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16.役に立ってます


不動産業ののぶの定休日は平日火曜日だ。このところずっと、信は定休日前日になると七海を誘いに現れる。しかし七海に用事がある時はすぐに彼女の予定に合わせてくれる。アフターファイブはかなり自由に時間調整ができるらしい。会社員と言ってもオーナーでもあるからだろうか。七海にはその辺りの事情はよく分からない。


大学生の頃は本田と唯、時間が合えば黛も一緒に懐に余裕のある社会人の信によく奢って貰っていた。そして教養課程を終えた黛が多忙になり一抜け、航空大学校に入学した本田が宮崎キャンパスへ旅立って二抜けした。

社会人一年生の唯と七海を傍らに、両手に華と信は喜んで二人をあちこち連れ回してくれた。本田も兄としての信を信用しているので、他の飲み会に行かれるよりはと信に唯のお目付け役を頼んでいたようだった。


しかし唯が仕事に嵌り出し忙しくなって三抜けの状態が続いた。こうして何故か一番繋がりの薄い筈の七海と信が二人で飲みに行くのが通例となったのである。

と言っても信は大抵知合いや友人の集まる場所に七海を連れて行くので「二人きりで飲んでいる」という意識は七海には無かった。

クラブやダーツバー、卓球バー、スポーツバー、アームレスリングバーなど、信が連れて行く場所は飲まなくても楽しめる所が多い。


しかも全て信持ち、つまり奢りである。


仕事をするようになって、流石に奢られっぱなしは申し訳なくなり七海も払おうと申し出ているのだが、信は首を縦には振らない。


「七海ちゃんには役に立って貰っているからね」


そう言う時、信はこういうのだ。


「俺は女の子に声を掛けられ易いから、七海ちゃんが居てくれて凄く助かっているんだ」


信は逆ナンに会い易い。

つまりは七海は信のナンパ除けなのだった。こう言われると何だか自分が蚊取り線香か何かになったような気分になって、財布を出す手が止まってしまう。


信は大学で彼を巡る女の争いに辟易してしまい、以来彼女を作る事には積極的では無くなっていた。女友達は相変わらず多いのだが。相変わらず彼を追いかけているストーカーも常時一~二名いる。


本田家の跡取りで母の不動産会社を継ぐべく、信はそこに籍を置いている。母に倣って管理するアパートやマンションの掃除をしているので、最近では密かに『ホウキ王子』と呼ばれている。本当は『不動産王子』なので若い独身女性に素性がバレると掃除どころでは無くなるかもしれないが……。


しかし彼が彼女を作ろうとするのは簡単だし、その彼女を連れていれば争い事も避けられると思う。七海は首を傾げて言った。


「どうしてですか?彼女を作れば解決するのに。まあ私は奢って貰えて嬉しいですけど……」


信は精悍な眉を顰めて真面目な顔で、七海に向かって言った。




「もう結婚しようと決意できる相手が現れるまで彼女を作るつもりは無いんだ」




七海はグッと押し黙り、逡巡した後ボソリと呟いた。




「信さん、もう三十ですよね……」

「ウッ……痛い指摘を……」




信はおどけて本気で痛めたかのように、胸に手を当てて体を引いた。

それから手を広げて七海に向き直った。




「七海ちゃん……!俺と結婚して……!」




七海は白い眼で信を見やりながらおざなりに言った。


「はいはい、いいですよー」

「ホント?!」


身を乗り出し、笑顔で七海に抱き着こうとした信に向かって七海は温度の無い視線を投げ掛けた。

そして真顔で言い放った。


「勿論、冗談です」


「えーん!七海ちゃんが冷たい……!」


信が大仰に顔を覆って悲しむ素振りをした。

七海はプッと噴き出して、(信さんって面白いな)と呑気に笑った。




勿論、彼女は信の言葉をいつもの戯言と思い、全く本気にはしていなかった。



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