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23.『魔性の女』と呼ばれています

「立川さん、どーぞぉ♪」

「有難う、岬さん」


ニコリと笑顔で立川がお礼を言うと、ウエーブがかった長い黒髪を触りながら幼顔の岬が照れたように微笑んだ。

立川は内心面倒だなと思ってはいたが、営業で培った鉄壁スマイルをとりあえず返しておいた。


「岬ちゃん、俺にもちょーだい!」

「あ、はーい」


若干先ほどと比べ熱心さに欠けるものの、岬は立川の向こう側にいる田神にもサラダを取り分けた。その時自然に隣にいる立川に触れるのも忘れない。「あ、すいません」と言いながら頬を染めて意味ありげな視線を送った。


上機嫌の岬を見て、向かい側に座るゆるふわカールの中村が隣に座るショートボブの伊達に小声で言った。


「真由、輝いてるね」

「うん、超上機嫌。さっきと別人だわ~」


立川が飲み会に仕事で遅れると聞いて、かなりつまらなそうにしていた岬真由は彼が現れた途端キラキラと復活した。隣の人が席を立った隙に、立川の腕を引っ張って強引に座らせたのだ。岬に気があるらしい田神が一緒に付いて来たのは多少、計算外だったが。


さっきまで彼女が荒れていた訳は他にもある。

またしても課の後輩、岬が『平凡地味子』と言い放つ江島七海が、スーツ姿の精悍なイケメンのお出迎えを受け連れ立って去って行ったからだ。七海を迎えに来る男は岬達が目にする限り三人いて、どれもタイプの違う美男ばかりだった。そして今日迎えに来た男は岬好みの頼りがいのありそうな精悍なイケメンだったのだ。


「そうだね、今日もカッコ良かったよね、お出迎えのスーツの人」

「うん、どう見てもホストでは無いね、あれは。それに一番よく現れるから、あの人が江島さんの本命なんじゃない?」

「あとの人は?」

「やっぱ友達とか親戚?」

「だったら江島さんに紹介して貰おうかな~」

「中村、彼氏いるくせに!」

「トキメキは別よ!飲み友になるくらいいいじゃん。ほら、女性ホルモン向上のためにね」

「江島さんの彼氏ってホストなの?」

「いえ、そう言うわけじゃなくて……あわわ!」


ゆるふわカールの中村は質問者に笑顔で返事をしようとした。

そして相手が向かい側に座っている立川である事に気が付いて慌てた。いつの間にか話に夢中になって声が大きくなってしまっていたらしい。

立川の注目を受けた事で隣の岬の機嫌が急降下しているのを目にし、中村は更に言葉に詰まる。岬は嫉妬深いのだ、矢面に立ちたくないと思った。


「江島さんって、総務の若い子でしょ?」

「知ってるんですか?」


口籠る中村の代わりにショートボブの伊達が尋ねた。岬に嫉妬の籠った視線を送られたが、彼女はあまり気にしない。


「旅費の処理でお世話になった事があるよ。丁寧に対応して貰ったから」


実を言うと営業だけあって立川は人の名前を覚えるのが得意だった。特に七海だけを覚えている訳では無くて、自分の業務に関わりのある総務の人間はだいたい記憶していた。

しかしそんな仕事の特性を理解していない岬は、立川が特に七海に注目しているような気がして焦りを感じた。


「あの子って結構モテるんですよ」

「え?」


岬は会話に強引に割って入った。立川の台詞に七海への好意が滲んでいたような気がしたのだ。自分には素っ気なく振る舞う立川のそんな態度に、岬は嫉妬した。


「三人も日替わりで男が迎えに来るんです」

「岬、ちょっと……」

「あんな大人しい顔をしていて意外ですよねー。一見真面目そうに見えるのに。全員遊びなんですかね?三人同時にだなんて。私だったら好きな人一人いれば十分ですけど」


明るい口振りを装って、上目遣いに岬は立川を見た。七海を引き合いに出して自分なら立川一筋に尽くす女になると言う、アピールも込めたつもりだった。


中村は息を詰め押し黙った。どうしたものかと岬と立川の様子を見守っていた。

伊達は不用意な台詞を諫めようとした。真相も判らないのに言い過ぎだと思ったからだ。仲の良い女性同士の軽口ならまだしも、他部の人間に漏らすのは軽率だ。確かに地味で平凡な後輩が美男三人と仲良さげにしている様子は、同じ女として見ていてあまり面白いものでは無かった。しかし七海が仕事も真面目にこなす、感じの良い後輩である事には変わりなかった。




「何、そんな子いるの?『魔性の女』ってヤツ?もしかして」




乗り出して来た田神は『営業部のスピーカー』と呼ばれていた。

つまり噂話が大好物なのだ。




「へぇ……あのがねぇ……」




立川は目を細めた。


密かに羨ましく思っていた後輩を貶めて溜飲を下げた岬は、立川のその様子を見て何故か鬼の首を取ったかのような誇らしげな顔をしている。


それを目にした中村と伊達は、視線を交わし声を出さずに会話した。


(あ、もう駄目だね)

(やっちゃったよ~)


こうなったら、もう否定しても焼け石に水だ。二人は冷や汗を掻きつつ知らんぷりを決め込もうと頷き合ったのだった。



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