15.洋食屋さんで友達と
「待った?」
「ううん。さっき来たとこだよ」
唯と待合わせした洋食屋は、こじんまりとしていて落ち着いた雰囲気の店で、七海が店に着いた時、すでに彼女はメニューを眺めてアレコレ思案している処だった。
「私ねー、久しぶりにビーフシチューとハンバーグがスッゴく食べたくなっちゃって」
唯がニコニコしながらメニューから顔を上げた。
「私も。両方頼んで分けようか」
「うん、あ『イベリコ豚の生ハムピザ』も食べたい」
「飲み物は?」
「シャンディガフ。唯は?」
「オレンジジュースにする」
注文を終えて暫く他愛無い話をしていると、飲み物と前菜がすぐに配膳された。
ズッキーニとトマトのピクルスが彩りで、薄くスライスしたバゲットと豚肉をすりつぶしたペースト状のリエットが添えられている。
「美味しそう!じゃあ乾杯!」
「乾杯!」
カチンとグラスを合わせて二人は笑い合った。
就職してからお互い忙しい。メッセージのやり取りは頻繁にしているが、顔を合わせて飲むのは二十歳になった新にお酒を奢ったあの日以来だった。
「通訳案内士の勉強って大変?」
「うーん大変だねえ、でもまず先に英検一級を取ろうと思ってるんだ。通訳案内士の筆記試験が一部免除になるから」
「ふえー……スゴイね。まさか唯がこんなに頑張るなんて思わなかった」
「うん、私も自分で吃驚してる」
フフフ……と顔を見合わせて唯と七海は笑い合った。
唯は外語大に進学し、本田は国立大学の工学部へ。結局二人は違う大学に進学したのだ。
大学卒業後本田は難関の航空大学校に合格し、この春見事航空会社に採用された。
高校の半ばまでは本田の進路に全て合わせようとしていた唯だったが、本田がパイロットになるため航空大学校を目指すと聞いて、自分の進路を模索するようになった。
と言っても本田中心の思考は変わらなかった。唯が外語大を受験したのは本田が国際線を担当できるようになったら、その飛行機に乗って一緒に現地に着いて行こうという思惑があったからだ。
しかし入学してみると自分が意外と語学好きな事に気が付いて、更に何となく選んだ観光会社に採用されると次第に観光に興味が湧き始め―――仕事に精を出すようになり、最近は通訳案内士の資格を取るため日々猛勉強するようになった。お陰で二年間航空大学校の地方キャンパスを巡り続けた本田が不在の間も、それほど寂しく感じなかったと言うから唯の変身に七海は本当に驚いたものだ。と言っても合間を見て本田も唯も休み毎にお互いの住処を行き来し、仲むつまじく付き合いを続けたのは相変わらずだった。
本田の就職が決まり初任給が出てすぐ、二人はエンゲージリングを買いに行き改めてお互いの両親に挨拶に行ったそうだ。『え?今更?』と言う雰囲気はかなりあったようだが……。本田の仕事が落ち着いたら式場の手配をするらしい。勿論新居は本田家の不動産の中からベストな物件を本田の母親と兄の信が用意する予定とのこと―――山も無く谷も無く、手堅い二人の関係はゆっくりとだが着実に前進している。
「ビーフシチューとハンバーグになります」
給仕の男性が慣れた手付きで配膳をこなす。
ビーフシチューもハンバーグも自家製のデミグラスソースでてらてらと光っており、濃厚な香りに唯も七海もゴクリと唾を呑み込んだ。
「さっそくいただきますかぁ」
「食べよう、食べよう!」
手早く二つを取り皿に取り分け交換する。
ビーフシチューの肉は口の中でホロホロと解け、ハンバーグからはジュワッと肉汁が滲んだ。
「ん~~!美味しい!」
「ね、最高!」
そうして二皿をペロリと平らげると、ちょうど良い事にイベリコ豚のピザが運ばれてきた。二人はこれも取り皿にとりわける。食欲にまだまだ終わりは見えないようだ。
薄い生地にタップリ盛られたレタスと生ハムを頬張り飲み込んでから、七海は気になっていた事を切り出した。
「あのさぁ……今朝ね、黛君が私に謝りに来たんだけど……唯、何処まで聞いたの?」
「んん?」
モグモグとピザを頬張った口を押えて唯が首を傾げた。
「唯に言われたから、私に謝ったって言ってたんだけど―――」
「ん!」
思い出した!と言うように、ゴクリとピザを飲み込み、唯はオレンジジュースで喉を潤した。
「何も聞いて無いよ?」
「えっでも―――『お前が悪いから謝れ、本気で謝れ』って唯に言われたって、黛君が……」
「ああ」
七海はニッコリと微笑んだ。
「黛君から電話が来て、七海がメッセージに返事をくれない。怒っているかもしれないって言うから」
「え?何も事情を聞かないで、黛君に謝れって言ったの?」
唯はキョトン、として頷いた。
「だって七海が怒ったって言うなら、黛君が悪いに決まってるもん。絶対変な事言ったか、したんでしょ?相手の気持ち考えないで。それに滅多に本気で怒らない七海が怒ったって言うならよっぽど腹に据えかねる事があったんだって、思ったんだよね」
「……」
「あれ?違った?」
唯が小首を傾げた。
七海は一瞬迷ってから―――首を振った。
「えっと……違わない」
全く……唯には本当に敵わない!と、七海は苦笑した。
そして何があったか詳細に黛が語っていなかったという事実に、彼女は少し安堵したのだった。