20.癒しですか?
「こいつヒドかったよ~!一度サークル出禁になったもんな」
「そうそう、信を巡る女の争いが激化してな……!」
信を挟み込むように両側に座った男達が、ジョッキ片手に笑った。信は困ったように目を下げて、それでも楽しそうに苦笑した。
「勘弁してくれよ。二人ともただの友達だったんだからさー」
女性関係で揉めていた割に、彼はあまり男性陣に受けは悪くないようだ。七海は少し不思議に思った。資産家の御曹司で、いつも女性に囲まれている精悍な美男。妬まれる要素満載ではないか。
「でもアイツらのどっちかが本命と鉢合わせしたんだろ?お前んちで」
少し声を潜めて右側の四角い黒縁眼鏡の男性が言った。短髪でちょっと厳つい印象がある。すると左側のパーマっ気のある髪を綺麗にセットした、銀縁眼鏡のこ洒落た男性が身を乗り出してきた。
「何それ?俺知らん。もしかして二股してたの?信」
「違うよ!本命以外手なんか出さないよ!だけど家まで来てさ『私の所為で出禁になってゴメン、心配で来た』って言われたら追い返せないじゃん。そしたら何度も来るようになっちゃって……」
「で、鉢合わせした、と」
「こえー!女こえー!」
「信って金持ちだしモテまくってるのに全然羨ましく感じないよな?」
「なんか気の毒とか残念とか、要領悪いってイメージしかねぇ」
なるほど。信の境遇があまり羨ましく見えないからか……と七海は納得した。
「それにイイ女は皆、信の事避けるよな」
ウンウン……と厳つい黒縁眼鏡の言葉に、こ洒落た銀縁眼鏡が大仰に頷いた。
「紗理奈ちゃんとか優華とかは常に信と一メートルは距離取ってたもんな」
「信の要領の悪さに巻き込まれるの嫌がってたよな。あんな修羅場見せられたらな~引くよな、確実に」
「ストーカーも一号から三号までいたしな」
「五号までいなかったっけ?」
「マジで??」
「……」
そんな遣り取りを聞きながら、七海は温度の低い視線を信に投げ掛けた。
信はその冷たさに気が付いて、苦笑しながら頭を掻いた。
「五号もいないって。俺あの争いがトラウマであれ以来彼女ナシよ」
「マジで??」
「えっ?じゃあこの子は?」
眼鏡二人の視線が正面の七海に突き刺さった。スリッパ卓球で優勝した時を除いて注目される事に慣れていない七海は居心地悪く視線を逸らした。
「んー……七海ちゃんはねー『癒し』!俺の」
「ちょっ、信さん何を……」
信が照れる様子も見せずすんなり言うので、七海は恥ずかしくなってまた赤くなってしまった。
それを目にした男達が目を丸くした。
「なにコレ可愛いー」
「信の周りにいないタイプだな」
「確かに癒される」
黒眼鏡と銀縁眼鏡は顔を見合わせた。
「信には勿体無いわ。七海ちゃんとやら……君は信から今すぐ離れた方が良い」
「女の争いに巻き込まれるぞ、肉食女子はこえーぞー」
二人は真顔で七海に諭した。
「それが大丈夫なんだな。七海ちゃんは俺を友達認定もしてくれないんだもの。……お兄さんは悲しーよ」
愚痴る信に眼鏡二人がまたしても真顔で諭した。
「いや、それで正解だと思う」
「おう、若い娘をお前のカオスに巻き込むな」
とワイワイ下らない話をして盛り上がっていると、ジョッキ片手に威勢の良い女の声が割って入って来た。
「信!久し振り」
そして彼女は親し気に信の肩を叩いた。
厳つい黒眼鏡は口を噤み、信をチラリと見てから銀縁眼鏡と視線を交わした。
肩を叩かれた信の表情が―――若干曇ったように見えたのは、七海の見間違いだろうか……。




