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24.お礼に食事でも

「ありがとう、助かったよ」

「間に合って良かったですね」


七海の会社には旅費の支出システムがあって、その運営は提携している旅行会社に委任している。旅費を支出を抑制するために、三年前に試行し始め二年前から全ての旅費をこのシステムで支出する事になった。

新採だった七海は「勉強になるぞ」と上司に肩を叩かれ、仕事の「し」の字も把握していないうちから主任とセットでこのシステムの担当になった。相手の旅行会社もこのシステムを作ったばかり、七海ほどでは無かったがほぼ新人の担当者だった。どうやら周囲はみなパソコンが苦手なベテランばかりで新規採用された数人の人間で、ほぼ全てのシステムを作り上げたらしい。


新人×新人の組み合わせは最悪だ。


会社の仕組みや仕事の流れが分からないから有り得ない間違いを連発して、出張する営業担当者に怒鳴られたこと一度や二度では無い。旅行会社のミスもあったし、こちらのミスもあった。お互い新人だから内部での発言権が弱く要領も悪く、当然ミスのフォローにも時間が掛かった。


しかし三年経った今では、旅行会社のシステム担当者と七海はツーカーである。

有り得ない営業担当者の要望も、これまでの積み重ねですぐに対応策を講じられるし、何かあっても相手のシステム担当者と相談して解決した。

試行一年間は七海と主任の二人きりで担当していた仕事も、マニュアルを作り他の担当者が誰でも担当できるように整理した。



現在七海は福利厚生担当なので、旅費のシステムにはメインで関わる事は無い。

七海が呼ばれるのは緊急や困った案件があった時、それから担当者が皆出払ってしまった時だった。







今回七海が呼ばれたのは、ちょうど担当主任がイベントの手伝いで駆り出されて不在にしており、補佐の新人では対応の仕方が分からなかったからだ。

営業部の新人が事前にしなければならなかった旅費システムの申請をせずに自費で旅費を支払ってしまった。トラブルシューティング用のマニュアルもあったのだが、新人には分からなかったらしい。


すぐに手書きの手続きとシステムの修正を終え、時間は掛かるが担当者の口座に旅費は確実に振り込まれる事を説明すると、怒られてしおしおに萎れていた営業部の新人がホッとした表情で頭を下げた。一通り難しい手続きを手伝って、七海は分かりやすい作業を担当者に引き継いだ。

営業部の新人を連れて来たのは立川で、ミスをした彼が直属の上司に怒られているのを見かねて総務に確認してくると取り成したのだと言う。新人に先に帰るように指示をすると立川は微笑んで言った。


「江島さんにはこの間も世話になったね」

「えーと……そうでしたっけ?」


七海が首を傾げると、立川は口元に手をかざしながら内緒話するように声を低くした。


「ほら、うちの田神が二重申請してお金貰っちゃった件」

「あ!」


営業部の田神が間違って旅費を二倍受け取った事に気が付いたのは、彼が長期出張に出た後だった。出し忘れた領収書を別の担当者に託し旅立った後で判明したのだ。たまたま担当者に手すきの者がいず、対応したのが七海だった。


「ああ~、あれですね」

「そう、あれです」


クスクスと笑う立川は学生の頃野球で鍛えたと言う立派な体格をしている。

眼鏡の奥の切れ長の一重の瞳の所為で初対面の人間は大抵怯んで下手したてに出てしまう。しかし一転して朗らかな笑顔で相手の気持ちを解し、すっかり手玉にとってしまうという営業テクニックを持つらしい。魅力的な独身男性で―――岬をはじめ多くの女子社員が彼に注目していた。


その時本来田神は始末書を書かなければならなかったのだが―――七海が裏技を使って、ミス自体を消してしまったのだ。勿論円滑にお金を返納して貰った上での事だが。長期出張中の田神に代わり営業部側で尻拭いをしたのが立川だった。


「江島さんにはたくさん世話になったから、お礼に食事をご馳走したいんだけど?」


朗らかに笑う営業部のエースの言葉に、七海の腰は思いっきり引けた。


「え!いえいえ……大した事していませんから。ちょくの担当者でもありませんし」

「俺の気が済まないんだよね」

「そうは言っても、どちらも立川さんのミスじゃありませんよね」


立川にお礼される筋合いでは無いと七海は思っている。


「うーん、そうなんだけど……結果的に対応した俺の株が上がったんだよ。無理案件をすんなり処理したってね。だから快く受けてくれると嬉しいんだけど……今日の夕方とか空いてないかな?」

「え?夜ですか……?」

「予定ある?」

「予定は無いですけど―――でも……たかが内部手続きのフォローくらいで」

「じゃ、こっちも一歩引くからさ。昼休みにランチに行かない?これなら江島さんもそれほど気にならないでしょ?お願い!俺の顔を立てると思って……!」

「あ、あの頭を上げてください!わかりました、わかりましたから!」


片手を拝むように上げ頭を下げようとする立川の肩を咄嗟に抑え、七海は蒼くなって彼の大仰なアクションを防いだ。


「ホント?」


立川は満面の笑みで顔を上げた。


「ホントです!だから、頭なんか下げないでください!」


一階ロビーで待ち合わせする約束をさせられ、急な仕事が入った時の保険として念のためアドレス交換までする事になってしまった。




落ち着いてみると何だか年長者に言い包められた感がぬぐえなかったが―――あれ以上窓口で押し問答する訳には行かなかった。七海はランチで済んだ事に胸を撫で下ろしていた。







その一部始終を同じ課の先輩である岬が、目をカッと見開き般若のような顔でパソコンの隙間から窺っていた事に―――七海は全く気が付いていなかった。




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