過ぎるよ!そんな朗らかに笑いながら言うなよ!」
「ハハハ……」
七海の頭は真っ白になった。
どう考えても『脚フェチ』は立川。そして話を聞いているうちにやっと思い出したが……岬を気に入っているのは同じ営業部の田神だった。そして『魔性の女』とはもしかするともしかしなくても―――七海の事だ。なぜ。
全く身に覚えが無い。というか七海は四半世紀、真面に男性と付き合った事すらないのに。
今度は七海の顔が、蒼白になった。
クルリと踵を返し、七海は喫煙室の前を通るエレベーターへのルートを諦めて―――非常階段へと向かったのだった。




